ひとまずの別れ

「コーカスはどうして俺にあんなことを言ったんだ?」


 アトラスは誰もいない家の中で己に問いかける。もちろん答えは返って来ない。しかし己の甲殻武装については自分自身に問うほか、できることはない。


「はあ、どうしてなんだろうな」


 アトラスの思考からどうにもコーカスの言葉がくっついて離れない。何故『護るための力』ではないのか。ヒメカとの決闘でアトラスは甲殻武装の能力を悟ったはず。だとすると、自分について理解しきれていないということだろうか。


「悩んでも仕方ないな。皆のところにでも行ってみるか!」


 アトラスは自分の心にそう決めて、ギンヤ、キマリ、そしてヒメカのもとへ会いにいった。



 ***



「よう、アトラス。どうしたんだ?」

「ああ、えっと、傷は大丈夫だった?」


 アトラスは予定もなしに顔を出してしまったために、無理に話題を見つける。自慢の翅や背中に傷を負っていたはずだ。

 しかし今は完治しているようだ。


「ああ、大丈夫だ! むしろ心の傷のほうが大きいな」

「心の傷!?」

「まあ。なんつーか、コーカスにまったく敵わなかったからな」

「そっか」


 アトラスはどう言葉をかけるべきなのか迷う。すると表情に出ていたのか、ギンヤはため息をつく。


「はあ、別になんか言ってほしいわけでもねぇよ」

「……俺も怒りで我を忘れてたから、なんとも言えないな」

「そういえばそうだったな」


 うんうんと頷きつつ、ギンヤの視線がアトラスの横腹に留まる。


「なあ。一つだけ、聞いてもいいか?」

「なに?」

「どうしてあのとき、刃があったんだ? それにコーカスの最期の台詞。あれだけがどうにも腑に落ちねーんだ」

「ごめん、それは俺にもわからないんだ」


 アトラスが怒りに我を忘れた時、アトラスの甲殻武装には刃が存在していた。しかしあの戦いの後になっても、依然として刃のある状態を再現することはできない。


「そうだ、ヒメカとキマリにも会いに行こう!」

「そうだって、どういうことだ?」

「考えても仕方がない!」

「ああ、そういうことね」


 アトラスは一先ず考えを放棄して、ギンヤを連れてキマリのもとへ向かう。


「ん? 二人とも、何の用?」

「ここにいる俺たちと、あとヒメカの四人でどこかに行きたいなと思ってさ。試験とかも潰れたし」

「アトラス、それ今聞いたぞ!?」

「だって今思いついたから。皆で別の場所に行ってみたくない?」

「それはそうかもな。いいぞアトラス、俺は賛成だ!」

「ん! 私も賛成。面白そう」


 キマリはいつにも増して饒舌だ。四人、ということがそれほどに楽しいのだろう。無論、アトラスとギンヤも目を輝かせている。


「それじゃあ、あとはヒメカだけだな!」


 今度はキマリも連れてヒメカのもとへ向かうと、


「──それで、私も一緒にどこかに出掛けようと?」

「うん、もちろん」

「ごめん、私は用事があるから。お父さんとお母さんに会いに行かなきゃいけないの。本当にごめんなさい」


 ヒメカは残念そうに答える。


「あ、それならヒメカのところに遊びにいくのはどうだ?」


 ギンヤが思わぬ提案をすると、キマリは親指を上へたてて、


「それはいい。ギンヤの意見にしよう。アトラスはどう?」

「俺もいいと思う。でも、ヒメカはそれで大丈夫かな?」

「え? ええ。友達を紹介するくらいなら、きっと許してくれると思うわ。それじゃあ今度、お父さんの家に行きましょ! きっと驚くと思うわ!!」


 ぱあっと花が咲いたような笑顔になるヒメカ。結果的に、アトラスたちはヒメカの家に遊びに行くこととなった。



 ***



 数日後、アトラス、ギンヤ、キマリの三人はヒメカの両親の家を訪れて、


『うおぉぉぉ!』


 家を見てからの第一声は、叫び声。

 何故ならば、ヒメカの家はそれはとても綺麗だったのだ。いつかのテントウの店のように、壁はきっちりと隙間がなく、丁寧で、内装のデザインも非の打ちどころがない。

 そんなヒメカの両親は赤髪の父親と、銀髪の母親で、その隣にはいつの間にかヒメカの世話をしていたヤマトの姿もある。

 ヤマトはアトラスの姿を認識した途端にニヤリと含みのある笑みをこぼした。


「君達がヒメカの友達かい? 僕はピサロだ。ヒメカと仲良くしてくれて嬉しいよ。ヒメカが何か輪を乱すことをしていないかい?」


 ヒメカの父親──ピサロは優しい笑顔を見せる。


「ちょっとお父さん!?」

「僕はヒメカの悪夢を心配しているんだ。悪夢で心がすり減っているかもしれないだろ?」

「それは……」


 ヒメカは迷う。ここで悪夢が晴れたことを明かすべきなのか。


「ピサロさん、その悪夢は俺が倒しました。だから、安心してください」


 アトラスは真面目な表情でピサロに今のヒメカを伝えた。


「アトラス君、それは本当なのか?」

「はい」

「そうか。良かった。本当に良かったよ……! なあ、ルイス」


 アトラスの答えを聞いてピサロは涙を流す。

 その隣ではルイス──ヒメカの母親も涙を流している。

 そしてルイスは、アトラスの右手を握って、


「ありがとう、アトラス君。ヒメカも貴方に救われて幸せだと思うわ」

「それって、どういう」

「ちょっとお母さん!?」

「あら? ひょっとしてなのね。うふふっ。頑張ってね、ヒメカ」

「うぅぅうぅぅううぅ」


 ルイスの意味深な発言を受けてヒメカは顔を真っ赤にして唸る。


「「んんんんんんんんんんんんんんんんんんんん!?」」


 その様子を近くで見ていたギンヤとキマリは首を傾げながらどこか含みのある笑い方をしていた。

 それから数日の間ヒメカの両親の家に世話になり、やがて別れの時が訪れる。


「それじゃあヒメカ、気をつけて帰るんだよ?」

「わ、わかってるわよ! それじゃあ、帰るわ」

『お邪魔しました』


 ヒメカについていくように、三人もヒメカの両親の家を飛び出した。

 そして、ヒメカのいきいきとした姿を見てピサロとルイスはお互いに安心した様子を見せる。


「ヒメカもああいう顔ができるんだな」

「そうね。アトラス君には感謝してもしきれないわ。いっそくっつけてしまいましょうか。それに、ヒメカも満更じゃなさそうだもの」


 二人の傍では、ヤマトがヒメカの両親の会話を楽しそうに見つめていた。



 ***



 アトラスたちは今、学校のコロッセオだった場所にいる。そこで、学校長であるメイスターの言葉を待つ。


「大樹の修復にまだまだ時間がかかります。なのでこれから皆には、ここから遠く離れた場所にある学園にそれぞれ分かれて通ってもらおうと思います」


 コロッセオに皆が集まって早々に、メイスターがそう告げた。校舎はまだ学校としては機能していない状態で、所々に破損が目立つ。

 そんな状態だからこそ、他の学校で授業を受けるのだが、


「他の学園って、どこにあるんですか?」


 生徒の一人、碧い翅の少女が代表してメイスターに尋ねる。

 その少女についてアトラスはすごく見覚えがあった。それは自ずと知れた、編入時に出会った少女だ。


「それは『ブルメの森』とは別の『森林都市』にそれぞれありますよ。皆には『マディブの森』と『タランの森』にそれぞれ分かれて向かってもらおうと思っています。そして、そこの学園に通ってください」


 メイスターはそう言うと、分かれてもらうグループを発表した。


「──以上の生徒は『マディブの森』へ、残りの生徒は『タランの森』へ向かってください」


 メイスターは壇を降りる。

 そして、これからしばらくの間だけ、違う学校生活が待っているのだ。



「俺とヒメカが『タランの森』で、アトラスとキマリが『マディブの森』か。助かった」


 ギンヤはちらりとキマリのほうを見て安心した表情をする。


「ギンヤ。あとで絶対にギンヤの翅をかみちぎる。アトラス、覚えておいて」

「ああ、分かった」

「ひぃぃいい!?」


 顔を青冷めさせてギンヤは身体を震わせた。キマリも今回はからかうような笑みではなく、ただただ不満そうな顔だ。


「それじゃあひとまずはお別れだな! また会おうぜ、キマリ! アトラス!!」

「ん、また」

「うん。また会おうね、ギンヤ! ヒメカ!」

「おう!」

「ええ、そうね!」


 四人はそれぞれ握手をしてから、引率の教師に誘導されて、反対方向へ歩いていった。



 ***



「さて、君たちを誘導するのはこの僕、メアレーシだ。このまま『マディブの森』へ向かうので、皆荷物を整えて欲しい」


 アトラスとキマリを含む、『マディブの森』へ移動する者たちを引率するのは、メアレーシだった。

 皆がそれぞれ支度をする中、アトラスはぽつりとその場に立ちつくす。


「アトラスも早く準備をしてきな。じゃないと遅れるぞ?」

「はい、わかりました」


 メアレーシは明るく笑いながらアトラスの背中を軽くぽんと押した。

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