地竜
「荷物か。実家から持ってきたものさえ持っていれば大丈夫かな」
アトラスは路銀など、父親であるマルスのもとから持ってきた物品を皮の袋にまとめて家を出る。
準備を終えた生徒たちが次々にメアレーシのもとに戻ってくる中、アトラスも列に並ぶ。
「準備ができたかい。さて、そろそろ出発しよう!」
『はい!』
たくさんの生徒をつれ、メアレーシはマディブへ出発した。
***
ブルメの外へ出る。不規則に生い茂る木々の中を潜り、やがて木々の外観が見えてきた。
蔦や倒木が橋をつくっているところもあれば、菌類が足場になっていたりと、なかなか見られない光景だ。ある場所は射し込む光が反射して、キノコが光り輝くという現象も起きる。
「目を奪われるのはいいけど、足元には気をつけてね」
生徒たちは幻想的な光景にキョロキョロと首を回す。メアレーシの言葉は皆の耳を通ってそのまま抜けてしまったようだ。
「痛っ」
すると生徒の一人が転ぶ。脛にできた擦り傷にメアレーシは頭を痛めた。
「ほら、言わんこっちゃない。皆、気をつけてくれ」
『はい』
今度こそ、メアレーシの注意は生徒たちの耳に届いたはずだ。アトラスも、その様子を見てこくりと頷く。
「森を抜けたら野営にしよう。もう少し頑張ってくれ」
メアレーシが先導し、真っ直ぐに歩いていくと木と木の間を射し込む光がますます強くなる。伴って木も徐々に低木に変化していった。
「うん、そろそろ大丈夫そうかな。皆! この辺りで野営にするから準備をしよう」
そして、ブルメの外に出て一日目の野営が始まる。
野営の準備は各自、食料の調達が必要なくらいであとは持参している。クッションの藁束もあるため、寝る場所は考える必要がない。食料さえ集めることができればマディブへたどり着くのに十分である。
「森へ戻ったほうが見つかるんだろうな」
アトラスはそのように考えて、森のほうへ一歩、そしてもう一歩と進む。道に迷わないよう一直線に歩く。食料となり得る腐葉土や樹液を集めていった。
「一旦、戻るか……」
集めることに集中しすぎて、迷子になっても意味がない。アトラスは一旦道を引き返す。
「ん、アトラス。どれくらい見つかった?」
「ああ、キマリか。別にどれくらいって言われても」
キマリは純粋に気になっただけだが、アトラスは少し言葉に詰まる。沢山集めたつもりだが、周りと比べると自分の食料はあまり集まっていなかったのだ。
「どうしたの?」
「い、いやぁ……な、なんでもないよ?」
「ん、動揺してる。本当にどうしたの?」
「えーっと」
あまり集まってはいないとはなかなか言い出せず、とりあえず言葉を濁す。
「もしかして、あまり食料を集められてない?」
「…………」
図星を突かれたアトラスは力なく頷く。
「ギンヤなら迷ったけど、アトラスなら分けてもいい。どうする?」
「え、いいの?」
「ん。一緒に食べよ」
ギンヤなら迷うのかという疑問を放り捨てて、アトラスは目を輝かせた。キマリはそっと小さな昆虫を左手の上に乗せる。そして右手でちょんちょんと指差した。
「はい、アトラスも食べて」
「うん、って……えっ」
瞬間、アトラスの顔が凍りつく。アトラスは虫を好んで食べないし、そもそも食べたこともない。
「これを、食べるの?」
「ん」
「でも……いや、これはちょっと」
「いいから食べる」
キマリがどうにも強く言うので、アトラスはその小さな昆虫を口に放り込んだ。
「あ、甘い……?」
アトラスの初めて昆虫を食べた感想は──甘味。歯ごたえがあり、マルスやシロナが好んでいた樹液とはまた異なる甘さだった。
「そう。虫はおいしいでしょ?」
「……これはもう、ギンヤと一緒に怖がれないよ」
「良かった。こっちの蝶も食べてみて」
「う、うん」
次にキマリがあげたのは、オレンジ色の蝶。恐らくオオムラサキの雌だろう。
「お、おいしい……! シャキシャキ感と塩味、ほろ苦い感じが癖になる」
「ん。でも似てる種がいるから、捕まえるときは気をつけて」
キマリは虫を食べる仲間が増えて嬉しいのか、いつにも増して饒舌に話していた。
***
翌日、アトラスたちは再びマディブへ進み出す。
この先は平原や綺麗な水の流れる川があり、アトラスたちにとっては初めての光景となる。食料と進んでいる方角に注意すれば、無事に『マディブの森』へ辿り着けることだろう。
「皆! このまま進むから方向は必ず、注意しといて!」
『はい!!』
メアレーシは生徒たちを率いて、広大な平原の中を進む。この先には綺麗な水の流れる川があるので、取り敢えずはそこで休憩をとろうとメアレーシは考えていた。
「川で休憩できるから、もう少し頑張ろう」
『はい……っ』
平原では強い日差しが照りつけていて、土の表面から水分が少しずつ失われていく。からりとした大地を踏みしめて、アトラスはふと呟いた。
「本当にこの先に川があるんですか? なんだか地面が乾いてきてますけど」
「この日差しだからね。このあたりの土の水分はほとんどもってかれてるんじゃないかな」
メアレーシはそう答えると、急に立ち止まった。
「なんだ……地震!?」
「これってやばくない!?」
「急いで逃げないと!」
生徒は口々に地震だの逃げようだの言うが、メアレーシは一喝してそれらを止めさせる。
「違う! 皆距離を取るんだ!! 恐らくこれは──」
アトラスといえばこの状況に既視感を覚えていた。
(ま、まさか……こっちに来るのか!?)
地面がひび割れて、大量の土を撒き散らしながら地面から巨大な影が起き上がる。
「どうしてこんな場所に、
アトラスは声高に叫ぶ。
「ドラゴンだ! 君たちは下がっていて!」
「は、ドラゴン?」
アトラスの脳内でドラゴンと土竜という二つの言葉が交差する。どうやら地上世界では土竜のことをドラゴンと呼ぶらしく、アトラスの脳内はちんぷんかんぷんだった。
「先生、あれはドラゴンじゃなくて土竜──」
「アトラスも下がって。あれは、僕が倒してくる」
メアレーシは横腹から己の甲殻武装を取り出して、それを両手で握る。
そして、地面へ叩きつけた。その勢いはおさまるところを知らずにひたすら地面を揺らす。
『うおわっ!?』
数人の生徒がよろめく中、メアレーシだけがそのままの様子で土竜──否、ドラゴンを見降ろしている。
肝心のドラゴンは地面の揺れにひどく動揺していて、地面に爪を立てて踏ん張っていた。
「これで終わりだ! はぁっ!」
メアレーシは斧の刃を横に薙いだ。それを勢いのままにくるりと回転させて、上段からの斬撃を見舞う。脳天を直撃し、巨大な体躯は地面に崩れ落ちる。
アトラスはその様子を見て、改めてメアレーシの強さを知った。やはり容姿に対してその巨大な斧は不恰好だったが。
メアレーシの言うドラゴン──土竜は地面に横たわり、頭の部分が潰れぴくりとも動かない。
「皆、大丈夫? それじゃあ進もう!」
『え、えぇぇえぇえぇぇ!?』
何故、何事もなかったかのように進むことができるのか。生徒たちは素っ頓狂な声をあげた。
アトラスも土竜を倒すことはできる。しかし、何もなかったかのように素通りはできないだろう。
「あの、先生。あれはどうするんですか?」
メアレーシは土竜の死体をそのままにマディブへ向かう準備をしていたため、土竜の死体はどうしてよいのかアトラスにはわからない。
「ああ、そのままにしておけば大丈夫だよ。分解されるだろうし」
死体は微生物によって分解されるかもしれない。
それでも──
「……腐りませんか、これ?」
「うん、どうだろうな。僕がそうしたことがあるから、そう考えたんだけど、この手の話にはあまり詳しくなくてね」
メアレーシは指を顎にあてて、考えに耽る。
「この死体が燃やせればいいんですけどね……」
「そうだね。いや、そうか」
メアレーシは生徒の輪の中に入り、周囲を見回す。
「誰か熱系統の能力を持つ甲殻武装を持っている者はいるか?」
そう尋ねた。
「ええと、はい。私は熱系統の能力を使えます」
生徒の輪の中から出てきたのは、碧い翅を持つ少女。
「私のモルフォバーナなら、これを燃やせます」
そう言う少女の名前は、モーラといった。
「少し離れてください。こんがりと焼いてあげます! お願い、モルフォバーナ!!」
モーラの懐からロッド状の長い棒が取り出される。それの中央をモーラは握り、ぐるぐると回転させた。
すると、モーラの甲殻武装から蒼炎があがり、渦を巻いて前方へと吹き荒れる。
その炎は土竜の隅々までを焼き尽くし、残ったのは土竜の死体ではなく、炭。
「これでいいでしょうか?」
「あ、ああ。ありがとう。おかげで助かったよ」
予想以上の火力に困惑しながらメアレーシは答えた。
「こちらこそ力になれて良かったです」
そしてモーラはメアレーシの隣にいるのが
「あれ? 君は、あのときの……」
「あ、はい! 編入のときはありがとうございました」
アトラスも頭を下げて、礼を述べる。
しかし、その視線はモーラの碧い翅に向けられていて、光によって褐色に見えたりするのが面白いようだ。
「そんなに見られると、恥ずかしいから」
「あ、すみません!」
あたふたと慌ててアトラスは謝罪をすると、顔を上げた。
「そっ、それにしても、編入早々に大変だったね。私なら心が折れそうだし」
モーラはあまりメンタルが強い方ではないのだろう、顔に影を落とす。
(皆、本当にこの翅を不気味に思っているのかな?)
アトラスは彼女の翅を不気味とは微塵も思っていない。アトラスからすれば、周りの人たちも決してモーラを忌避しているようには見えなかった。
だからアトラスはモーラのメンタルが強くないのだとつい、考えてしまう。
(聞いてみたいけど、聞くべきことでもないんだよな……)
どこかモヤモヤしたものを抱えながらアトラスはその場を離れる。それを遠くで眺めていたキマリは一言。
「あとでヒメカに伝えておこう」
と、キマリは修羅場を予感していたのだった。
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