力合わせの戦い

「アトラス、ちょっといいか?」

「え?」


 ギンヤはアトラスに耳打ちをして、その作戦内容にアトラスは目を見開く。


「……わかった。じゃあ、それでいこう!! キマリも聞いて」


 キマリも耳を寄せて、アトラスは小声で作戦を伝える。


「……ギンヤ、頭いい。悔しいけど、見直したかも。ん! やろう!!」

「悔しいってどういうことだ!?」

 キマリの毒舌にギンヤは突っ込むが、その目はコーカスへ向けられていた。そして三人はヒメカを救うため、一斉に頷き合う。

 作戦開始だ。




「作戦会議は終わったのかな? ふっ!」

「うおおおおおおおお!」


 ギンヤはコーカスへ接近し、手の捻りを上乗せした突きを放つ。しかし攻撃は届かなかった。槍の穂先は喉元に触れることさえできていない。

 コーカスの全力。

 災厄と呼ばれた雄の全力は凄まじいもので、ギンヤは槍を回転させて攻撃を弾こうとしても、コーカスはそれを容易く上回る。

 ──夢にギンヤは登場していないはずなのに、軽々とギンヤを圧倒していた。


「何を驚いてるの? 僕は沢山の同胞はらからをこの手で殺してきたんだ。その中に同じ戦い方の奴がいても……何もおかしくはないだろう?」

「な、に……っ!?」


 ギンヤの甲殻武装は破壊され、勢い余って後ろへ吹き飛ばされた。


「ギンヤ! 大丈夫!?」

「痛……ッッ! 俺なら大丈夫だ、それよりもあいつコーカスを!」

「うん!」


 ギンヤは仰向けのまま、アトラスの注意をコーカスに向けさせる。ギンヤの呼吸は荒く、自慢の羽にも傷がついてしまった。


「っ! くっそ……! なんだよ、なんなんだよぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」


 ギンヤは涙を流して、叫ぶ。

 自分の甲殻武装も実力も、コーカスには到底敵わなかった。どちらも既に敗れている。

 それがギンヤにとっては、たまらなく悔しい。


「でもこれなら、アトラスの力になれる!」


 ギンヤは痛みに耐えながら、再び甲殻武装を取り出した。ギンヤの持てる力のすべてを注ぎ、虚像を生み出す。


「はぁっ!!」


 アトラスは自分の刀でコーカスの攻撃を受け流しては、隙を突く。

 皮膚は切り裂かれど決定打を負わすことはできない。


「はっ! ここは、私に任せて!」


 キマリは鎌を斜めに構えコーカスへ振り下ろす。コーカスはそれを身体を捻ってかわし鎌は床へめり込む。そしてコーカスはキマリを蹴り飛ばした。


「ぐぅっ……! アトラス! 行って!!」

「うん! はあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」


 吹き飛ばされたキマリは、そのままアトラスのほうへ目を向けてアトラスを激励する。

 アトラスは空高く跳び上がり、コーカスの脳天目掛けて渾身の一撃を見舞う。


「小癪なぁぁぁぁぁ!」


 コーカスは叫び声で己の力を強めた。

 時に大声というものは、自分自身の力を強くしてくれる。それが単なる叫びであったとしても、大きな推進力になり得てしまうのだ。

 コーカスは大剣を使わずに、脚蹴りで刀を弾き飛ばした。


「うわ……っ!?」


 その隙をつくように、コーカスはアトラスの肩を狙う。手に持つ大剣を振りおろして、


「残念だったね。もう、諦めて僕の力になってよ」


 圧倒的危機的状況ぜったいぜつめい

 それでもアトラスの顔は──笑っていた。


「な、に……!?」


 アトラスの姿はコーカスの剣で、亀裂が走る。


「どうよ、俺の造り出したは? ま、今はこれしかできねぇけど」


 ギンヤのの能力は虚像を生み出す力。コーカスは鏡に映ったアトラスを斬っていたことになる。


「くっ……! こんなやつらなんかに! なんで僕が!!」

「ヒメカ、今助けに行く! キマリお願い!!」

「ん! ディバインヘル、アトラスに刃を与えてあげて!」


 キマリの能力は刃を鋭くする斬撃の力。本来、甲殻武装の切れ味を元通りにするための能力だ。

 それでもアトラスの刃は鋭くなっていた。


「お願い! 勝って……! アトラス!!」

「勝て! アトラス!!」


 キマリとギンヤはアトラスの背中を押す。二人とも、アトラスへ期待の眼差しを向けていて、その瞳には驚くほどの熱量が宿っている。


 ──アトラス、お願い。私を……救って。


 ヒメカの声援が聞こえた気がした。

 アトラスの心はぐっと熱く燃え滾る。


「ああ、勿論だ! はあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 アトラスはコーカスの腕の下を潜り抜けて、背後に回る。そして放たれる横薙ぎの一閃。斬撃は肉体を超えて、心を斬り祓った。


「っ!?」


 少女の身体から黒い炎が霧散していく。それとともに、青白いドレスが塵となり消えた。柔肌が露わになり、アトラスはそっとブレザーを肩に被せる。コーカスは心が救われたような──から解き放たれたような、温かい表情でアトラスを見つめた。


「ありがとう……! これで、僕は……」


 コーカスはそっと目を瞑る。元あった場所へ還っていく。その直前、


「待ってくれ! 最後に教えて欲しい。コーカス、お前の言っていたホンモノって一体、何だったんだ?」


 ホンモノに込められた意味。アトラスはそれだけがどうしようもなく不可解だった。


「ああ、そのことか。僕の魂は一度は滅んだはずだったんだ。でも、あいつは……」

「あいつ?」

「そう、あいつは僕のことを蘇らせたんだ。僕をね。だから僕は、今度こそ『自分の意思』が欲しかった」


 コーカスはとうの昔に失ってしまった、『自分の意思』を欲していた。歪められてしまった自我などではなく、もっと本質的なもの。アトラスのほうを向いて、短い言葉を紡ぐ。


「アトラス。この身体の持ち主はもうまもなく目を覚ます。だから、今のうちに伝えておくよ」

「な、なんだ?」

「お前の力は決して護るための力なんかじゃない。それはあいつと同じ力だ……! 常に自分を律していないと、ぞ? くれぐれも、気をつけるんだ」


 そんな優しい言葉を投げつけて、今度こそコーカスは天に帰って行ったのだった。

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