最後の侵略(後編)

「ぐっ」


 咄嗟にヒメカ──ではなくコーカスはローザスヴァインで受け止めるが、ぶつかった瞬間に大きな火花を散らす。


「なんだと……!?」


 アトラスの甲殻武装には、刃が存在しない。

 でも今、このときだけは何故か刃が存在していた。アトラスは歯をぎりぎりと噛みしめていて、その目に浮かんでいるのは──憤怒の炎。

 コーカスが攻撃から逃れようならば、アトラスは進行方向を塞ぐように斬り上げ、そして斬り結ぶ。ヒメカの身体で大振りな動きをするのだから、如何せん隙が生じる。アトラスはコーカスを倒すべく高速戦闘を繰り広げていた。

 その様子にはコーカスさえも呆気にとられていて、反撃のタイミングを失っている。怒りに飲まれるほど、力任せな攻撃へシフトしていく。もうそこには、知略もなにもない。ヒメカを奪われた憤りと自責の念にとらわれて、アトラスは暴走していた。


「ぐぅっ!」


 何度目かもわからない、アトラスの暴力にヒメカの身体は後ろへ弾き飛ばされる。


 アトラスはその隙を見逃さない。

 アトラスは刀を握る手に力を入れて、斜め下から上へ斬り上げる。そして、手首を捻りそのまま振り下ろす。

 コーカスは斬撃をレイピアで受け止めるも、反撃するタイミングを見失っていた。自分自身の危機的状況に、本能と呼べるものが悲鳴をあげている。


「返せっ、返せよ!!」


 アトラスは震えた声で叫ぶ。

 鋭い刃で突きの動作に移ろうとしたその時、甲殻武装ローザスヴァインの中から声がした。


 ──アトラス! 駄目よっ!!


 ヒメカの声だ。

 しかし、声にノイズが走り、聴きとることが難しい。壁越しに会話をしているような閉塞感がある。


「……ヒ、メカ?」

「ふっ、無駄だよ。ヒメカはこの僕を止めることなんてできない。そんな気力はもうどこにも残っていないんだ」


 コーカスは暢気にも聞こえる口調で言って、レイピアを振りまわす。しかし細剣を覆っていた黒炎は所々霧散して、元の刀身が見え隠れしている状態だ。


 ──や、やめてっ……!


「なん、だと……!?」


 聴こえた声に、コーカスだけが驚きの反応を見せていた。教室内の生徒たちは状況を理解できず、呆気にとられている。


 ──私を傷つけるのは、もうどうだっていい! でも皆を、アトラスを! 傷つけるのはやめなさい!!


「君のどこにそんな力があった!」

「ひ、ヒメカ……」


 ヒメカの甲殻武装を黒い炎が所々覆いつくせていないのは、きっとこれが理由なのだろう。


 ──アトラスの甲殻武装が護るための力なら、私を救ってみせなさい!!


 アトラスの思考が急速に冷めていく。手元を見ると、先程まであったはずの鋭い刃は消えてなくなっていた。狭くなっていた視界が広がり、見えていなかった友達の姿を目に留める。


「お、俺は、何を」


 ──アトラス、あとはお願い。私を止めて。


 ヒメカはそこまで言って、声が完全に途絶えた。それに伴って、コーカスは大声で笑い始める。


「ははっ、はははははははははっ!! 僕の力も抑えておくなんて、これは驚いたよ!」

「コーカス、お前……なにがおかしいんだよ!」


 アトラスは怒りを露にしながらも、今は怒りに飲まれてしまってはいない。怒りをコントロールしているといった様子だ。


「俺は……俺は絶対にお前を許さない!」


 アトラスは目に力をこめて、言い放つ。

 そして、アトラスは己の甲殻武装を握る手に力をいれて、刀の切っ先をコーカスに突きつけた。


「ははははっ、良い顔をしてるじゃないか」


 そんなアトラスをコーカスは、嘲る。

 コーカスは黒い炎で完全にローザスヴァインを覆い尽くす。そして炎が完全に霧散した。


「これで百パーセントの力が出せる」


 ──コーカスの手には、本来の力であるコラプサーソードが握られていた。少女のしなやかな身体には似つかわしくない巨大な剣を軽々と振り回すと、切っ先をアトラスへ向けた。


「コーカス!! お前!」


 アトラスはコーカスへ、急接近。

 そしてアトラスとコーカスは互いに刀身をぶつけ合い、火花を散らす。脇を狙った一閃を紙一重で躱し、アトラスは横薙ぎに振り払う。しかしそれも避けられてしまう。

 アトラスは刀を振り下ろし、コーカスはそれを横から弾き返す。コーカスの強大な膂力に負けて、アトラスは教室の壁を突き抜けて吹き飛んだ。


「ぐっ、げほっ……」


 激しい後ろからの衝撃に、アトラスはむせてしまう。血を吐くまでの重傷ではないのが、唯一の救いだった。

 刀を杖のようにして、アトラスは再び立ち上がる。


『…………』


 そんな激闘が繰り広げられている中、クラスメイトたちは戸惑う者や逃げようとする者もいた。それでも、皆揃って教室の中に残っている。


「俺たちも流石にアトラスを放っておくことはできねぇ! キマリ、俺たちも戦うぞ」

「ん、やろう。でもギンヤのくせに、怖くはないの?」

「さりげなく馬鹿にするのもやめろよな。いくぞ、キマリ!!」

「ん!」


 ──ここに決意を固める者が二人。


 そして、二人はそれぞれの甲殻武装を引き抜いた。


「来い! ベクトシルヴァ!!」

「お願い……! ディバインヘル!」


 ギンヤは槍を、キマリは鎌を手に取り、それぞれコーカスの前に立ちはだかる。コーカスは二人を嘲るように黒炎ごとドレスを身に纏う。

 ギンヤの口元が引き締められる。


「俺たちも加勢するぜ、アトラス!!」

「ああ、ありがとう!」


  アトラスは一度深呼吸。そしてギンヤの横に並んで、背中を合わせた。

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