最後の侵略(前編)

 四人は通学路で昨日のこと──テントウのところでご飯を食べたことについて話していた。アトラスがテントウにエメラルドを支払ったことだけは皆、馬鹿で迂闊だったと言う。


「それは言わないでくれると……助かるな」

「いや、あれはもったいからな、分かってるのか? 少しぐらい分けろ!」

「えっ!? な、なんで!?」


 皆がアトラスの行動について後悔している中、ギンヤはアトラスに嫉妬をぶつける始末。その状況をヒメカとキマリはただ眺めているだけだった。ヒメカとキマリもギンヤの暴走を止めようとはしない。


「ねえ、キマリ……キマリはギンヤを止めようとは思わないのかしら?」

「羨ましいと思うのは多分、おんなじだから」

「そうよねぇ」

「ヒメカも?」

「ええ。あんな代物を一体、どこから持ってきたのやら。気になって仕方がないわよ」


 女子二人もエメラルドの出所が気になっているようで、ギンヤとアトラスのやり取りを静観している。面白いから静観しているという可能性も、決してなくはないが。


「はあ、俺は諦めた。どうせお前は『地中から持ってきたー』とかセンスのない冗談を言うんだろ?」

「冗談じゃないんだけどなぁ」


 アトラスは乾いた笑いを浮かべて、ため息をついた。


(本当に、地中に棲む殻人族はいないのかな? 村の人たち以外には)


 アトラスはどこかもやもやしたものを心の内に留めて、ギンヤたちのほうを振り向いた。


「ねぇ、ちょっと時間やばくない?」

「くっそぉぉぉぉぉおお!!」


 ギンヤは頭を抱えて叫び出すが、時間はギリギリで間に合わないだろう。アトラスとヒメカはギンヤを置き去りに学校へ走る。唯一、ギンヤを待っていたキマリは、


「ギンヤ……つべこべ言わないで、走る!」


 キマリの言葉で正気に戻ったギンヤは、遅れながらも走り出した。




「四人とも遅かったね。何があったの?」


 結果から言ってしまうと、四人は授業に遅刻した。

 そこで珍しいものを見たかのように、目を丸くするメアレーシの姿があった。四人は静かにメアレーシに頭を下げた。


「もう頭を上げていいよ。今日は大目に見よう。次はないからね?」


 メアレーシは鋭い眼光で四人を威圧した。そして四人の反省の色を見て、またいつもの笑顔に戻す。


「それじゃあ四人とも、席に座ってくれる?」

『はい』


 そして授業が始められた。今日の授業内容は、座学からはじまる。科目は殻人族の歴史について。


「まず質問だけど、今の殻人族と祖先と言われている昆虫について疑問に思ったことはないかな?」


 突然、メアレーシは問いかける。しかし誰一人、口を開く者はいなかった。

 すると、改めてメアレーシが説明する。


「昆虫は今の僕たちと姿形が全く違うんだ。昆虫の身体はとても硬い。でも僕たちの皮膚は決して硬くはないよね?」


 数人が頷きつつ、説明は進む。


「以前、進化について少し話したと思うけれど、何故今の僕たちがあるのか。このことについては判明していないんだ。今回は各自でその理由を考えてみよう! それが今日の課題だ」


 メアレーシは机の上を両手で軽く叩く。


「後で話し合いの時間を設けるから、意見を交換するんだ」


 どうやら授業の趣旨は討論ディベートすることのようだ。

 殻人族と昆虫──原生種との間には種としての、とても大きな隔たりが存在する。しかし未だに理由はわかっていない。だからこそ自分たちで想像を膨らませ、意見を交えて話し合う必要がある。


「おいアトラス、何か思いついたか?」

「うーん、どうだろう……。以前、昆虫の幼虫こどもを見たことがあったんだけど、やけにプニプニしてたんだよな。俺たちって今は柔らかい肌だけど、生まれた時って顔だけ黒っぽかったよな?」

「あ、ああ。それがどうしたんだ?」


 ギンヤは再度、深く尋ねる。


「その幼虫も、顔が黒っぽくて硬かったんだよ」

「っ、言われてみれば、確かに……」

「硬い部分と柔らかい部分ひっくり返るみたいな、そんな感じかな」


 アトラスとギンヤはほぼアトラスの意見をギンヤが聞くという形で、一方通行の討論となってしまっていた。

 対して、ヒメカとキマリはというと、


「ヒメカ、私はこう思うの」

「ええ、何? どんな考えなの?」

「一部の昆虫しか進化できなかった、だったりしない?」

「うーん、そうね。私はそもそも昆虫だけが進化というほうが不思議なのよね」


 こちらは対等な、交互に意見を述べ会う討論。女子会のようなテンションで議論は進んでいた。


「……ん、確かに。他にも進化してる種がいそうでもある」

「昔の昆虫が進化したとして、今の私たちは──ッ」


 真面目に討論をしていてヒメカだったが、突然に目を見開いた。


 ──ドクン。


 どこからかともなく聞こえる胎動音。

 なぜだか自分の心がぞわぞわと、荒だったような気がして、


「ヒメカ? どうして笑ってるの」


 歪な笑み。突然の変化に思わず尋ねる。キマリの平坦な声はヒメカの耳に届いていない。

 そして──悲劇は始まる。


「っ!? な、なにっ!? ああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 突然、ヒメカは苦しみ出した。


「おい、大丈夫か」


 教壇に立ったメアレーシもヒメカを心配するが、近寄った途端にメアレーシは明らかに異質なに弾き飛ばされてしまう。壁の向こう側へ、メアレーシは弾かれた。黒い炎が舞い上がり、制服が青白いドレスへと変化していく。

 床に亀裂が走る。


「ああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 頭を両手で抱え込んで、悲鳴をあげた。


「くっ、はは……はははっ! ついに、ついにこちら側に来れた! ねえ、そうだよね? ?」

「っ!?」


 ヒメカの口から言葉が吐き出された瞬間、ぞくりと悪寒が走り抜ける。

 時間が止まったかのように、身体が思うように動かない。冷たい汗が背中をつたって、制服を濡らしていく。

 この独特な言い回しをするのはアトラスの知る限り一人だけ。


「ねえ、そうだよね? 〝ニセモノ〟?」

「お前は……! まさか!」


 アトラスが今の状況を悟ったと同時に、ヒメカがヒメカでないことも理解した。


「ヒメカは……いや、お前は誰だ……!」

「僕のこと? 〝ホンモノ〟の君なら分かるでしょ? 僕は〝災厄〟……」


 そして一呼吸置いて、ヒメカの皮を被った何かは言い放つ。メアレーシもごくりと唾を飲み込んで、警戒心を露にする。


「──僕は、『幻影魔蟲』コーカスさ。やあ、また会えて嬉しいよ、〝ホンモノ〟……」


 醜く歪んだ表情で、コーカスは言った。


「来い。ローザスヴァイン!!」

「それは……ヒメカの甲殻武装なんだぞ!? なんでだよ、どうして使えるんだよ!」


 コーカスはヒメカの甲殻武装であるはずのレイピアを引き抜いて、それを肩に担いだ。その姿は夢で襲ってきた『幻影魔蟲』コーカスと丁度重なる。細剣の刀身は黒い炎に覆われていく。

 アトラスが吠えるも、コーカスはそれを無視して一歩ずつ、アトラスのほうへ接近する。


「さあ、お前も甲殻武装を出すんだ。〝ニセモノ〟……いや、アトラス!」


 今、コーカスはアトラスの前で初めてアトラスの名前を叫んだ。アトラスを対等な敵として見なしているのだろうか、双眸はぎらつく。


「頼む、来てくれ! アトラスパーク!!」


 アトラスはとうとう己の甲殻武装を引き抜いた。

 その表情は苦しさと憤怒の色に染まり、アトラスは叫ぶ。


「さあ、お前も僕の糧になってくれよ」

「…………せ」

「は?」

「返せよ。ヒメカを、返せぇぇぇぇぇ!!」


 アトラスは怒りに任せるように、力一杯にアトラスパークまもるためのちからを振りかざしていた。

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