会得

「あの、ドラゴンもぐらの血管を見る機会はあるかもしれませんが、どうして殻人族の血管もしっているんですか?」


 尋ねるべきではないことを尋ねたのは──モーラだ。しかし、この質問にディラリスはニコリと笑って、


「僕はギレルユニオンについて探っていたからね。当然倒した殻人族もゼロではないよ」


 そしてディラリスはパチンと指を鳴らした。手を叩くよりも音が響かず、アトラスはディラリスが弱体化していることに虚しさを覚える。


「もう質問はなさそうかな? それじゃあ、それぞれ訓練を始めてくれるかな?」

『はい!』


 皆の返事を聞くと、ディラリスはそれぞれが訓練するようにと促す。こうして根源開放という技術を会得するため、訓練の時間が始まった。



 ***



「うーん、流れる血液の速さを速くする……?」


 アトラスは全身に力をこめて踏ん張っている。しかし何も変化はなく、ただただ顔に血がのぼっているだけだ。


「アトラス君、力みすぎだ。もう少しリラックスしたまえよ?」

「は、はい……」


 言われたとおりに全身の力を抜く。やはり、何も変化はない。全身の筋肉がドクン、ドクンと規則的に動くだけで、血流が速くなる感覚や身体の発熱は一切感じられなかった。


「やっぱり、変化がないな……!」

「いや、そうでもないよ。身体が熱い、とまでないかなくともポカポカするような感覚はないかい?」

「そ、それは……確かに、あったかもしれないです」


 アトラスは手を握ったり、開いたりして、自分の中でほんのわずかな熱が発生したことを理解する。

 ディラリスは口元をニヤリと曲げて、


「そうだ。それが根源開放の第一歩なんだよ。だからこの感覚を忘れないでくれ」


 と、言った。

 そして、訓練は続く。


「おおっ! できたぞ!!」


 まず最初に成功したのは、アトラスの近くで練習していたギンヤだった。ギンヤの周りには、黄緑色のオーラが浮かんでいて、心なしか身体そのものまでも黄緑色に発光している。


「ギンヤ、すごい。見直した」

「へっへー! どんなもんだぁ!!」


 キマリはギンヤのことを賞賛した。それで有頂点となったギンヤはハイテンションな状態で今の自分の状態を自慢する。


「くっ……ギンヤはすぐに調子にのる。翅──」

「もうやめろよな!?」


 ギンヤは『翅』の一文字でキマリの意図をすぐさま理解して、叫んだ。

 すなわち、『翅を食べようとしないでくれ』と。


「なあ、アトラス……この状況を助けてくれぇぇぇ!」


 しかし、アトラスは自分のことに集中していて、数秒遅れて反応した。


「あ、俺もキマリに勧められて虫を食べてみたんだけど、なかなかに美味しかったよ」

「あ、アトラス……!? お、お前……!」


 ギンヤの顔がおぞましいものを見たような表情へと変わる。


「ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!! もう嫌だぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 ギンヤは最初に根源開放を成功させたはずなのに、練習を続けるのではなく、この場所からものすごい勢いで逃げていった。


「あ……」


 アトラスは軽く手を伸ばして、少しだけもったいないと心の中で思う。なぜなら、一度身につけただけで練習をやめるのは、せっかく掴んだ感覚を手放すことと同義だからだ。

 アトラスは悔しさよりも先に、そのような感情が表に出ていた。


「……なんだろうな。ギンヤ君は、また練習が必要になるかもしれないな、ふっ……」


 外から見ていたディラリスもアトラスと同じような事を考えていたのか、その口からフッと含みのある笑いが漏れている。


「よし、俺も練習しないと!」


 アトラスは一度、深呼吸をして身体を落ち着かせると、一気に全身へ力を込めた。


「ふぅ……っ!!」


 血液が流れ込む感覚はあるのだが、それはまだまだ遅くて、突然流れが速くなったことから目眩がアトラスを襲う。


「うお……っと! あ、危なかった」


 手の平を地面の上につけてなんとか目眩がおさまるのを待つ。数十秒の間目眩は続き、おさまるとすぐにアトラスは立ち上がった。


「はぁ……っ!」


 アトラスの持て得る力のすべてで、思いきり血流を加速させる。身体に負荷がかかることなんてお構いなしに、アトラスは黄緑色のオーラを纏うと、


「で、できた……っ!!」


 その瞬間、アトラスは頭から地面へ倒れ込んでいた。甲殻武装をその手に握りしめたまま、アトラスは静かに浅い呼吸を繰り返す。



 ***



「っはぁ……っ!?」

「ようやく目が覚めたの?」

「あ、うん……」


 気がつけばもう太陽は空高く登り、森の中をじりじりと照りつけている。寝ている地面の土も熱をもって、心地よいというよりも蒸し暑い状況だった。


「アトラス、もう昼よ? いつまで寝てるつもりかしら?」


 横になっているアトラスの目の前にヒメカが上から顔をのぞかせた。その顔は何故か、好奇心に彩られていて、若干頬が持ち上がっている。


(はぁ♡ アトラスの寝顔、良かったわ……!)


 逃げたギンヤは別として、ヒメカの隣に並んでいたキマリは、


「さっきのヒメカの蕩けた顔は見物だった」

「なっ! ちょっとキマリ!?」


 アトラスの寝顔を見て、ヒメカの表情がよほど蕩けていたのだろう、キマリはヒメカのほうを見てぽそりと呟いた。瞬間、沸騰したかのように顔と耳全体が真っ赤に染まる。それに対してキマリは口元に手をあてて、そんなヒメカを笑った。


「ぷぷ」

「なっ、なによ! って、キマリ……貴女まさか!」

「そう。その通り」


 バチバチと火花を飛ばして睨み合うヒメカとキマリ。アトラスは目を覚まして早々に、稲妻のような災害ものが幻視できた。


「私は前にアトラスの寝顔を見た。ただそれだけ」


 キマリはヒメカに宣戦布告とも受け取れる言葉を言い放つ。


「え? 嘘、よね?」

「もちろん嘘」

『…………』


 キマリの言う『嘘』とヒメカの想像する『嘘』は微妙に食い違っていないこともないが、どちらにせよ、お互いにライバルであることに変わりはない。

 そしてキマリはヒメカに何やら耳打ちをして、ヒメカの目から光が消えた。瞳に虚ろな影を落として、ゆらゆらとアトラスのもとへ近づいていく。


「──ねぇアトラス……それは本当なの?」

「え? 何が?」


 何が本当なのかアトラスには見当もつかず、思わず疑問で返してしまった。


「え、えっと……だから──」

「え、あの……何の話?」

「だぁーかぁーらぁー!! ひ、ひひ膝枕されたのは本当なの!?」


 ヒメカは「うがーっ!」と叫んで、怒鳴る形でアトラスに尋ねた。それはもはや『質問』ではなく、『尋問』に近いのかもしれない。


「え、ええと……確か、されたような気が……」

「本当、だったのね……?」


 ヒメカはキマリのほうを振り向いて、お互いに目力で火花を散らす。


「は、はぁ……」


 そんな状況の渦中にいるアトラスは、この何ともいたたまれない状況に、ため息をついた。



 修羅場を乗り越えて、アトラス再び訓練をする。アトラスはまだ根源開放して見ることのできる世界を見ただけであり、決してそれを使いこなせるようになったわけではない。


「はっ!」


 全身に力を込めたり、力を緩めたりして、アトラスは血流を加速させようと試行錯誤する。


「っ……!?」

「アトラス、お先にー!!」


 逃げたはずのギンヤは黄緑色のオーラを纏って、木々の中を跳躍したり、走り抜けたりと通常では考えられない軌道を描きながら進む。アトラスの胸に、悔しさが込み上げた。


「え……?」


 よくよく見れば、他の者たちも黄緑色のオーラを纏っていて、木の幹を蹴って空高く跳躍したり、通常以上の速さで走ったりしている。

 眠っていたためか、完全にアトラスのほうが出遅れていた。


(負けてられない……っ!)


 アトラスは再び血流を加速させ、黄緑色のオーラを纏おうと力をこめて、


「っ!?」


 一瞬、オーラを纏ったような気もしたが、纏ったオーラはすぐに霧散してしまう。少し目眩を感じて、地面に膝をつけた。


「くっ! もう少しで掴めそうなのに……!」


 アトラスは顎に力を入れて、噛み締める。あと一歩のところで、その感覚を掴むことができなかった。だから当然、アトラスは悔しいはずだ。


「絶対に……掴んでみせる!!」


 アトラスは力を抜いた状態で立ち上がって、落ち着いた呼吸を繰り返す。


「すぅ……!」


 そして、全身に自分の持ち得る力の全てをこめた。


「うおおおおおおおおおおおおおお!!」


 開放血管系が大きくうねり、莫大な血液を組織に送り出す。


 ──ドクンッ!


 アトラスの全身を黄緑色のオーラが覆い、元の状態に戻ることはなかった。

 試行錯誤の末、一定のペースで力を入れることが重要なようである。アトラスは脚で飛び跳ねるだけで大樹の枝に届かんばかりの跳躍を見せた。


「で、できた……!」

「おめでとう、アトラス君……。それとも……ようこそ、と言うべきかな?」

「あ、ありがとうございます……」


 突然ディラリスが現れて祝われたアトラスだったが、かけられた言葉に顔を顰める。単にありがとうとしか答えることができなかった。


「よし、俺も行くか!」


 アトラスは根源開放をしたままの状態で、空へ飛び出した。しかし、あまりの身体能力に身体がついていけなくて、すぐにバランスを崩す。


「うおわぁぁぁ!」


 アトラスは現在進行形で斜めに落下している。眼前にあるのは大樹の幹。

 このままだと直撃してしまう。


(っ!? どうすれば……!)


 そこでアトラスは他の生徒たちがやっていた行動を思い出す。皆は確か──大樹の幹を蹴ることで、更なる跳躍をしていたはずだ。

 だからアトラスもそれに倣う。


(脚を前に、出す!)


 直撃する寸前に前屈みの姿勢へ。


「いっけぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」


 幹を蹴って、先ほどよりも更に高い場所へ飛ぶ。


「来てくれ、アトラスパーク!!」


 瞬間、翡翠色の刀が出現する。

 力強く柄の部分を握り、遥か遠い空へ向けて上から下へそれを振り下ろす。


(待っててくれ、レギウス……! 俺が絶対に助けてみせる!!)


 アトラスは己の決意をさらに固く、より強固なものに作り変えていった。

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