猪突猛進

 ──あの場所は、暗くて何もない場所だった。


 ギレファルはつくづくそう思う。自分の命が燃え尽きて、それからサタンの手で復活させられるまでは本当に退屈だったと。黄泉の国にいたといえば聞こえは悪くないかもしれない。

 今はギレルユニオンという手下がいるから退屈しないものの、一人だったら間違いなく退屈な環境だっただろう。


 災厄と呼ばれ、忌避されてきたギレファル。彼女が『災厄』たる所以は、たった一つの命を守るために多くの命を奪ったことだ。

 ギレファルにしてみれば、守りたいものを守りきっただけだが、他の者からすれば『脅威』や『災厄』という事実が残るだけである。

 だからギレファルはいつでも孤独でつまらない日常を歩んでいた。

 ギレファルが周りを見やれば、今もミーゼンやパラワン達がギレファルを前に祈るような行動をとっている。

 正直に言えば鬱陶しい以外の何でもない。しかしながら、不思議と悪い気分ではなかった。


 ギレルユニオンの面々はマディブの住人からすれば悪かもしれない。だがギレファルにとっては退屈のしない非日常へ誘う光だった。


 ──ギレファルの心は既に決まっている。


「お前らに何の目的があったのかは分からねぇ。だが、アタシを復活させた礼ぐらいはしてやらねぇとなぁ!」


 レギウスの甲殻武装を取り出して、を纏わせた。


「そのためにもアタシは──」


 居場所を守るためにギレファルは戦わなければならない。その時には誰かと対峙することになる。


 そう悟った。



 ***



 援軍諸共、アトラスを含めた生徒全員が壇上に立つディラリスを見上げる。


「皆、準備はいいかな?」


 ディラリスは皆に問いかけた。

 どこか心配そうな表情だが、眼差しには期待も込められている。ディラリスの中では様々な感情が渦巻いているが、その大半は表に出ることなく心の奥底に仕舞い込んでいた。


「「「はい……!」」」


 皆は一斉に返事をすると、背筋を伸ばして立ち上がる。戦いの前なので、緊張や暗い表情をしている者も少なくないが、決して決意のともしびが消えることはない。


「ギレルユニオンはここから離れた場所にある洞窟……この場所を拠点としていると思われる。幾らか調査済だから、間違いはないよ」


 ディラリスは地図を用いて説明する。マディブの森中央の大樹こうしゃから見て北西方向──ちょうど、朝日の反対側にその拠点があるということになる。

 そんな場所に洞窟があることは学生達にとっても初耳であったが、それはディラリスが独自の調査をしたためだろう。


「皆! 行こう!!」

『──おうっ!!』


 そして彼らは、外れの洞窟へ向かった。


「『破壊魔蟲』ギレファルを倒す……いや、レギウスを救い出すぞ!」

『おおーーーっ!!』


 アトラスが中心で意気込んだ。

 他の生徒たちも気合いを入れることで一致団結。


 そして長い長い一日、ギレファルとの戦いが幕を開けるのである。




「この奥にギレファル……いいや、レギウスが待ってるのか」


 アトラスたちは洞窟の中へ脚を一歩だけ踏み入れる。すると、強い風が追い風となって吹き荒れた。その風はアトラスたちの侵入を拒んでいるようで入ろうとすればするほどに風圧は強くなる。


「ここは僕の出番かな? 現れろ甲殻武装マイ・アーム。ロッキングシザース!!」


 ディラリスは右手でそれを持ち、前へ掲げることで気流を固定させた。左手を失っても尚レギウスの憧れたその実力は衰えていないようである。


「今のうちに入りたまえ! 僕も後から続く!」


 アトラスたちが先に洞窟の中を進み、ディラリスが後を追う。そして気流の届かない洞窟内の大きな部屋へ。広間に出たところでディラリスは能力を解除した。


 ──目前にはギレルユニオンの面々。既に迫りつつある。

 彼らの姿を視認した瞬間、生徒たちの表情は一変した。全身の血管を収縮させることで、黄緑の光が身体を覆う。


「アトラスたちは先へ行って!」

「ここは俺たちに任せてくれ!」

「早くレギウスとギレファルを助けてあげて!」


 生徒たちは皆、アトラス、ヒメカ、ギンヤ、キマリ、そしてディラリスにエールを送った。


「ありがとう! 俺たちも絶対、あいつレギウスを救ってくるから!」

「──待ってください!」


 その言葉の主は、カレンだ。


「私も向かいます。私は、魔蟲に会わないといけないんです。失った記憶を取り戻すために。どうか、私も一緒に……!」


 カレンは失った記憶も、ユシャクの願いもすべて、この戦いの中で満たそうとしている。ギンヤは目を見開いて驚愕の表情を浮かべ、アトラスに言葉を投げた。とても深刻そうな表情で。


「なあ、頼む。あいつを連れていこう」

「え? う、うん。いいけど、ギンヤにも何か理由があるんだね?」

「ま、推測ではあるけどな。俺とあの少女は……お互いを知っている」


 少し考えて、アトラスは手の平を前に出してみせる。


「一緒に……戦おう! なあ、そうだろ? ギンヤ!!」

「ああ、もちろんだっ!!」


 今のギンヤの表情は明るい。


「よし、進もう!」


 そう言って、アトラスは更なる奥地へ進んだ。


『ここは俺(私)たちでなんとかしよう!!』


 生徒たちとギレルユニオンは今、激突した。

 それはまるでそれぞれの意地プライドをかけた大混戦のようだ。

 ギレファルに付き従いたいギレルユニオンの面々とレギウスを救い出す時間を稼ぎたい生徒たち。互いの思惑が渦を巻き、戦況はバラバラになっていく。


「はあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!! もう、少しッ!」

「どいて! まとめて薙ぎ払う!」

 今、一人の生徒が敵の甲殻武装を破壊した。それに続くように、他の生徒たちも一度に同じ敵への攻撃。そして確実に甲殻武装を破壊していく。

 勝利の女神は生徒たちに微笑んでいた。



 ***



「む……来たでござるな」

「そうか。良くやったミーゼン」


 パラワンはミーゼンを賞賛して、遠い洞窟の外を眺めるかのように岩の壁を見た。


「拙者の能力は気流を扱うことにござる。察知する程度できねばギレファル様に仕えることすらできぬでござるよ」

「そうか。ミーゼンはいつもだな」

「そう、とは? はて、何のことでござるか?」


 ミーゼンは思わず尋ねる。ミーゼンにとっては『破壊魔蟲』ギレファルを信奉するというよりも『憧れている』という意味合いのほうが強い。

 だからギレルユニオンの中では少し変わり者として他の者からは認識されていた。


「ギレファル様に憧れているんだろう? 前々から気になっていたんだが、どうしてそこまで憧れるんだ?」

「それは……」


 ミーゼンは迷った。ギレファルが自分の祖父に関係していることを告げるべきなのか。


「言えないのか? それならいい、言う必要はないぞ」

「……感謝するでござる」


 何も言わずにミーゼンはその場からさっさと立ち去った。向かうのは、洞窟のずっと奥──ギレファルのところだ。


「一体、なんだったんだ?」


 それでも気になってしまうパラワンだった。

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