死闘の向こう側

「やはり来たか」

「君がギレルユニオンのトップかな?」

「その通りだ。俺の名はパラワン、『破壊魔蟲』ギレファル様を崇め、ギレルユニオンの頂点に立つ者だ!」


 パラワンはおもむろに横腹から甲殻武装を引き抜く。


「現れろ。甲殻武装:パラワーム!!」


 現れたのは──刀でも槍でもない。そもそも武器を持つための柄というものが存在していなかった。

 それは灰黒色の手甲ガントレットで、パラワンは両手にそれを取り付ける。そのためか、脚跡の鎧クラストアーマーは両方とも消失していた。


「随分と特殊な武器のようだね」

「俺は長物を扱うことに慣れていない。だが」


 その瞬間、パラワンの姿がかき消えて、姿を探そうと目を離した隙に、ディラリスの背後に回る。


徒手空拳これなら誰にも負けん!!」


 パラワンの拳がディラリスの横腹へ迫る。

 咄嗟に左腕でガードするも左腕がミシミシと悲鳴をあげて、筋繊維が断裂する『嫌な音』がした。元々使い物にならなかった片腕とはいえ、肩のほうまで損傷してしまったようだ。


「これはまずいな。姿をとらえられない」


 だらりと垂れ下がった左腕は肩から動かすことすらできず、右手で鋏を握る。


「もうお終いなのか? 余りにもあっけない」


 姿が消えて、ディラリスの後ろに現れるパラワン。しかし、そのままディラリスを攻撃するのではなく、後ろにいるアトラスたちを狙ってたちまち姿を消した。


「なっ!」


 驚愕したのはディラリスではなく、──パラワンだった。

 パラワンは身動きがとれず、姿を消そうにも動くことができない。


「行動を予測できなかったら死んでいたね。でも、賭けには勝ったか」


 しかし、ディラリスはパラワンを倒そうと前へ進むことをしなかった。


「ぐ、は……ッッ!!」


 なぜならば、ディラリスの胸から刀の切っ先が飛び出していたから。しかし突き刺した者の姿は見えない。


「全く、拙者がいない間に何を負けてるんでござるか? パラワン殿」


 恐らく刀を投げたのだろう。ディラリスに突き刺さった刀を引き抜いて、ミーゼンがパラワンの隣へ並ぶ。


『なっ……!』


 アトラスたち四人は驚愕する。瀕死と思われる状態のディラリスを前にして、何をすればよいのか迷ってしまったのだ。


「まだ……だ! 僕はまだ、終わってはいないッ!うおおおおおおおおおおお──ッ!!」


 ディラリスは雄叫びをあげながら立ち上がる。そして、黄緑色のオーラを纏う。


「今ここで踏ん張らなくてどうするんだよ! たとえこの命が燃え尽きようとも彼らが絶対にレギウス奪還を達成する! だからいくぞ、根源開放ッ!!」


 虫の心臓とも呼べる、胴の筋肉までもが傷ついていためか、傷口から血液がドクドクと流れ出てしまう。そんなことはお構い無しにディラリスは叫んだ。

 鬼の如き気迫で、パラワンとミーゼンの二人を相手取る。


「君たち、先に行きたまえ。ここは僕が命を賭して止めてみせる。だから早くレギウスのもとへ!」


 アトラスも、ヒメカも、ギンヤもキマリも、カレンでさえも迷った。

 ここで見捨ててしまえばレギウスを含め、皆が悲しんでしまう。かといって先へ向かわなければレギウスとギレファルを救うことができない。


「早く行んだ──ッ!! 最善手を、尽くせ!!」


 ディラリスの言葉で、皆一様の反応をした。


「……分かりました。俺たちは先へ行きます!」


 アトラスはそう言うと、他の三人を連れて洞窟の更に奥へ進んでいった。


 ──そしてディラリスは呟く。


「ここからは、時間との勝負になるな。絶対に、食い止めなければ」


 ディラリスの瞳に宿る決意は決して消えることはなかった。


「そんなイカれた目をされても困るでござる。所詮は無駄に終わる努力にゆえ」

「果たして、それはどうかな?」


 ディラリスはおちゃらけたような言い回しでミーゼンの言葉を否定した。


「それにその状態でまともに戦えるとは思えんが。一体、何ができるというのか」


 続いてパラワンもディラリスを否定する。その顔は笑顔でも侮蔑でもなく、ただただつまらなそうにしているだけだ。


「……それならば、お前たちを倒して証明してみせよう」


 ディラリスは一歩前へ動き出す。一歩とはいっても、根源開放により身体能力が跳ね上がっているので、瞬発力は桁違いだ。

 その瞬発力を以て、ミーゼンに接近するディラリス。


「なっ!」

「先に行動を止めさせてもらうよ」


 ディラリスの甲殻武装でミーゼンの動きを止める。

 同時にパラワンが姿を消すとディラリスの背後に現れた。そしてまた姿を消して、ミーゼンのもとへ。

 パラワンはミーゼンの腕を掴んで遠くへ放り投げた。


「もう大丈夫だ」

「っ、はぁ。助かったでござる」


 ディラリスは弱点を見つけられた気分で、こめかみに少し皺が寄る。


「お前の能力は確かに強力だ。しかし固定されているものが外部の力で動いてしまえば固定されていることに矛盾する」

「やれやれ、こうも早くに見切られると困るね」


 ディラリスは苦悶の表情を浮かべることなく、そう答えた。強がりなのか、元からなのか──それは定かではない。が、なかなか口数も減らない。


 パラワンは姿を暗転させ背後へ回る。鳩尾みぞおちに掌打を入れ、直ぐにミーゼンの隣へと戻る。ミーゼンは刀で空を斬り斬撃を飛ばす。迫り来る一撃をディラリスは何とか回避するが、途端に嫌な汗が頬を伝う。


「……僕の能力は確かに固定だよ。ただし、それが固定する能力だけとは言っていないよ」


 ディラリスの目付きが変わる。

 決死の覚悟というべきなのか、目尻が持ち上がって黄緑色のオーラはますます輝く。


「固定する能力を突き詰めれば、こんなこともできるんだ」


 全身に流れる血液を沸騰させるかのように、自分の持つ全ての力を甲殻武装に注いだ。


(もう少し……もう少しだ! もってくれ……!)


 自分の肉体が限界に達して、ボロボロになりながらも必死に気力で肉体と精神を繋ぎ止める。


「うおおおおおおおおおおお!!」


 ディラリスはミーゼンとパラワンの身体を固定した。そしてそのまま二人を、


「──はぁ、はぁ、これで……終わりだよ。封印ロック……ッッ!!」


 動作の固定ではない。停滞という言葉が近いかもしれない。ディラリスは相対する二人を石に変えてしまった。砂埃がミーゼンとパラワンを覆っているようにも見える。


(僕にできるのはここまでのようだ。すまないね、皆。それと、レギウスにも──)


 ディラリスは死闘の最中、激しい後悔の念に苛まれた。視界は急に暗転し、気がつけば頬に感じる冷感。

 目元は涙に濡れ、地べたが湿る。前のめりに倒れ込んだと分かった瞬間には、既に意識が遠のいていた。

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