求める光(前編)

「この先だ。この先に『破壊魔蟲』ギレファルがいるはずだ」


 アトラスたち五人は洞窟内を奥へ進み、やがて大きな部屋へ出た。

 玉座──とは言えないが、ギレファル一人に対してかなり広い部屋。壁からせり出した黄銅鉱が妖しく光を反射している。


 ──お前らか。アタシから何もかも奪ってくのは!


 部屋に響き渡る細い声。叫んでいるというよりも、幼い赤子のように泣いているという言葉のほうが近い。

 

「お前らだな? アタシから皆を、光を奪うのはッッ!!」


 レギウスの姿が薄らと見えるとその顔は涙に濡れていた。すぐに憤怒の色へと変わる。『破壊魔蟲』ギレファルはおもむろにを引き抜く。


「来い! バロックランドゥス!!」


 ギレファルの声に応じて姿を現す一振の薙刀。刀身は白い炎に覆われている。


「アタシに仇なす奴らはすべてこの手でッ! 力貸せアタシの甲殻武装!」


 薙刀の姿形が変化し、やがて形が定まった。


「──きたれ。ラムダブレイカー!!」


 現れた武器は一振の剣。しかし刃はなく、丈夫さに重きを置いているように見える。頑丈さだけはアトラスの甲殻武装に似ているが、大きく異なる部分が一点。

 ギレファルの武器には、刃の部分に鉤爪かぎづめ状の凹凸がある。鉤爪は何もかもを折り曲げてしまいそうなくらいとても凶悪だ。


「お前らは絶対にアタシが許さなねぇ!」


 ギレファルは渾身の一撃を入れるわけでもなく、その口調に伴わない軽い足取りでアトラスに近づいた。

 一定の距離になった途端、ギレファルは一気に距離を詰める。


「くっ!」


 アトラスは咄嗟に刀でギレファルを受け止めた。しばらくの鍔迫り合いが続くと思われたその時。


 ──バリィィィッ!!


「ッ!」


 鍔迫り合いになる直前にアトラスの刀は、中ほどのあたりで折り曲げられている。

 ギレファルの動きはどこかダンスを踊っているようだ。剣と刀がぶつかるところでギレファルは利き手を捻る。


「おらぁぁぁっ!」


 横殴りの一閃。姿勢を低くすることで回避するも、次には頭蓋目掛けて振り下ろされる。身体を左方へ打ち出す勢いで転げるアトラス。

 次々に迫る斬撃を何とか避けるだけで精一杯だった。


「はぁ、はぁ」


 強い痛みが走り抜ける横腹にぐっと力を入れて、アトラスはもう一度甲殻武装を取り出す。


「無駄な真似を」


 ギレファルとアトラスは再び剣と刀を交えるも、やはりアトラスの刀がバキリと折れる。


「っ! 痛い、でも!!」


 三度目の挑戦。脚跡の鎧から刀を顕現させた。


「──俺たちだって、レギウスを奪われたんだ。お前も同じだ……俺たちの仲間を奪ってるんだよ!!」


 今にも鬼気迫る表情のアトラスにギレファルは激昂する。


「どうしていつもいつも、アタシを理解してくれる奴はいねぇんだ」


 ギレファルは涙を流す。そして目を吊り上げるとアトラスへ接近する。

 涙の粒が後ろへ靡く。その勢いのままアトラスへ斬りかかった。


「くっ!?」


 アトラスは咄嗟に刀で受けようとしたその瞬間、ギレファルとの間に鏡が一枚現れる。

 虚像を生み出すギンヤの能力だ。虚像と入れ替わるようにしてアトラスは後方へ距離を取る。


「なに、破壊した感触がないだと?」

「ギンヤ、助かった!」

「ああ、お前も大丈夫か? 全身擦りむけてボロボロじゃねぇかよ」


 じれったいなと言わんばかりのギンヤ。頭を軽く掻きながら溜め息をつく。

 その後ろでは、ヒメカとキマリが意を決したように頷き合っていた。そしてアトラスの目前で二人並ぶ。


「アトラス、何を迷っているの? 別に貴方一人で戦わなくてもいいのよ。私たちだって戦えるもの。ほら、頼りなさい!」


 そう言って大きく胸を張るヒメカ。


「ん、同意。アトラスは目の前の敵に集中して。ついでに私がアトラスを守る」


 対して、心做しか声色の明るいキマリ。

 カレン含め、皆のことを意識しながら戦っていたのかもしれない。傲慢な考えだったとアトラスは反省する。


「……分かった。俺はレギウスを救い出すよ。だから皆、俺と一緒に戦ってくれ!」


 鼻柱を人差し指で擦りながら、アトラスは頼み込んだ。


「もしかして照れてる?」

「て、別に照れてないですけどぉ!?」


 容赦ないキマリの一言に軽口で返すアトラス。

 するとヒメカとキマリは──アトラスの頭を両手で囲い、胸元に引き寄せた。


「な、な、な……っ! 何をされているんですか〜〜ッ!?」


 叫んだのは、カレンだ。状況を理解できず、皆の顔を順番に見回す。


「なっ! な、なに!? 二人ともどうしたの!?」


 アトラスが驚き、ギンヤが気まずそうに目を逸らす中、ヒメカとキマリは照れを隠すように早口で、


「べ、別にそういう意図があったわけじゃないから!」

「ん、同じく」


 キマリは通常運転かもしれないが──二人は『あくまでも応援』であると主張した。


「……あくまでとか言ってる時点で嘘じゃねぇか」


 ギンヤはぽそりと呟く。それをすかさず耳にしたキマリは視線だけで威圧する。


「だからアトラスは思う存分! 戦ってきなさい!!」

「ん、頑張って」


 アトラスは己の甲殻武装を両手で握った。


(思い出せ! 俺がディラリス先生から教わったことはなんだ!)


 ──それは最善の選択を掴むこと。

 ──それを掴むための勇気を持つこと。


 そして、目の前から逃げないこと。


(ギレファルはあの時手首を捻っていた。あの剣の形から考えると、引っ掛けて破壊するのか?)


 ギレファルの武器の特徴から、甲殻武装を折り曲げる仕組みを理解する。


(狙うべきはあの剣の手元、軸となる手首だ!!)


 アトラスの狙いはある一箇所に定まった。


「いくぜ!」


 アトラスは防御としての受けではなく、攻撃としての攻めに行動を移す。


「どれだけ繰り返しても結果は同じに決まってんだろ?」

「そんなのやってみないと分からない。ギンヤ、いくよ!」


 刀と剣がぶつかるその手前、アトラスは仲間ギンヤの名前を呼ぶ。


「おう、分かったぜ。甲殻武装、ベクトシルヴァ!」


 瞬間、アトラスの姿がブレた。本物のアトラスは宙で身体を捻り、横からギレファルの剣の柄を狙う。回転の勢いを乗せた斬撃がギレファルの手筋へ迫る。


「何っ!?」


 アトラスの攻撃に気がついた、ギレファルは今攻撃しようとしたアトラスが虚像ニセモノであることを理解して咄嗟に身を翻す。


「危ねぇ危ねぇ。さては能力に気づいたか」

「……そうかもしれないな」


 適当な返事で返したアトラス。

 戦いの中での興奮と肌を突き刺すような空気。限られた視野の中で感じる殺気スリル

 ギレファルの目は血走っていた。


「こんなのはどうだ? その結果どうなるのか、アタシにも想像つかねぇけどな!」


 ギレファルは自分の胸元に己の甲殻武装を突き立てた。

 そしてを発動させる。


「アタシはこんなんじゃ死なねぇよ! うおおおおおおおおおおお!!」


 剣を突き刺した所から徐々に亀裂が広がっていき、身体の中心線の上を丁度亀裂が走った。


『はははははははは!! これでどうよぉ?』


 ギレファルの姿は二人分に分裂していた。

 そして涙を流し無邪気に嗤う。

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