第四章
開放
「俺はコーカスと戦いはしましたが、厳密にはあそこにいるヒメカがコーカスになったんです」
アトラスの予想外のカミングアウトにディラリスの表情は固まる。ディラリスは、ヒメカがコーカスになるということに違和感を感じずにはいられなかった。
「コーカスになる、とはどういうことかな?」
ディラリスは目を細めながら尋ねる。
「そのままの意味です。コーカスの亡霊がヒメカに取り憑いていた、という印象が俺にはありました」
「魂、か……。やはり謎だな」
ディラリスは顎に右指を当てて、今までの情報を整理して、ふと何らかの壁にぶつかった。
「それともう一つ。アトラス君、レギウスが連れ去られたとき、ミーゼンは何と言っていた?」
「ええと……これで目的は達成された、あとはギレファル様の復活を待つだけでござる、と言っていた気がします。でも、レギウスを連れ去った目的が何だったのかは分からないと思いますけど」
「いや、いいんだ。僕はなんとなく想像がついたからね」
「っ!?」
ディラリスの頭の切れの良さに、アトラスは戦慄することしかできない。たったこれだけの少ない情報の欠片から、予想を立ててしまうのはとても恐ろしいことだ。アトラスはディラリスが味方で良かったと思う。
「多分だけど……コーカスも意図して取り憑いた訳ではないと思うんだ。アトラス君、それについて心当たりはないかい?」
「そ、それは……確かにあります。
「なるほど。なら、コーカスやギレファル……もしかすればヘラクスもかもしれないが、それらの『魔蟲』を復活させて暗躍している存在がいるというワケだ」
「なっ……!」
アトラスは言葉を失った。誰かが過去の災厄を復活させているとして、一度死した者を甲殻武装の
そこでコーカスの最期の言葉が頭を過ぎった。
──アトラスの甲殻武装は『護るための力』ではないというコーカスの発言。
コーカスの言う
「もしかしたら……レギウスは贄なのかもしれないね。ヒメカ君の中にコーカスが取り憑いていたとなると、次はレギウスがギレファルになってしまうのかもしれない……!」
アトラスはその言葉を真に受けて、反応を返せない。本当のことかもしれないと、容易に想像できてしまったからだ。
「さて、それを聞いてアトラス君はどうするんだい? 戦うのか、それとも──」
「戦う! 戦うに決まってる!!」
アトラスはそう言い放つと、校舎の中で待機しているタランの森の『援軍』と、今までともに行動していた者たちのほうへ走っていく。
そして、アトラスは全員の注目を集めた。
「皆! 突然だけど、『破壊魔蟲』ギレファルが復活したらしい! マディブの森で最強のレギウスはギレルユニオンに連れ去られた。たぶん、レギウスがギレファルの贄になってしまう! 一度助けてもらったのに、俺は何もできなかった……! だから俺はレギウスを助けたい! 皆、俺に力を貸してくれ!!」
アトラスの目は力がこもっていて、自分の考えを皆の良心へ訴えかける。
「ギレファルが復活した……それは本当ですか!?」
白い翅の少女──カレンはアトラスに尋ねた。
「恐らくは……復活したと思います。レギウスがギレファルに取り憑かれて、レギウス自身がギレファルになってしまうかもしれないんです!」
アトラスは涙ながらにそう伝えると、カレンは目を瞑って何も反応しない。それは決して無視している訳ではなく、じっくりと頭の中で考えて、誰かと話しているようだった。
「あの、ええと……」
「あっ、すみませんでした。私は協力しようかと思います」
カレンは自分の中に宿る魂──『氷雪魔蟲』ユシャクと相談した結果、戦うことを選んだようだ。
(セツ……これでいいんですよね?)
《そうじゃ、儂もこれで自分の目的を果たすことができるからのぅ……》
そして、ギンヤとヒメカ、そしてキマリも戦う意志を表明した。
「俺も戦うぜ! アトラス、お前一人だけだと心配だしな! くれぐれも暴走はするんじゃねぇぞ?」
「私も戦うわ! コーカスも勿論許せないけれど、同じ災厄なら尚更見過ごすことはできないわ!!」
「ん……! 私も戦う」
そして、他の生徒たちはというと、
「俺も戦う!」「僕も!」「私だって!」
『そうだ……皆で戦うぞ!!』
全員ではないが、数人の生徒が反応を見せる。アトラスは今まで積み上げてきたモノを改めて実感して、泣きそうになった。
「ありがとう……! 皆……っ!」
目元がとても熱くなり、アトラスは涙で目を潤ませる。
「それじゃあ『破壊魔蟲』ギレファルを倒すにあたって、会議をはじめよう」
ディラリスがアトラスの横に立ち、会議を進めていく。
会議を外から聴くと、眠くなってしまうのがお約束。中には退屈そうにしている者もいなくはない。背中を丸めて、力を抜いている者がちらほらといた。
しかし、それらの者はディラリスが歩き回り、横に立ち止まったことでぴしっと背筋を伸ばす。
「進行は僕が務めよう」
『はい!』
皆の返答を聞くと、アトラスは深呼吸をしてから、説明を始める。
「まず、俺はギレファルが復活してレギウスに取り憑くと言ったけど、実際はどのように中身のギレファルを倒せばいいのかわからない。俺がコーカスを倒したときは、一太刀を入れて、何かが弾けた感覚があったんだ。するとコーカスの魂が溶けるようになくなっていった。何故あのときコーカスを倒せたのかがわからない」
生徒たちが呆然としている中、アトラスは一呼吸おいて、
「だから……ギレファルをどうすれば倒せるのかわからない」
『──えぇっ!?』
生徒は間の抜けたような表情をして驚く 。ギレファルを倒すための会議ではなかったのかと、ここにいる皆が思った。
アトラスもそれを理解しているようで、一瞬頭の中が真っ白になるも、すぐに補足をする。
「でも俺の甲殻武装の能力が『護る』……いいや、『救う力』だからコーカスを救えたのかもしれないんだ! コーカスも意図して取り憑いた訳じゃなくて、誰かによって復活させられたんだ。それはギレファルも同じなはず……!」
アトラスは右手で横腹の
「でも、それでは話がバラバラだからね。僕も補足をしよう」
その横で、ディラリスはアトラスの言葉を部分的に否定した。そして声を張り上げて言う。
「皆に詳しく伝えよう! 誰かが『魔蟲』を蘇らせている。恐らく、その存在が『魔蟲』の魂を贄に取り憑かせる……いや、寄生させている、というほうが正しいのかもしれないね。つまり、『魔蟲』の意思は無視されているんだ。だから、アトラス君の『救う力』でギレファルすらも、救ってみせようじゃないか!」
生徒たちは一度だけ迷った様子を見せるも、皆一様に目に強い意思が宿り、メラメラと燃えていた。
「だから、このとき皆にもギレルユニオンというギレファルの手下を相手にしてほしいんだ。どうか、頼む……!」
皆がディラリスの話を聞いている中、ディラリスはなんと──腰を直角に折って頭を下げた。
「この通りだ。僕もレギウスを助けたい。だから、力を貸してはくれないか? アトラス君と僕はギレファル……いや、レギウスの相手で精一杯だろうからね。どうしても戦ってくれる仲間が必要なんだ」
生徒たちの心は既に決まっており、皆揃って拍手をする。パチパチと、乾いた音が耳を刺激する。
「ギレルユニオンもなかなかの強敵だ。だから皆にも、戦う力を身につけなければならない!」
そしてディラリスは──
「僕が皆を強くしてみせよう。『破壊魔蟲』と戦うぞ」
皆の稽古をつけることを表明した。
***
ディラリスが皆に稽古をつけることが決まって、翌日。
明朝なのに空は澄みきっていて青く、森の中は空気が一定の方向に流れている。少しだけ寒くも感じるが、生徒たちは動きやすい服装に着替えて
「良く集まってくれたね。まずはストレッチから始めようか」
ディラリスは脚を前後に開いて、筋肉と腱を伸ばす。それに倣いながら、生徒たちも自分の身体を柔らかくしていく。
「っ……!」
「ヒメカ、大丈夫?」
アトラスはヒメカを心配する。
ヒメカは身体を伸ばしながら、どこか痛むようで、自然と口から吐息が漏れていた。
「ええ、大丈夫よ……。これ、身体を伸ばすのって、かなりきついわね……!」
やはり筋が痛むのか、ヒメカは無理に身体を伸ばそうとしている。
「ヒメカ君、やめたまえ。痛むまで身体を伸ばしてはいけないよ。これはあくまで、痛まない程度に行うんだ」
ディラリスがヒメカの目の前まで来て、そう説明した。
どうやら、身体を伸ばすときは『適度に』ということらしい。
「殻人族のこの肌の奥深くには筋肉があって、それは骨格へ繋がっている。今やっているストレッチとは筋肉と骨格の結合部をほぐすためのものだ。だからそれが損傷してしまっては、元も子もないんだよ。ストレッチの意義を分かってもらえたかい?」
ディラリスはストレッチのメカニズムを説明してから、ヒメカの反応を窺った。
「は、はい……」
「そうか、それはよかった。だから、痛めない程度に身体を伸ばしたまえ」
そしてディラリスはヒメカの前から去っていく。
その隣で身体を伸ばしていたアトラスも、ディラリスの話に聞き耳を立てていて、思わず嘆息していた。
「ねぇ、アトラス……」
「なに?」
「私がコーカスに操られたとき、貴方は何を思っていたの?」
「えぇっ!?」
突然の話題転換に──というよりも話題の内容にアトラスはたじろぐ。
「な、なんでそんなことを……?」
「だって、その甲殻武装は刃がなかったはずなのに、急に鋭くなったり、一太刀でコーカスが消えるのもおかしいもの。だから、あのときのアトラスの心情を教えてくれないかしら?」
ヒメカは少し暗い表情で、アトラスに尋ねる。
「あれは……憤怒、っていうのかな。俺の中で大事なものが奪われたみたいな、そんな──」
「も、もういいわ!!」
ヒメカはアトラスを止めた。その顔は耳まで赤く染まり、照れているのは一目瞭然だ。
「だから、自分が見えなくなった。見失ったんだよ」
「もう、やめて……。私の心が、限界……!」
頭から湯気を出しそうな勢いで、ヒメカは急に立ち上がって一、二歩ほど後ずさった。
(俺って、嫌われてるの……?)
──それは、絶対に否である。
「ストレッチも終わっただろうから、次に強くなるための手段を教えよう」
ディラリスは皆の前に立って、ある言葉を提示した。
「
『はい!』
そしてディラリスは、強くなるための手段──根源開放について説明を始める。
「根源開放というのは、血液の流れる速度を上げることなんだ。皆は自分の血を見たことはあるかい?」
複数人の生徒から、声があがる。ヒメカもその一人で、黄緑色の血が流れていると答えた。
「そう、その通りだ。我々の血は黄緑色なんだ。それじゃあ、血管を皆たことのある者はいるかな?」
その瞬間、一切の声が止んだ。誰も分からず、誰も答えようとはしない。
「実は、我々の血管は途中で途切れているんだ。
皆、興味津々そうにディラリスの話を聞いている。そんな中、ディラリスは一瞬だけ動く口をとめて、再び口を開く。
「つまり、根源開放というのは、体内に流れ出る血液の循環を速めることで身体能力をはね上げるというものなんだよ。ここまでの説明は、皆理解できているかな? 必要であれば質問してくれたまえ」
ディラリスは一度、質問する時間を設けた。
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