ミーゼンの成果

「ディラリス、とりあえず俺は……父さんに礼を言ってくるよ!」

「ああ、頼んだよ」


 レギウスは校舎を出て、少し離れた茂みの中で甲殻武装を取り出す。

 薙刀の形をしているが、その能力は共振だ。

 空気を媒介させ、ランドゥスのもとへ自分の声を届ける。


『まずは父さん、援軍をありがとう。こっちで楽しくやってる。それと実力を高め合える奴を見つけたよ! そいつは何だかよくわからなくて、武器が刀になったり、槍とか盾になったり、色々とすごいんだ。だから俺をここに連れて来てくれて、ありがとう!』


 レギウスはランドゥスと共にマディブに連れて来こられたとき、まず支配人であるディラリスの強さに目を引かれた。

 あらゆるものを固定して動けなくする。

 そんなディラリスの戦いぶりにレギウスは目を奪われた。だからレギウスはここに残ることにしたのである。

 援軍と自分自身をこの場所へ連れてきてくれたランドゥスにレギウスは礼を述べると、校舎のほうへ身を翻す。


「──そこにいたでござるか」

「っ!?」


 木陰から現れたのは、ミーゼン。

 手に刀を持って、ゆらゆらと迫りくる。


「お前! 何が目的だっ!!」

「拙者の目的? 何を当たり前のことを。拙者の目的は、『破壊魔蟲』ギレファル様の復活ただひとつ。お主には、そのための贄となってもらう!!」


 ミーゼンの目的は──贄を探すこと。その器としてレギウスが相応しいと確信を持つ。


「ああそうかよ! 前みたいな状況じゃないし、俺がお前を討ってやる!」

「最後に勝つのは我ら、ギレルユニオンでござる……!」


 するとミーゼンの後ろから、数人の殻人族が姿を現す。いずれも甲殻武装を構えており、レギウスを囲んだ。


「俺は、負けるわけにはいかない!」


 音波を敵に浴びせても、怯む様子はない。

 唇を噛み締めて、レギウスとミーゼンは暗い森の中で、静かにぶつかった。



 ***



「アトラスは外で眠ったままかよ……。ちょっと起こしてくる」

「ええ、お願い」

「ん、いてら」


 ギンヤは二人にそう言うと、校舎の外へ出てアトラスの姿を探す。


「おーい、アトラスー! おーい!」


 ギンヤはすぐに地面に寝転んでいるアトラスの姿を発見して、


「おい、起きろ、アトラス!」

「……んぅ?」

「あー、くっそ。まだ寝ぼけてやがる! 起きろ、よっ!」


 身体をゆすってアトラスを起こす。瞼はまだ重たそうで、本当に熟睡していたようである。


「まったく、いい加減起きろっての。ほら、戻るぞ!」


 ギンヤはため息をついて、アトラスの腕を引っ張った。


「あ、自分で起きれるよ」


 アトラスはささっと自力で立ち上がって、手で身体についた土を払う。


「だったら、早くそれをやれよぉ!!」


 ギンヤは天高く叫んだ。


「それじゃあ、戻るぞ!」


 ギンヤがアトラスを連れて校舎のほうへ戻ろうとしたその瞬間、


「ぐわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 森の茂みから、二人の目の前まで吹き飛ばされた影。よくよく見れば、その影はレギウスだった。


「ふ、二人とも! 皆を連れて今すぐここから逃げ──」

「ごちゃごちゃと、うるさいでござるよ。破ッ!!」


 茂みの中から追いかけてきたのだろう、ミーゼンは刀をレギウス目掛けて上段から振り下ろす。咄嗟にレギウスは薙刀の片方の刃で、斬撃を受け止めようと、


「ぐぅうぅぅぅ──!」


 しかし、レギウスの薙刀は斬撃を反らすだけして、砕け散ってしまった。


「が……っ!」


 激しい痛みにレギウスの意識は暗闇に飲み込まれ──その身体をミーゼンが抱きかかえる。


「これで目的は達成された。あとはギレファル様の復活を待つだけでござる……!」


 そして、ミーゼンは抱えたままのレギウスを肩に担ぎ直して、森の中を疾走していった。


「れ、レギウス……!?」


 アトラスとギンヤは消えたレギウスのほうへ手を伸ばすも、ただその光景を眺めるだけで何もできなかった。



 ***



「あはははははは! まさかここまでぴったりな贄をつれてくるとはね。これは驚いたよ」


 サタンは大笑い。周囲一帯に暗闇が広がり、その中央で白炎がゆらめく。


「はっ、それで──」


 ギレルユニオンのリーダーであるパラワンはサタンに密談で約束したことを催促しようと、


「もちろん約束通り、ギレファルは復活させてあげる。でもその前に」


 サタンは贄となる予定の少年、レギウスのもとへ近づくとあることを質問した。


「ねえ、君の知り合いに不思議なやつはいなかったかな? そいつがいると邪魔だからさ。早めに始末しようと思うんだ」

「いないと思うけどな……?」


 レギウスは目を横に泳がせて、そう答える。


「嘘だね。というよりも、君は嘘をつくのが下手だよ」

「っ!?」


 レギウスは目を見開く。サタンは狂気的な笑みを浮かべていたからだ。


「嘘ってのはこうするんだよ。俺が折角蘇らせてあげたのに、それを倒しちゃった君の友達は誰だい? それを教えてくれるのなら、命だけは助けてあげよう」


 暗い笑みに従ってよいのか、自分の友達の命を守るべきなのか。レギウスは逡巡する。

 しかし迷う素振りを見せてもサタンの笑みは揺るがない。


「さあ、早く決めてくれよ。どっちがいい? 十だけ数えてあげるからその前に答えてね。それじゃあ、十……!」


 何も答えない。答えられない。


「九!」


 アトラスの命を守るべきか、自分が助かるべきか分からない。


「八!」


 仮に自分自身が助からなかったら、二度とランドゥスやディラリスに会えなくなってしまう。


「七!」


 アトラスは強い。レギウスも実際に敗北した。しかし『幻影魔蟲』コーカスを倒したのかと問われればレギウスは首を傾げたくなる。


「六!」

「っ! うあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 涙が零れ落ちる。

 自身が助かる代わりに新しくできた友を失ってしまうかもしれない。


「五!」

「っ!? もう、やめて。やめてくれ!」

「ははっ! それじゃあ教えてくれるのかい?」

「あ、ああ」


 レギウスはアトラスを見捨てることにした。溢れる涙は止まることを知らない。


「アトラスだ。コーカスを倒したのはアトラスだ!」

「そうか、そいつがねぇ。今度は嘘をついていないみたいじゃないか。どうもありがとう。それじゃあ……おやすみ」


 サタンは紫色に光る甲殻武装を取り出して、それを

 そして、サタンは薙刀でレギウスの胸を貫いた。


「本ッ当にごめんねぇ! 最初に言ったと思うけど、俺の言葉はすべて嘘なんだ」

「ぐっ、うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああ!!」


 レギウスの心が、何者かに侵食されるかのようにサタンの甲殻武装からがレギウスの中に流れ込んでいく。


「ぐうぅぅぅぅぅぅぅう──! はあ……あはははははははははははは!! で、誰だい? アタシを復活させたのは?」


 レギウスの口調が変化している。

 この瞬間、レギウスはレギウスでなくなった。


「復活させたのは俺だ。おはよう、『破壊魔蟲』ギレファル」


 サタンはそう答えて、パラワンのほうを見やる。


「おお、おおぉぉぉぉぉぉ!! ぎ、ギレファル様!」


 パラワンは歓喜していた。やっと復活したギレファルを前に喜ばずにはいられない。


「それにしてもなんだこの姿は。完全に男の身体じゃねぇかよ。……せめて服だけは女ものにしておくか」


 ギレファルはその場で衣服を脱ぎ出す。ギレルユニオンの面々はいつの間にか背中を向けていた。


「別に男の身体だし、構わねぇよ。とりあえず女ものの服を寄越せ」

「は、はい! かしこまりました!」


 パラワンは慌てて部下へ命令して、女物の衣服を持って来させた。


「おお、助かるな!」


 そしてそれを身に纏うと、レギウス──ではなく、ギレファルは仁王立ちをしてみせた。



 ***



「な、なんだって? レギウスが?」


 レギウスがミーゼンに奪われてから、アトラスとギンヤは真っ先にディラリスへ報告した。

 ディラリスは己を悔いて、俯く。アトラスとギンヤの二人も、追い詰められているレギウスの姿を前に何も行動することができなかった。


『っ……!』


 それが二人にとっては、たまらなく悔しい。


「でも、どうしてレギウスだけを……!」


 ディラリスは疑問に思わざるを得なかった。

 なぜレギウスだけを狙い、他の生徒たちを狙わなかったのか。それよりも、元からレギウスしか狙っていなかったのだろうか。


「ふむ。どういうことだ……?」


 ディラリスの頭の中で様々な憶測が渦巻く。レギウスの力はとてつもなく大きいものだ。それと同時にアトラスの力もレギウスと同等か、それ以上だとディラリスは見ていた。

 だから、余計に分からない。


「すまないがアトラス君……きみがコーカスと戦ったときのことを教えてくれないか? もしかすれば参考になるかもしれない」


 ディラリスはアトラスに尋ねる。同じ災厄である『幻影魔蟲』コーカスと戦ったアトラスならば、何か知っているかもしれないと。


「え、それはいいんですけど……どのような関係があるのか俺にもさっぱり分からないんです」

「だからだよ。だから僕も一緒に考えるんだ」


 ディラリスは力なく笑った。

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