盲目の脅威

「レーカ、新しい手袋が今日ボロボロになっちゃったけど、大丈夫だった……?」

「うん、少し手がじんとするけど大丈夫みたい!」

「それって大丈夫に入るの」

「これくらいなら全然大丈夫だよ!」


 レーカは胸を張って言いきった。対してルリリは少し呆れたような表情である。ルリリの中では、犯人がレーカの手袋を壊した罪はとても重い。しかもレーカの手は表面がほんのりと爛れているようにも見える。それがどうしようもなく、ルリリにとって不安だった。

 夜はレーカの部屋を共有するほかなく共に寝ることになったが、ルリリはレーカに質問を投げる。


「レーカはどうして、そんなに強くいられるの?」

「ん? 強くいられる……?」

「ん、どうして弱気な気分になったりしないのかなって思って」

「どうだろう、私も小さい頃にお父さんにね──」


 レーカは地底で土竜に襲われかけたことを話した。その時に父親であるアトラスに助けられたことと、身近な危険に敏感になれというアトラスの言葉を伝える。


「なるほど。身近な危険、ね……」

「そう! だから私は危険にかなり意識を向けてたんだけど、今日のはちょっと自信失くすな……」


 警戒していたにもかからわず、反応が遅れた。それはレーカの警戒が薄れていたのか。それとも、敵の行動があまりにも速かったのか。

 レーカにも、ルリリにもまだ分からなかった。




「昨日はありがとうございました」

「ええ、こちらこそありがとう。レーカも喜ぶし、また来てくれると嬉しいわ」


 翌朝、ヒメカがルリリの礼を礼で返す。昨日のレーカのはしゃいでいる様子とアトラスから聞かされたレーカを狙う者の存在。それらのことから、ヒメカはルリリという少女にとても感謝していた。


「いつもレーカと仲良くしてくれてありがとう。それと改めて、娘をよろしくお願いね」

「はい……」


 ルリリは少し間の抜けたような反応になる。最初こそレーカの傍でレーカという殻人族の強さを見ようと考えていた。しかしすぐに信頼へと変わる。

 ルリリは母親のヒメカから改めて言われると、どこか照れくさかったのだ。


「それじゃ、朝ごはんにしましょうか」

「はい、わかりました!」

「ふぁ……おはよー」


 そこへ、レーカが目覚めてやってくる。ついでにアトラスも隣に並んでいた。目元を擦り、レーカはまだ眠気が残っている様子。太陽の光が目に入って徐々に覚醒していった。


「ルリリ、おはよう!」

「ん。おはよう、レーカ」


 そしてルリリを含めた四人は朝食をとる。朝食は腐葉土を食べるのが三名、樹皮ごと樹液を食べるのが一名だ。


「そういえば、ルリリの祖先って何なの?」

「ん? 私の祖先はカミキリムシだけど、どうしたの?」

「てっきり昆虫を食べるのかと思ってたから」


 それを聞いて、アトラスとヒメカはなんとも言えない表情となる。キマリがギンヤをよくからかっていたあの光景が思い浮かぶからだ。


「私の祖先は主に木を食べるんだけど、私はこの樹液が好物……」


 どうやらカミキリの種類によっても好みは異なるようで、ルリリは樹液のほかに植物の花粉なども好むようだった。しかし量をあまり採取できないため、ごく稀に食べているとルリリは言う。


「そうなんだ! 花粉なんて食べたことないや……甘いの?」

「それはもちろん。樹液とも違う香りがほんのりするんだよ」


 いつにも増して饒舌なルリリの様子にレーカも笑顔になる。そして、レーカはいつか花粉を食べてみたいと思うのだった。

 大量に吸い込んでせることになるとは、この時は露も知らないのである。



 ***



「おい、レーカ。ちょっといいか?」

「はい……?」


 学校へ登校して最初にギンヤに名前を呼ばれる。

 内容は勿論、昨日の一件だ。レーカの狙われる心当たりはレーカの立場以外にないとギンヤは睨んでおり、ギンヤも昨日教員として入ったキースという男を疑っていた。


「昨日のことを少し聞きたくてな。毒が飛んできた時、レーカの近くになにがあった?」

「ええと、ルリリと一緒に儀礼の練習をしてたから。あと近くにいたのはネフテュスとシロキと……キース先生が歩き回ってたかな」

「あー、やっぱりか……。毒系統の甲殻武装を持つ奴はうちのクラスにはいない。だからキースが怪しいんだが、犯人と決めるには情報が足りないんだ」


 ギンヤもルリリもレーカを心配しており、キースへ疑いを持っている。まだキースは顔を見せていないようで、直接聞くことも出来ていない。


 ──残念なことに、キースが学校に来ることは無かった。

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