第三章

ヒメカのわがまま

 アトラスの家が完成して、数日が経過した。

 その頃にはもうアトラスもクラスの皆と馴染んでおり、楽しく学校生活を送っている。

 しかし今、『とある苦労』が一つ存在していた。


「あの、ヒメカ……さん?」

「いいじゃない、これくらい……」

「いや、どこをどう見たら大丈夫なの!? 明らかに俺が悪く思われんじゃん!」

「仕方ないじゃない。私は……あっ、そこ……もう少し」

「変な声を出すなよ! 気が散るんだよっ!」


 そこに何もやましいことはなく、アトラスとヒメカは今、家を建てていた。アトラスが肩車をして、ヒメカは建築途中の家の高いところへ手を伸ばしているだけの、そんな状況。

 ただし、二人の家ではなくヒメカの家だ。ヒメカは付き人のヤマトが普段から傍にいるのだが、このときヤマトの姿はなかった。



 ──時は数時間前に遡る。



「アトラス、ちょっと私に付き合ってくれないかしら?」


 アトラスはきょとんとするも、たちまち顔をにさせた。


「えっ!? 何? どういうこと!?」

「えっ、あ、そういう意味じゃなくて! ……折り入って少しお願いがあるの」

「あ、ああ。それでヒメカはどうしたの?」


 少しだけ残念に思うアトラスだったが、すぐに用件を尋ねる。


「……えっと、それじゃあ単刀直入に言うわ。アトラス! 私の家を建てるのを手伝ってくれないかしら?」

「えっと、どうして? というか何があったの? ヒメカは確か、ヤマトさんだったっけ……? ヤマトっていう付き人と一緒にいつもいるよね?」

「ぐっ……そ、そうだけど! 親に家を追い出されたの!」


 ヒメカは口元に力を込めて言う。しかし何故なのか言葉に説得力がない。


「……もう。なんであんなこと言うのよ、ヤマトは」

「なんか言った?」

「い、いや? なにも言ってはないわよ」


 内心では、別の意味で焦っていた。あくまでヒメカはヤマトの提案した『計画』に乗ったに過ぎない。


「まあ、特に予定もないからいいよ」


 アトラスはその頼み事を快諾した。


「そう来なくちゃ! むしろそうでないと困るわ」

「ねぇ、ヒメカ。お礼の言葉もないの?」

「っ!? あ、ありがと……」


 しおらしく礼を言うその様子に、アトラスはどきりとさせられる。


「ま、まあ。とにかく材料を集めに行こう」


 慌てて話を逸らす。

 そしてアトラスとヒメカは外へと出発した。



 ***



 外の世界はいつもより異様に暗かった。何かが襲ってきても何もおかしくはない、夕暮れとは違う怖さがある。空は曇天模様で、吹く風は冷たい。

 だからアトラスとヒメカは木の枝や蔓などを急いでかき集め、それらを持って戻る。


「アトラス、これを全部絡めさせるのよね?」

「うん、そうだけどちゃんとヒメカも働いてよ?」

「わ、分かってるわよ! でも……」


 そう言って、ヒメカはある場所を指差した。二人は丁度屋根を乗せてから屋根を固定する作業を行っており、ヒメカは手を伸ばしても身長的に不可能な場所へ手を伸ばしている。


「あそこを結ぼうにも、手が届かないのよ!」


 それを聞いてアトラスはふと思案する。


「そうか……!」

「そうだわ!」


 ヒメカも何か思いついた様子で声を張りあげた。


「「肩車ならっ!!」」

「…………」「…………」


 アトラスとヒメカは沈黙して、互いに顔を見合わせる。そしてヒメカは若干頬を染めた。


「どうして意見が合うんだよ!? 寧ろヒメカに羞恥心というものがないのが驚きだね!!」

「言葉をそのままそっくりお返しするわ。貴方こそそんな考えをする時点で考えが邪なんじゃないかしら? もしかしてあのときの覗きも意図してのものだったのかしら?」

「っ!? いや、あれは本当に違うんだ! あれはわざとじゃない!」


 そして両者は睨み合った。おまけに歯ぎしりという名の威嚇も加わって。


「ぐぎぎぎぎぎ……」

「ぐぬぬぬぬぬ……」


 ──待つこと、十数秒。


「「ふんっ!」」


 動かすべきその両手は器用に動かしたまま、二人はそっぽを向いてしまった。それから結局、嫌々ながらも二人は肩車で高いところにある蔓を結ぶこととなる。


「あ、アトラス……しっかりと支えていなさいよ!」

「わ、分かってるよそれぐらい!」

「それ、じゃあ……結ぶわよ」


 そう言いながらヒメカは手を伸ばして蔓を結び始めた。アトラスもバランスをとりつつ、手が届くように姿勢を傾ける。


「ん! 手が届くけど、きつい……! 遠いっ!」


 ヒメカは手を伸ばそうと思わず足に、太腿に力が入ってしまう。勿論それは、ヒメカを支えるアトラスの首を絞めることを意味する。


「ぐがっ! い、息が、というより首がもげるっ! ひ、ヒメカ、ねぇ! 待って、息が! 息が止まるッッ!!」


 アトラスはヒメカの太腿を軽く叩いてこの危機的状況をアピールをするが、ヒメカは全くといって良いほど気づいていない。


「もう、うるさいわね。って太腿を叩かないでくれない? って、え……?」


 ヒメカが下を向くと、アトラスは口から泡を吹いて立ったまま白目を剥いている。


「え!? アトラス、どうしちゃったの!?」

「ハッ! あ、危ない危ない、そのまま倒れるところだった……!」

「アトラス、大丈夫……?」

「な、なんなんだよぉ! 今までの全部、ヒメカのせいじゃないかぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!」


 アトラスにしては珍しく、口汚く吠えた。


「……死ぬかと思った」

「し、失礼ね! アトラスにはデリカシーというものがないのかしら?」


 屋根の上の蔦を結び終えるとアトラスは息絶え絶えに呻きをもらす。二人は揃って地べたに座って休憩をとっていた。


「私だって……ぃかったのに」

「なんだって?」


 ヒメカが何かを言いかけるが、それはすぐに萎んでしまう。萎んでしまった言葉は幸か不幸か、アトラスの耳には届いていない。


「う、五月蝿いわね! な、なななんでもないわよっ!!」

「まあ、いいけど。それよりも早く家を建てて作業を終わらせようよ」


 アトラスはヒメカの我が儘な行動に呆れながら、催促して作業を進めた。

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