故郷の土

 ご飯を食べ終えると彼らはその場を後にした。


「やっぱりお前怖ぇよ」


 ギンヤが、ぽつりと呟く。


「それは私の親にでも聞いて。間違いなくその前に食われる」

「だからお前もお前の親も物騒だな!?」


 ギンヤは両手で肩を抱くようにして、絶叫。キマリはアトラスを挟んで、ギンヤの反対側を黙々歩いていた。


「悪いけど俺を挟んで言い合うのはやめてくれない? なんだか圧迫されるから」


 アトラスはギンヤとキマリの言い合いに耐えきれなくなって、少し強めに言った。アトラスからすれば左右の両隣から圧を受けているようで、妙に心を圧迫されるのだ。


「いや、でもよぉ……キマリが怖ぇえんだよ!」

「……じゅるり」

「ああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!! こいつまた舌なめずりしやがった! もう勘弁してくれよぉ!!」

「……ふふ。もう冗談だから」

「〝もう〟ってなんだよ!? 〝もう〟って!?」

「いい加減にしてくれよ! さっきから俺が挟まってるって言ってんじゃん!」


 アトラスは遂に耐忍袋の緒が切れてしまい、怒鳴った。アトラスの左右にいたギンヤとキマリはアトラスに気圧されて縮こまってしまう。


「ご、ごめんな! 悪かったよ、少しうるさくしすぎた」

「……ごめん。ギンヤをからかうのが楽しくてつい。あとギンヤはびびりすぎ」


 二人はアトラスに謝った。ただし、キマリは謝っているのか貶しているのか分からない発言ではあったが。


『ははっ……』


 誰かが乾いた笑いを漏らした。果たしてその笑いはアトラスのものなのか、ギンヤのものなのか。




 今日はお昼時の後に授業がない。授業は午前中までで終わりだった。だからこそ、アトラスはすぐに自分の家を探さなければならない。


「そういえばアトラス、お前家はどうするんだ?」

「うーん、学校に入ってから考えるつもりだったんだけど、どうしたらいいのか分からなくて」


 ここ数日、土の中で夜寒を凌いでいたアトラスは困ったように頭を掻いた。特に最近移住してきたアトラスにとって、住居の有無は死活問題だ。


「自分で家をつくるか、誰かが棲んでいた家を自分好みにつくりかえて棲む、のどっちかだと思うぞ?」

「それなら誰かが捨てた家を……」

「ねえ、自分でつくったほうが良くない? だって、誰かが使ってた家に棲むなんて気分がわるいでしょ?」


 いつにも増してキマリは饒舌に自分の意見を述べた。


「いや、確かにそれもそうだけど」

「自分でつくるべき」

「……はい」


 キマリが妙に強く言ったので、アトラスは為す術もなく頷いた。少し沈黙が流れたのはきっと迷っていたからだろう。決してアトラスが臆してしまったからではない。


「それじゃあ、早速材料を集めに行こう」


 キマリは目を輝かせてそう言った。


「キマリお前……外に出た途端急に食べるとか、そういうのはないよな!?」

「もう、ギンヤをからかうのはやめた。安心して」


 ギンヤは怯えた様子で尋ねるが、キマリは再び無表情で答えるだけ。


「だから……安心できねぇよっ!!」


 最後にギンヤが天に叫んだのは言うまでもない。



 ***



 そしてアトラスたち三人はアトラスの家をつくるために外へ出た。

 森の外は大樹よりも一回り小さい木々が密集しており、木々が規則的に林立していない。この景色を端的に表すならば、『ただ生い茂る』といった印象だろう。


「さて、アトラスの家の材料を集めるとするか!!」

「うん、集める」

「二人とも、わざわざありがとう!」


 ギンヤとキマリの優しさにアトラスは心を温めながらも、材料となり得る木や木の枝を探す。


「ん? これなんかどうだ?」


 しかし、ギンヤは木ではなく、地面に生えている植物の茎や蔓を集めて持って来た。


「なんで蔓なんだ……?」

「いやだって、木を繋げたりするときどうするんだよ? 蔓がないと繋げられないだろ?」

「へぇー、俺はてっきり土を塗るのかと思ってたよ」

「……逆に聞くけど土をどう使うんだ?」


 ギンヤは何を言っているのか分からないという目でアトラスを見た。


「ええと、こう……ねばねばしてる土を木の間に塗って乾かすのかと思ってた。これも父さんから教わったんだ! でも、蔓のほうが良さそうだな」

「いや、ごめん。何言ってるのかさっぱり分からねぇ……」


 ギンヤはまだクエスチョンマークを頭に浮かべている。むしろ疑問が増えた。


「うーん、ここにはねばねばした土もなさそうだし……一回やってみせるのが手っ取り早いと思ったんだけどごめん、無理だった」


 それから数時間かけて材料を集め続け、気がつけば黄昏泣く頃。アトラスたちは十分な木の枝と、蔦を手に入れた。


「これであとは家を建てるだけだな! 頑張ろうぜ、アトラス!!」

「うん! 本当に何から何までありがとう!!」

「いや、それは友達だから良いんだよ! 取り敢えずアトラス、お前は『ありがとう』って言ってれば良いんだぜ? 勿論お前の家を建てるんだから、ちゃんと真面目に働いてたらの話だけどな!!」


 ギンヤはそうなったら自分も嬉しいといったように笑う。


「そろそろ建てようぜ、アトラスの家!!」

「うん、やろう」

「二人とも、ありがとう!!」


 そうしてアトラスたち三人はアトラスの家を建てるべく森へ戻った。

 アトラスたちは早速、蔓で木の枝を絡め始める。枝を隙間なく並べて蔓で結んで固定。そうしたものをいくつか作っていく。


「なるほど、ここではこうやるんだな!」

「……本当にアトラスの故郷はどうなってるの?」


 アトラスが感心したように声を弾ませる。

 しかしキマリは理解できないといった表情でアトラスへ問いかけるように呟いた。


「本当にここは見るもの聞くものがどれも新しくて飽きないよ! やっぱり地底とは全然違うな!!」


 アトラスは興奮した面持ちで言い放つ。しかし、その後に何故か沈黙が場を支配する。


「……え? 二人ともどうしたの?」

「いや、地中って……じょ、冗談にも程があるだろー! なあ? キマリもそう思うだろ?」

「うん。アトラスは冗談のセンスがない」


 恐れたように困惑する二人。


(いや、こんなこと前にもあったぞ……? 本当になんでなんだ?)


 アトラスは以前にもこのようなことを経験している。ヒメカとのトラブルの際だ。あのときヒメカはこう言っていた。


 ──今時、地底で生活する者はいないわよ。


 アトラスの脳裏にヒメカの発言が過る。未だに信じられないが、何故誰も地底世界のことを知らないのか。


「まさかアトラスはこんなにも冗談が下手だったなんてなぁ。少しびっくりだぜ……」


 顔を横に振ってギンヤはやれやれといった表情でため息をつく。


「ま、まあ冗談の話はおいといて……家を建てよう!」

「ああ! やろうぜ!」

「おーっ!」


 アトラスは自分の話を冗談として流して、声を張りあげて気合いを入れた。その両隣では、ギンヤとキマリもそれに追随して自分で気合いを入れている。

 まずは、先ほど蔓で絡めた木の枝を板のようにしてそれらを立てる。立てるのは家となるように、四角く囲って立てていた。


「よし! 次は屋根だ!!」


 ギンヤは蔓を編んで蔓をより太い繊維状のものにすると、再び枝に絡める作業を始める。アトラスとキマリもそれに協力して、とても大きな板状のものをつくりあげた。


『いくよ、せーのっ!!』


 掛け声でタイミングを合わせ、三人はその大きな板を囲いの上へ乗せる。

 後の作業は乗せた板を蔓で囲いに固定するだけであり、三人はその作業を手早く終わらせてしまった。


「ふぅ、これで完成だな!」

「ありがとう!! 二人とも!」


 そしてギンヤはアトラスに近づいて、そっと耳打ちをした。


 ──それじゃあ今度、何かご馳走しろよな!


「うん! 今日は本当に助かった、ありがとう! 今度何か美味しいものをご馳走するからな!!」

「うん、期待してる。……じゅるり」

「いや、だから一々俺を見るなぁ!! マジで怖ぇえんだからな!?」


 そうして、アトラスの家を建て終えたギンヤとキマリはそれぞれ自分の家へ帰っていった。

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