ヤタノムシヒメ

「レーカの身体はもう既に、ボロボロなんだよ」


 激戦の後、ルリリにそう言われてレーカの心に罅が入った。レーカの眼前にそびえ立つ巨大な壁。今の彼女には、壁を越えることも破ることもできなかった。


「……私は」


 どうにも言葉が出てこない。表情もこわばり、これからの自分がすべて打ち砕けていく。レーカのショックはそれほどまでに大きかった。


「レーカ」


 ルリリが名前を呼んだ。しかし微かに唇を震わせるだけで返事はない。前髪がレーカの赤い双眸を隠しているために、ルリリからはその表情が窺えない。

 医務室で横になりながら、レーカは呟いた。


「このまま、私は戦えないのかな。私は…………ううぅ」


 かすれたような嗚咽。不思議なことに涙は出てこない。まだ現実を受け止めきれていないのだ。


「レーカ……」


 傍で名前を口にすることしかできない。そんな自分がもどかしいとルリリは思う。今、レーカにしてあげられることを必死に探す。しかし何も思いつかない。


「レーカは」


 と、言いかけたところで気づく。

 真に口を開くべき瞬間は励ましの言葉が出た時である、と──。


(そうだ、そうだった。レーカはこんなところで諦めるような、そんな柄じゃない!)


 そこで何故、レーカを慕うようになったのかルリリは思い出した。励ます勇気を胸に、レーカの近くに詰め寄る。ルリリは絶望感に苛まれるレーカの細い身体を、強く抱き締めた。


「レーカ」

「ん…………?」

「レーカはまだ、戦える。私が憧れた強さは、戦うための力じゃない。芯の通った純粋な心……私は多分、その強さに憧れたんだと思う。だから、まだ! レーカは戦える!!」

「っ……!?」


 レーカの目が見開かれる。己の限界を知った。自分自身を知ることができた。一倍強かった警戒心も、自分を知るためだったのかもしれない。レーカにはそう思えた。

 瞳の中のすっと奥で、何かが煌めくのを感じる。

 さっきまでとは打って変わって、レーカの顔に笑みが浮かぶ。


「レーカ、どうしたの? 大丈夫?」

「ううん。そうじゃないのよ、ルリリ……。ありがとう」

「うん。どういたしまして」

「私はまだ、戦える!!」


 突然、レーカの全身が光り輝き出した。レーカの手から先が蒼い殻のようなものに覆われる。順に殻が手首から肩、肩から胸、胸から腹へと覆っていく。

 その様子を見て昔聞いた、キマリの話がルリリの脳裏をよぎった。同時にルリリの期待が高まり、目を見開かせる。


 ルリリはかつて、母親であるキマリに聞いたことがあった。


 ──かの英雄アトラスも能力が発現するまでに長い時を要していたと。覚醒した時は今と同じく蒼い光を放っていたと。


 ついにレーカの能力が覚醒したのだ。

 レーカの持つ異能は甲殻武装ではない。身体中を駆け巡る、果てしなく長い八尺やたの武具。

 その名も甲纏武装スケイルウェポン、【ヤタノムシヒメ】。


 これが、レーカの異能の『すべて』であった。



 ***



 レーカの能力は覚醒の時を迎えた。それにより、自分の硬化させる異能が自分の異能の片鱗だったことを知る。


「私は、観客席のほうへ戻るわ。他のみんなの戦いを見ていたいから!」

「ん……そうね」


 レーカとルリリは観客席のほうへ戻り、ステージのほうを見つめた。


「──おおっと! これは痛ぁい!! プリモ選手、まさかの大苦戦だーーーっ!!」


 そこでは、相手の甲殻武装に苦戦するプリモの姿があった。異形の如く、あらゆるものを手から生やす甲殻武装だ。

 しかし相手の能力は──レーカの良く知っている、『障壁』だった。


「あれは……!!」

「まさか、クローゾ?」


 ふと、嫌な記憶が蘇る。レーカとルリリの表情が歪んだ。


「プリモ選手に対してクロウ選手! 槌の甲殻武装といい、彼は何者だぁぁぁ!? びくともしていないぞーーーっ!!」


 コルリの実況が響くが、誰もクロウ選手──クローゾに気がついていない様子である。


「今度はこちらの番だ!」

「っ……!?」


 プリモの周りに障壁を展開し、ひたすらにそれを圧縮していく。それでやっとプリモも理解するが時既に遅し。


「こ、これはいったい……? クロウ選手、このままでは……プリモ選手が死んでしまいますよ!?」

「プリモ! 逃げてっ!!」


 レーカの叫びは届かない。そしてレーカは、能力を解き放つ。


「お願い! 【ヤタノムシヒメ】!!」


 手刀を障壁へ向けて、横に振り払う。

 レーカの新たな力、甲纏武装。【ヤタノムシヒメ】の真髄は距離ガン無視の斬撃と硬化。今までの硬化とは違い、距離が極限まで伸びているのだ。


 障壁は一瞬にして砕け散った。席を飛び越えて、プリモのもとへ駆け寄る。そして心配の声をかけた。


「大丈夫!? プリモ」

「う、うん……。でも相手は何者なの? 私を殺す気だったようにも思うんだけど」

「相手は多分、私の敵……! 本当はクロウなんて名前じゃない。そうよね、クローゾ!!」

「ははははは! 何かと思えば、いつぞやの英雄の娘ではないか。まさかここで会えるとはな……さて、殺し合おうじゃないか!!」

「っ!」


 レーカは手先を硬化させて、プリモを庇うように前へ出る。


「クローゾだって!? 皆危険です! 早く逃げてください! ……試合は中止中止!!」


 コルリは会場全体に連絡して避難を促す。

 多くの者が逃げ惑う中、カランと転げ落ちたプリモの甲殻武装が戦いの合図となった。

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