第三章
アトラスの追うもの
レーカ達が森林大会で奮闘している頃、アトラスは探しものをしていた。
探しものというよりも、探している存在がいる。
それはハイネがいくつかの集落にもたらした優生思想。それらを信じている者たちの存在は危険極まりない。
ハイネが行方を眩ませてから見え始めた殻人族の歪み。それらを食い止めるべく、アトラスは一人で地上世界を回り、村の一つ一つを訪ねていた。
「次は……ここか」
アトラスは村の入り口──門を見上げながら集落へ入る。集落は塀で囲まれ、生い茂る木々はさほど大きくはない。葉や枝に手入れがよく入っている。
どこか哀愁のようなものを漂わせる、のどかな村だった。
「ようこそフタータ村へ、英雄様。本日はいかがな理由で来訪されたのでしょうか?」
フタータ村。この村の名前だ。フタマタクワガタを起源とする殻人族がここには集まっている。そして今、アトラスの姿を見ようと既にたくさんの影が集まっていた。
「実は、探しているものがあって。あまり大きな声で言えないので村長を呼ぶことはできますか?」
人混みの中から一人、殻人族が前に出て自ら名乗る。
「私が村長のハリーです。どうぞ、あちらで話しましょう」
ハリーは村の中央にある住居を指さした。そこがハリーの家なのだそうだ。
ハリーに招かれてアトラスは家の中へ入る。ソファーを案内されて、そのままソファーに腰掛けた。
「それで? わざわざ英雄様がいらしてまで、話というのは一体何でしょうか?」
「……俺は今、優生思想といわれる集団を探しています。村長は優生思想について何か知っていませんか?」
「……優生思想、ですか。かの賢者がもたらした思想であるというのは聞いたことがありますが、詳しいことはわかりませんね」
ハリーの様子は噓をついていない。しかし、どこかおどおどした様子を見せている。
「すみません。つかぬ事を伺いますが……ディラリスはどうしていますか? 数年前に村を出て、マディブの森の管理者にまで成り上がったのは風の噂で聞きました。でもそれ以来どうしているのか……まったく分からんのです」
アトラスは言葉に詰まった。挙動不審な様子はディラリスの安否を知りたかったのだろう。
「ええと、何て言えば良いんですかね。ディラリス、さんは……空へ旅立ちましたよ。俺や仲間と共にギレファルと戦った際に、命を落としました」
「そんな……。何年も音沙汰が無かったのは、そうだったんですね。唯一無二の友人に先を越されるとは」
「先を? もしや村長はなにか病気に罹られていらっしゃいますか?」
「ええ、昔から身体が弱くて……。翅が透明なものに変わってからガクンと弱くなりましたよ」
アトラスに原因は分からない。どうすることもできないという事実が、アトラスの心をまた抉る。
ハリーは
「そうでしたか。ディラリスの死はとても残念ですが、この身が朽ち果てた頃にはディラリスに会えると思うと少し前向きな気分になれます。力になれないのがとても残念ですが、ここを訪ねてくれて……どうもありがとう」
「いえ、俺もディラリスさんの死は残念だったので。ここで今伝えられて良かったです」
そしてアトラスは『明日にここを発つ』とハリーに伝えると、その日はハリー宅で泊まることとなった。
「少しの間ですが、お世話になりました」
翌日の朝にフタータ村を出発し、アトラスは少し離れた別の集落へ向かう。
ハイネが広めた優生思想を追えば、最終的にはハイネにたどり着くはずである。そのためにも、急いで探さなければならなかった。
「そろそろ見えてくるはず……」
次の目的地は、ハリモルフ村。
ハリオモルファ──主にカメムシを祖先に持つ仲間が集う集落である。
アトラスは薄らと見えてきた村の姿に目を細めたのだった。
***
「よくおいでになられました。英雄アトラス殿」
到着して早々、カメムシの殻人族たちに出迎えられるアトラス。村の様子はどこか排他的で、アトラスを邪魔者の視線で睨む者が数人いた。出迎えた者たちはアトラスを憧れや好奇の目で見ているが、アトラスはこの村を『両極端な村』だと思った。そして異様に閑散としている。
人混みから村長が現れて口を開く。
「わざわざ英雄殿が来られるとは、どのような要件でしょうか?」
「いくつか聞きたいことがありまして。……それと、あまり公にできないことなのでどこか場所を変えることはできますか?」
「ええ……それは構いませんが、それほどに重要なことなのですか?」
「はい」
「わかりました、村の憩いの湯へ案内しましょう。ついて来てください」
アトラスは村長に案内されて村の
「え、ええと……」
「今は同胞を出払っています。それで、聞きたいこととは何でございましょうか?」
「はあ、ではこの場でお聞きしたいことが。村長は優生思想という言葉に聞き覚えはありますか?」
「……っ!?」
瞬間、村長の顔色が変わった。口元を震わせ、警戒心と恐怖心を露わにしている。何も言葉を発さないのはアトラスの反応を待っているからだろうか。
「その顔は、知っているんですね。優生思想という存在を」
「はい……。数年前に村が飢餓になりまして、その時に村を救ってくれたのが賢者ハイネなのです」
「なんだって?」
「その時に村を存続させるための手段として優生思想という考え方を頂きました」
「っ!? 存続の手段、と? ハイネはそう言ったのですか?」
「ええ」
アトラスの表情が苦渋の色に変わった。そしてその手段を取らざるを得ない村へ手を差し伸べたハイネに怒りを募らせる。村長は英雄に殺されるのかと、恐怖で背中を丸めてしまう。しかしアトラスは村長の肩に手を乗せて、
「とても苦しいことだと思いますが、答えてくれてありがとうございます」
「……っ」
「俺にはこの村が悪いと決めつけることができません。でも、せめて同胞を弔ってあげるくらいはしてあげてください。ハイネのことは俺がどうにかしてみせますから」
ハリモルフ村の罪を赦したのである。ハイネの広めた危険な考え方に、アトラスは今にも怒りが爆発しそうだった。
つまり優生思想とは──同胞を食らい殺すことだったのである。
***
「では、そろそろ出発します。ハリモルフ村の皆さん」
アトラスは集落の住民一人一人に目を向けると、言葉を続ける。
「ハイネのことは、俺に任せてください」
「「「……っ!?」」」
「それでは、失礼しました」
アトラスは村を旅立った。今までずっとイライラしていたせいか、無性にヒメカとレーカに会いたいとアトラスは思う。
「確か今はタランで森林大会がある頃か……。レーカの戦う姿でも見に行こうか」
アトラスは使命を一時中断して、タランの森へ向かうことを決心する。
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