七光り(前編)

 レーカは決まった教室へ入り着席する。それから周りの席を見回して、レーカは違和感を覚えた。


(皆、こっちを見てる……?)


 どうにも皆、チラチラとレーカのほうを見ているのだ。嫉妬心のようなメラメラとしたものを感じる。レーカはなかなかに気まずい空気感に包まれた。


「っ、おい! お前生意気なんだよ──」


 生徒の一人が席を立って叫び出す。しかし、言葉の終わりが一人の男によってかき消される。ドアを開けて、声を張った。


「初日に何やってんだ! ホームルーム始めるぞ」


 教室へ入ってきたのはクラス担当の教員だったらしく、短い銀髪を指でわしゃわしゃかきながら要件を伝える。


「まずは自己紹介だ。そこの席から順番に紹介してくれ」

「…………っ」


 複数人分の息を呑む音がした。中には『英雄』だなの『仲間』だの聞こえるが、レーカはその意味をあまり理解できなかったようである。


「しゃーねぇな。俺から先に紹介するか、俺の名前はギンヤだ」


 地底世界でアトラスと共に戦った英雄の一人。ギンヤは唯一しっかりとした常識を持ち、お調子者な一面もある。そのことだけはアトラスの口から聞いていた。ただ容姿までは知らなかったので、レーカは妙に納得した表情となる。


「そこ。あいつから何を聞かされたのかは知らないが、妙に納得した表情をするな!」

「はーい」


 レーカは楽しそうに返事をした。


「それじゃあお前から、自己紹介をしてくれ」


 指を指されたのは、カミキリを祖先に持つ殻人族の少女。

 容姿は黒髪に水色の翅、黒い斑点模様がある。体格はやや小柄で無口。性格だけでみればアトラスの仲間のキマリにどこか似ている。


「私はキマリの娘でルリリ。同じく母親が英雄のレーカさんとはぜひ仲良くしたい。よろしくね」


 しかし疑問なのは、ルリリはカミキリの殻人族であったことだ。キマリはカマキリの殻人族であり、通常カミキリの子は生まれない。謎を残しつつ、ルリリの自己紹介は終わる。


「俺はネフテュス。七光りがどうの、言い合うのは嫌いだ。俺は気兼ねなく話せるやつと仲良くしたい」


 次に話したのは黒髪黒目に、黒い翅。全身が黒いのが特徴の少年だった。髪型がやけにトゲトゲとしていて、はねた部分が四つある。

 それから数人の自己紹介のあと、レーカの番となった。


「私はレーカです。学生時代のお父さんとお母さんに負けないくらいに頑張ります! よろしくお願いします!!」


 周りがしんと静まり返る。レーカ自身、自己紹介に少し怯えていた。しかしルリリが拍手をすると、何人かが頷く様子が見えた。

 やがて全員の紹介が終わり、クラスの面々は別の場所へと移動する。


 移動した先──校舎の外。ギンヤはコロッセオや他の建造物、広場などについて説明をしていく。ある程度敷地内を回ったところで、質問の時間を設ける。


「何か質問はあるか? 無いなら教室へ戻るぞ」


 誰も手を挙げない中で唯一、手を挙げた者がいた。長く癖のある銀髪を揺らし、ぴょこんと飛び跳ねる。

 言うまでもなく、レーカだ。


「レーカ、なんだ? 何か質問があるのか?」

「はい。この広場で皆でご飯を食べたりはできますか?」

「ああ、安心していいぞ。広場での昼食は禁止されていない」


 ギンヤはそう答えると、背中を向けて教室へ歩き出す。その中でギンヤは口元を綻ばせていた。それは新たな英雄への期待と彼らを導く責任。やりがいのある仕事だと考えながら、軽い足取りで戻っていった。



 ***



「ギンヤ、娘をよろしく頼んだよ」

「レーカをよろしくね、ギンヤ……」

「ああ……」


 その日の夜、ギンヤはアトラスとヒメカに再会していた。遅れてキマリもやって来るらしいが、まだ姿は見えていない。


「それにしても、ギンヤが先生になってるとは思わなかったよ」

「そうだなー、威厳を保つので精一杯だぜ」

「そうか……。ギンヤも変わってないな」

「どういう意味だコラ!?」


 ギンヤは白目でアトラスを睨んだ。それから今日一番で驚いたことをアトラスとヒメカへ告げる。


「それと、今日。キマリの娘に会った……」

「「はぁ!?」」

「しかも、先祖違うんだよ。キマリはカマキリが先祖なのに、カミキリ先祖のやつだった」

「「……は?」」


 二人も言葉を失ってしまう。殻人族の先祖が同じてないと子は成せないというルールがあるが、それを破ってしまっている。

 それはつまりどういうことなのか。


「カマキリの子供がカミキリ……? あー、よくわからない!」

「そうね、謎だわ……」


 アトラスたちが首を傾げていると、最後の一人が遅れてやって来た。


「ん。おくれてごめん」

「「「キマリ!? 娘ってどういうこと!?」」」

「ふふ。どうでしょう」


 一瞬、目を丸くするもキマリは母親のような笑みを浮かべて言う。しばらく沈黙が場を支配した。


「──ごめん、嘘。あの子は、私が引き取ったの」

「な、なるほどな……」


 ギンヤが納得した様子を見せる。


「ギンヤ、私がヒメカに負けたの知ってて頷いてるでしょ? あとで翅引き裂きの刑……」

「物騒だからその手に握る鎌を仕舞え!」


 アトラスとヒメカは二人の様子を見てどこか懐かしい気分になった。同時に、ギンヤとキマリの温度差にふっと吹き出してしまう。


「なんで笑うんだ!?」

「ん。こっちは真剣なのに笑うはどうかと思う」

「「そういう時に限って意見が合うのはおかしい!!」」


 あまりにも息ピッタリなギンヤとキマリに、二人も声を揃えて突っ込みを入れた。

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