第二章

非合理

「レギウスもまだ、鍛錬が必要そうだね」

「うぅ、負けたー!」

「ふっ……ふっ、あははははは!!」


 ディラリスの言葉にレギウスは年相応の子供のように悔しがっている。

 その様子を見て、アトラスはふっと軽い笑みがこぼれた。それはやがて爆笑へと変わる。


「な、なんだよ! 何か文句でもあるのか!?」

「い、いや、そういうわけじゃなくて。歳の割に、あまりにも幼く見えたからさ。はははっ」

「こんにゃろ!」


 アトラスは腹を片手で押さえて、笑いを堪えるも、声は震えているままだ。ゼェゼェと息切れを繰り返して、アトラスは落ち着きを取り戻す。その様子に不満を爆発させたレギウスはアトラスの髪をくしゃりと撫で回す。


「まあまあ、落ち着いてくれ二人とも。さてさて、我々はどうして強くなる必要があるのか。それについて話をするとしよう」


 ディラリスは一呼吸おいて、口を開いた。


「つい先日、この森の近くで『破壊魔蟲』ギレファルを崇拝する集団が確認された。その者たちの上には、どうやら本当にかの『破壊魔蟲』がいるらしい」


 ディラリスがそう告げると、アトラスがぶるりと身体を震わせた。


(今度は『破壊魔蟲』ギレファル、なのか)


 コーカスと激戦を繰り広げたアトラスは知っている。『魔蟲』と呼ばれた存在を復活させている者がいることを。魔蟲は過去の災厄であり、今を生きる魔蟲は存在しないはずなのだ。

 そして、それを復活させて回る人物がいることも先の戦いで判明している。だからアトラスは、ディラリスの言葉が真実であると理解した。


「なるほど、こちらでも『魔蟲』の影が」

「そうですね。全く、困ったものですよ」


 メアレーシの呟きにディラリスは頭をカリカリと掻く。

 しかも、『破壊魔蟲』を崇める者がいるので敵対するのは、『破壊魔蟲』だけではない。多数の敵とも戦わなければならない。


「だから、君たちの力も借りたいと思っている」

「はい、そういうことならば! そちらにお世話になるわけですし、是非とも協力させて下さい」


 メアレーシははきはきとした声でそう答える。


「そうか。それは助かるね……丁度、『幻影魔蟲』と戦った者もいるようだし、参考にさせてもらうとするよ」


 ディラリスは軽やかな口調で話すと、アトラスのほうへ視線を向けた。

 急にディラリスにためか、アトラスは目をぎょっとさせた。


「いやいや、驚かせるつもりはなかったんだ。すまないね、アトラス君」

「は、はあ」


 アトラスは戸惑いの反応を返す。

 ディラリスは改めて皆のほうを向き、話し始めた。


「『破壊魔蟲』ギレファルを崇めている者たちは自分たちのことをギレルユニオンと名乗っていたはずだ」


 ディラリス曰く、ギレルユニオンと名乗る殻人族たちはここ最近になって、姿を現したそうだ。

 ここで一つ言えるのは、近くに『破壊魔蟲』ギレファル本体もいる可能性が高いということ。つまり、ギレファルが復活してから姿を現した可能性があるということだ。

 ──あるいは、復活する目処が立って姿を現したという可能性。


「だからこそ、君たちが丁度ここに来てくれて助かったと、心の底から思っているんだよ」

「なるほど、そうだったんですね。これは僕たちにしても、そのまま放置とはいかないことです」


 思わず拳に力が入るメアレーシ。


「僕たちに何かできることであれば、言ってください」


 ガッツポーズをしながら、メアレーシはそう答えた。


「ええ、こちらこそ期待していますよ」



 ***



「それにしても、皆挑発に乗せられすぎだね。ここからは僕が直々に戦闘について教えようか」


 ディラリスは手を二回ほど叩いて、注目を集めた後、自分の横腹から甲殻武装を取り出した。

 ディラリスの甲殻武装は──鋏の形をしている。

 枝切り鋏というよりニッパーのような形で、サイズは片手で握ることがやっとくらいの大きさだ。刃の部分にはギザギザの突起物があり、見るからに凶悪そうだった。


「ちょっとメアレーシ先生も、手伝ってもらえますか?」

「は、はい。わかりました」


 メアレーシはディラリスのもとへ駆け寄ると、横に並ぶ。そしてディラリスは説明を始めた。


「まずはお手本を見せよう。メアレーシ先生、甲殻武装で僕を殺す気で攻撃してください。容赦は要りません」

「ええ!?」


 余りにも予想外の要求に素っ頓狂な声をあげるメアレーシ。


「大丈夫です。メアレーシ先生の甲殻武装では僕に傷一つすらつけられませんから」

「……っ!?」


 その言葉は、決して傲慢さからものを言っているわけではない。

 その台詞に込められたものは、自分の実力を理解しているからこその、真実だった。


「いいですか? 殺すつもりでお願いしますね?」

「っ!?」


 メアレーシの眉間に皺が寄るも、すぐに真剣そのものの表情となり、メアレーシは戦斧を取り出した。


「どうなっても知りませんよ? 本当に大丈夫なんですよね!?」

「はい、大丈夫です。それでは、お願いします」

「分かりました。来てくれ、アビスホーン!!」


 細身の体躯に似つかわしくない戦斧を担ぎ、メアレーシはディラリスへと迫る。斧の重心を活かして刃に遠心力を乗せる。


「はぁっ!」


 そして、メアレーシはその巨大な斧をディラリスに叩きつけた。


「ぐっ……!?」

「なるほど、これを受けてしまえば瀕死なのは間違いありませんね」


 瞬間、メアレーシの双眸が見開かれる。

 なぜなら、ディラリスは鋏の先端で斧の刃ではなく、腹を摘んでいたからだ。それはびくとも動かず、メアレーシが何度力を入れても斧は微動だにしない。


「僕の甲殻武装の能力は状態の固定なんだ。だからこの服装にも傷がつく心配すらない。だから生徒の皆も、胸を借りるつもりでかかってきて欲しい」

「…………」

『……!?』


 一通りディラリスの説明が終わる。丁度、メアレーシのプライドが折れたところで、ディラリスは生徒たちへ視線を移した。


「その前に一つだけ伝えておこう。ここは君たちの家ではないんだ。この森を自分たちの家だと思ってもらえるのは光栄たが、だからこそ警戒心が足りない」


 数人の生徒の肩がぴくりと震える。先程のレギウスとの戦闘で挑発に乗ってしまった自覚があったのだろう。


「もし、ここが敵地のど真ん中だとしたら、敵の挑発に乗ることがどれだけ危険なことか分かるかい?」


 はっきりと事実を突きつけられて、生徒たちは押し黙った。


「だから、そうならないために……僕が挑発をするから、挑発によ?」


 ややドスの効いた低い声でディラリスは告げる。


「……それじゃあ、始めよう。レギウスの挑発であっさりと負けるなんて、君たちは本当に愚かだね? 警戒心や注意も欠けているようにも見える。学校で教わらなかったのかい?」


 ディラリスの忠告に従って皆はぐっと唇を噛み締めながら、冷静さを保つ。


「全く、ここまで酷いとは思わなかったよ。『ブルメの森』の生徒たちに期待していたが、正直……興醒めだ」


 生徒の一人が肩と、二対の碧い翅を震わせる。アトラスも見覚えのある少女、モーラだ。


「まったく、困ったものだよ。どうしてこんなにも馬鹿なのかな君たちは……」

『ぐ……っ!?』


 ディラリスが生徒たち全員を侮辱する中、アトラスは別のことを考えていた。

 ディラリスの言葉はすべて、事実だけであり、何も間違ってはいない。それでも自分の中ではらわたの煮えくり返るような怒りと、思考をかき乱すようながあることにアトラスは気づいた。


(これって全部本音かよ!? 事実だし認めるしかないし……イライラする!!)


 先程からディラリスは本音としか思えない台詞の数々を言っているのだ。それには流石のアトラスも我慢ならなかった。アトラスは刀を引き抜いて、ディラリスへと迫る。


「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

「おや、まさか君が最初だったとはね……これは予想外だ」


 アトラスの甲殻武装であるアトラスパークをディラリスは固定して、アトラスの接近を阻む。走っていた身体は、腕が後ろへ引っ張られる感覚によって動きが止まった。


「皆を侮辱するのはやめてください!」


 前へ進めない状態でも尚、アトラスは言葉を投げつける。


「何故かな? 君はレギウスに勝っていたじゃないか。何が悔しいんだね?」

「皆を侮辱したことを、謝ってください! 中には友達もいる。あんたに何がわかるんですか!!」

「分からないよ。だからこそこうして指摘できているんだよ」

「分からないなら、分かったような口をきかないでください!!」

「おや、何の策もなかったのかい? そうか、君には失望したよ」


 ディラリスは失望にも似たため息をついた。


「だから、侮辱だけはやめてください!! はぁ……っ!」


 アトラスは己の甲殻武装をレギウスとの戦いで手に入れた槍の姿へと変える。

 そしてその瞬間、ディラリスの固定の能力が外れた。刀の形で固定されていたものが突如、槍の形に姿が変わってしまえばどうなるだろうか。

 それは刀の形を固定していることにする。


「何っ!?」

「いっけぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」


 アトラスはその槍を前方へ投擲。音を置き去りにするようなありえない速度で、それはディラリスへと迫り、


「……っ!? なん、だと!?」


 ──ディラリスの頬をかすめて後方へ飛んでいった。

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