大いなる動き

 エルファスを追い詰めた後、サタンはその場から少し離れていた。あちらこちらを破壊して回りながら、最初にへラクスの力を奪った場所を起点にして環状に破壊している。


「あはははははは!! 俺はあと少しで……地底を崩壊させられる! あと、一日くらいか……!」


 暗い地底世界でサタンは笑い狂う。滅亡へのタイムリミットが迫る中、サタンは地底の中で等間隔に甲殻武装を突き刺して要所要所を破壊して回っていた。


「もうすぐと考えると俺の中の嫉妬や恨みが喜びに変わってしまいそうだ……だが、喜ぶにはまだ早い」


 サタンをここまで突き動かす動力は──妬み。この感情が最初にあった。


「この嫌な地底世界なんて、滅んでしまえばいい……っ!!」


 そしてサタンは鬱憤を晴らすように乱雑な動きで【パラサイトダークネス】を岩盤に突き刺す。刀身から金色の禍々しい光が地の下に潜る。亀裂をつくりながら光は広がり続け、やがて爆発した。暗い洞窟状の地底世界を熱気と爆風が走り抜ける。

 あと残すは、環の中心。それさえ崩壊させてしまえば、支えがなくなり文字通りその一帯が崩壊してしまう。

 サタンの笑みは少し輝いて見える。しかし同時に、どこか退屈した冷たさが残っていた。



 ***



「この森の近くに巨大な穴ぁ!?」


 突然の知らせにブルメの森の管理者であり、学校長のメイスターは素っ頓狂な声をこぼす。この森の近辺に地割れとも違う、抉られたような空洞だ。


「はい。その穴は底が見えないくらいに深いそうです」


 メイスターのそばでフォルモスは詳細を話したが、『底の見えない穴』という点にメイスターは大袈裟な反応を見せた。


「底が見えない、ね。なるほど。もしや、地底世界が窮地に陥っているのかしら……?」


 メイスターはぼそりと、誰にも聞こえない声量で呟く。師匠であったマルスや地底のことを全て公にして皆の協力を仰ぎたいと考えた。しかし、それ以前の問題として大きな脅威が存在している可能性がある。

 森で暮らす殻人族の命と地底を案じる心が天秤にかけられるが、


(困ったわね……どうしたものかしら)


 ブルメの森の管理者という立場上、どちらにしても今耳にした出来事を無視することはできなかった。そして少しの間無言で考えた後、結論を出す。


「これは協力が必要ね……他の森に連絡を取りましょうか。フォルモス、直ちに使いを用意してもらえるかしら?」

「はっ、承知しました。学校長」


 メイスターに言われるままにフォルモスはさっと背を向けて、行動に移した。



 ***



 アトラスたちが地底世界を探索している頃、遠く離れたマディブの森ではレギウスとギレファルが重苦しい雰囲気を纏っていた。


「ここからは遠いが、ブルメの森寄りのところに巨大な空洞ができたらしい。ファル……これについて予想できることはあるか?」

「そうだねぇ、少なくともアタシには無理だ」


 ギレファルはそう答える。しかし、そのまま言葉を続けた。


「でもアタシの知る限り、あんな空洞をつくれる存在を一体だけ知ってる……!」

「それは?」

「『日食魔蟲』ヘラクスだ……。あいつならできなくはないが、どうにも不自然だな」


 その不自然さとは何なのか、レギウスの目線はギレファルを促す。


「ヘラクスは……元々、災厄アタシと同じだっただろ? それならあのサタンってやつが間違いなく関与してるだろうさ」

「っ……!?」


 レギウスもレギウスで、アトラスたちを案じていた。自分が今そちらに赴くことは絶対にできない。

 でも、今すぐにでも駆けつけて、安否を確認したいという衝動がレギウスを襲う。


「俺は今、マディブの森を治めている……! だから、ファル! お前に頼みたい!!」

「……ああ、いいだろう。アタシがブルメの森に向かえばいいわけだね?」

「ありがとう! ファル!!」


 レギウスの声のトーンが明るくなった。

 行動の予想がつかないサタンだからこそ危険で、特にレギウスはアトラスたちを心配している。

 一瞬安堵したその表情に思わずギレファルも苦笑をこぼす。


 ──アトラスたちが地底世界で苦戦する中、今までに関わりのあった面々が集まるように、密かな動きを見せていた。



 ***



 氷雪魔蟲ユシャク。彼女はかつて魔蟲に立ち向かった存在だった。今はカレンという名の少女の意識の中に潜む。そんな状況で、ユシャクは焦りを覚えていた。


(どうすれば……ギレファルからは見つからなかった。それならへラクスを探らねばならない……っ!)


 へラクスは現在、サタンの手で消滅させられている。


《のう、カレン》

「はい、なんですか? セツ」


 そこで、ユシャクはカレンに語りかけた。


《儂には探しているものがあってな。魔蟲の記憶が……その欠片がどこかにあると思うのじゃ》

「魔蟲の、記憶……ですか?」


 ユシャクは魔蟲が起こす行動に何か意味があるとしたら、それは魔蟲たちの欲しがっていたものだろう。と自己の考えを言う。つまり魔蟲の記憶は行動に現れると。


《魔蟲の暴走を止めるためにも、記憶が欲しいのじゃ……》


 ユシャクはそう告げて、再び意識の底に潜った。

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