それぞれの死闘(前編)

 ギンヤはわずかに変わる空気の流れを感じながら、空洞内を原生種ギンヤンマから逃げるかのように飛翔する。枝分かれのところで勢いよく左へ曲がり、追いかける原生種は減速して身体を捻った。

 ギンヤは右折して、まっすぐ突き進む。行く道が細まっていき、やがて行き止まる。ギンヤの目の前には、崩れてしまった洞窟の壁が積み重なっていたのだ。


「って、ぇ!! もうこっちに!?」


 頭上、斜め上。翅を上下に羽ばたかせて静止する原生種。顎をガシガシと動かし、獲物を見る目で見下ろしていた。


「なら、こうだ……ぜっ!」


 ギンヤは真下を潜り抜けるように胴が擦れるギリギリのラインをまっすぐに飛び進む。片方の脚を地面に擦らせて、上手い具合に高さをコントロールする。背後に分身を生み出し、原生種の巨躯へ突進させた。


「ちっ! いちいち分身を粉々にまで壊しやがって!! ああ、壁が邪魔だ!」


 大急ぎで来た道を戻り左、右へと曲がる。それから気がついた。


「ん? 壁……!? そうか! わかっちまったぜ、お前を倒す方法が!!」


 ギンヤは【ベクトシルヴァ】を持つ手を持ち替えて、水平に両手で構える。原生種ギンヤンマに面と向かって立ち塞がり、ギンヤは洞窟の虚像を展開してみせた。

 偽の壁が至る所に見える。そしてどれが本物なのか、それを知っているのはギンヤただ一人。


「おら! こっちだ!!」


 ギンヤは逃げる。あちらこちらが壁で囲まれた中、上方へ飛び上がった。当然、それを追撃するかのように原生種も飛翔する。ギンヤはダミーの壁を躱しながら上へ飛び、元より存在していた内壁の手前でターン。脚をつける。

 壁を蹴り、真下へ翔んだ。


「はっ……! 【根源開放】!!」


 槍の先を前に突き出して、ギンヤが突進する。原生種と衝突するその直前に槍を横に捻り、原生種の胴を押し飛ばす。原生種ギンヤンマは勢いのまま、地の底に叩きつけられて黄緑色の鮮血を散らした。

 ギンヤは亡骸の上に着地して、


「これで俺は、一件落着……だな」


 そう、誰かに向けて呟く。



 ***



「困ったわ。これじゃあ、どうにもならないわね……」


 ヒメカは内心、少し厳しくなるだろうと考える。相対する原生種ヒメカブトは行動が素早く、蔦で囲うだけでは動きを捉えるのが難しいのだ。放射状に伸ばし面で捕捉しようにも、隙間を縫うかのようにすり抜けられてしまう。


「ん、困った……」

「キマリ!?」


 すぐ横にキマリがいた。どうやらヒメカは、知らないうちに大きく移動をしていたようだ。原生種オオカマキリと斬撃をやり取りするキマリから少し間を取る。


「一か八か……やってみるしかないわね」


 ヒメカは蔦をレイピアの柄から己の脚元へ伸ばし、足場として蔦を伸長させた。走りながら、血流を加速。


「いくわよ、【根源開放】!」


 身体能力を引き上げつつ、蔦の上を走り抜ける。蔦は原生種ヒメカブトのもとへ向かうが、本能的に察知されたのかヒメカの背後に回避されてしまう。

 それから頭角による反撃。

 蔦の足場を破壊され、その振動にヒメカはよろめく。ヒメカの身体はそのまま逆さに落下した。


「くっ、こんなとき、どうすれば……!」


 そんなとき、自分の背中に違和感を感じた。落下しているというのに、どうにも恐怖心を感じない。


 ──それは突然、砕け散った。


 カランカラン、と地面に殻が落ちる音が響く。しかし、ヒメカの姿は地面になかった。代わりに映るのは、ヒメカの


 ヒメカは空を飛んでいた。

 黒く覆われていた殻が弾け飛び、純白に輝く翅を震わせている。


「これでもう、私には追いつけないわよ!」


 ヒメカは上へ放物線を描くように飛翔し、急降下。原生種へ向けて接近する。たちまち原生種は回避するが、ヒメカが横切るその刹那、脚を一本斬り落とされていた。

 原生種ヒメカブトは呻き声のような、言葉にならない音を発する。


「はあぁぁっ!!」


 後ろを振り向いて、まっすぐ進む。ヒメカの【ローザスヴァイン】の切っ先を前方へ立てて、原生種ヒメカブトの胴の中央を突き刺した。余った勢いが亡骸を地の底へ向けて、斜めに落としていく。

 空中からそれを見下ろしながら、ヒメカはため息をついた。



 ***



 キマリは原生種オオカマキリとの戦いで互いに空中を走る斬撃の応酬が続く。


「これは、困った……ん!」


 手首を上手く動かして迫り来る斬撃を弾きつつ、隙間を縫うように斬撃を飛ばした。キマリが相対する原生種は鏃のように細長い翅を羽ばたかせて、滑空しながらキマリの頭上に現れる。

 そして鎌を振り下ろした。


「んんっ!? 邪魔!」


 鎌の頑丈な峰の部分で受け取めて、火花を散らす。しかし、振り上げる動きではキマリに分が悪い。


「ん、私がやる! 【根源開放】!!」


 キマリは両腕を起点にして、血流を加速。【ディバインヘル】を握る手から順に、黄緑色のオーラが膨れ上がった。脚までオーラを纏ったことを確認すると、地を横へ蹴り出す。ちょうど数瞬前のキマリを狙って斬撃が飛ぶが、後方へ飛んで終わる。


「……ん、いく!」


 一度減速して、一直線に原生種目掛けて突き進む。その際にいくつかの斬撃に皮膚を裂かれるが、唇を引いたまま斜め上から鎌を振り下ろした。

 それを原生種オオカマキリは首を捩るだけで回避した。しかし、首の付け根に浅い傷が刻まれることとなる。


 痛みで咆哮が響き渡り、そのまま鎌をキマリ目掛けて下ろす。


「く……っ!!」


 咄嗟に【ディバインヘル】の柄の部分で受け止めるが重たく、鋭い斬撃にキマリは苦痛の声をもらした。

 じりりと音を立てて【甲殻武装】が擦れ、押されていく。キマリは一瞬の間にそれを手放し、距離をとった。


「……んッ!」


 すぐに脚で地面を蹴り、反対側の脚跡の鎧クラストアーマーから同じく甲殻武装を引き抜く。


「はぁっ!!」


 そして長く柄を握り、自分よりも大きな鎌の刃で斬りあげた。

 カマキリはまたしても首の捩りで避けようとするが、今度は深々と斬撃が殻を走り抜けて黄緑色の鮮血が舞う。


「はぁ、はぁ、はぁ……。ん、やった!」


 キマリは自分自身に勝利したような、そんな清々しさを覚えていた。

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