甲殻武装
「アトラス、今日から俺が直々に甲殻武装の扱い方を教えてやるからな! 覚悟しろよ?」
「うん! 父さん、わかった!!」
村のはずれでマルスはアトラスに言い放った。土を押し広げ、かなり開けた空間だ。コツコツとした脚音も話す言葉も反響している。そんな中、アトラスはマルスから説明を受けていた。
マルスはこれから、アトラスが学校に通うにあたって必要な甲殻武装の扱い方を教える。
甲殻武装はかつて存在していたといわれている中脚──
つまり、先祖代々から受け継がれた
「それじゃあ教えるぞ? 現れろ。アグニール!!」
──瞬間、中脚の名残から脚のようなものが伸びる。
それは良く見れば刀のように反りがあり、それが武器であることは想像に難しくないだろう。
「甲殻武装を出す時は横腹の脚跡の鎧に意識を向けて……その脚跡の鎧が伸びるイメージだ。それじゃあアトラス、やってみろ!」
「こ、来い! 【────】!!」
アトラスは横腹の脚跡の鎧に意識を向けて脚を伸ばすように力を入れる。
「────ッ!!」
「駄目だ駄目だ。脚跡の鎧に意識が出来てない。それにちょっと力みすぎだな。まだ頭のどこかで他のことを考えていないか?」
「ええと、それは」
アトラスは頭の中の大半を占めていた内容についてマルスに話した。
「……まさか甲殻武装の名前を考えてたなんてな! ははっ!」
「わ、悪いかよ……」
アトラスは顔を赤らめながら言う。しかし、次にマルスが言ったことは、アトラスの羞恥心を容易に覆すものだった。
「うんうん、分かるぞ。俺も昔はかなり真剣にそれについて考えてたからなぁ!」
「ええっ!? 父さんもだったの」
「まあな。でもそれは自分で考えるものじゃないんだよ。使えるようになると、自然と名前が分かるんだ」
マルスは上手く言葉に出来ず、頭をボリボリ搔いている。するとアトラスは、目をキラキラさせて両手を握りしめた。
「その武器が名前を教えてくれたんだね?」
「あ、ああ。つまりはそういうことだ。でもなんだお前、良く俺の言いたいことが分かったな」
「だって俺は父さんの息子だぜ? こんなの当たり前だよ!」
「そうだな。違いない!」
お互いに笑い合う。ふと、アトラスは脚跡の鎧へ視線を移し、じっと凝視する。
「それじゃあもう一度やってみる!」
「おう! やってみろ!!」
(頼む……! 応えてくれ!!)
自分の心に語りかけるように、自分の横腹に話しかけるようにアトラスは全身に力を込めた。
(えっ!? こ、これは……!)
ふと、脳裏に己の武器の名前が浮かぶ。
「来てくれ! 甲殻武装、アトラスパーク!!」
アトラスは自分の甲殻武装に話しかけるように、甲殻武装を呼び出した。中脚の名残の脚跡の鎧が伸びて姿を現す。
アトラスの甲殻武装の名前は、アトラスパーク。一振りの刀の形をした山の如き存在で、どっしりとした異様な存在感を放っている。
マルスのアグニールとは違い、鈍く光るのではない。むしろ、漆のように光を反射していた。
──それこそ本物の鏡のように。
刀身には新緑色のラインが入っていて、その部分だけ光の跳ね返り方が異なっている。
「うおっ! なんかすごいのが出てきたけど!?」
「確かに……これはすごいな!」
このアトラスの甲殻武装には、流石のマルスも素直に称賛せざるを得なかった。それほどまでに、『それ』は大きな力を秘めている。
「でもなぁ……なんだこの刀身は? こんなんじゃあ斬れないだろうが」
「うっ……そ、それは」
なんと、このアトラスパークには、刀身にあるはずの刃の部分が存在しなかったのだ。突くように使うにしても先端が尖っておらず、精々吹き飛ばすのが限界にも見える。
例えるならば、それはまるで──光る竹刀だ。しかし、刀と同様に平たくもある。
「これじゃあ土竜を斬ることもできないな……! ど、どうすんだアトラス?」
「き、きっと何か別の力があるんだよ! それに突くなり叩くなり、やりようは沢山あるし!」
アトラスはふん、と鼻息を荒げて言い張った。
「ま、まあいいだろう。それじゃあその甲殻武装でこれを斬ってみろ! 甲殻武装には必ず一つだけ、能力というものを持っているんだ。それは使ってもいいからな。もっとも……すぐに
そう言って、マルスは近くに転がっていた土竜の爪を指差した。
甲殻武装は必ず一つだけ、何らかの能力がある。
マルスのアグニールが熱を纏うことができるように、アトラスの甲殻武装にも必ず一つの能力が備わっているはずだ。
「刃がないのに出来るはずもないよ!?」
「何か別の力があるんだろー? まあ、とにかくやってみろ!」
「わ、分かったよ! こんな爪の一つや二つ、叩き斬ってみせてやるよ!」
「おう、その意気だ」
マルスの激励を受けて、アトラスは土竜の爪のあるところへ歩いていく。
そして、アトラスは動いた。黄緑色の血液を一度に全身の組織へ行き渡らせるようにして、刀を振るう。
「はああああああああああああああああ!!」
上段からの振り下ろし。
アトラスは勢いよく叩きつけるように、土竜の爪に刃のない刀を振り下ろした。
「がっ……! 痛……っ!」
激しい痛みが横腹を走る。でも自分の身体に傷口は見当たらない。身体が酸素を必要として荒い呼吸を繰り返すだけだ。
──しかし、自分の身体以外のところで異変があった。
「な、なんで……? 折れてる、の……!?」
自分の刀を見たアトラスは驚愕の表情を浮かべた。同時に、激しい痛みの正体が甲殻武装が折れたことであるということを理解する。すると、どこからか笑い声が響き渡った。言うまでもなく、それはマルスの笑い声。
「あっははははははははははは!! 最初はそんなところだろうなー!」
「最初って、どういうことだよ父さん……?」
先ほどの痛みもあって、アトラスは怪訝な顔でマルスに尋ねた。
「いいか? アトラス、甲殻武装ってのはな……折れることで強くなるんだ」
「折れるって……痛いじゃんか! 毎回この痛みを味わうのか!?」
「そうだが?」
「えぇーーー!!」
アトラスはたちまち嫌そうな顔をする。
それでもマルスは優しい声で言った。
「アトラス、痛み……辛いことに耐えられなきゃ、強くなるなんて絶対に出来ないぞ?」
「でも……」
まだアトラスは渋っている。
そこでマルスは少し強めに言った。
「甘ったれるな。お前は俺のように強くなるんじゃなかったのか? お前の放った言葉は嘘だったのか?」
「……違う。俺は父さんみたく強くなって、世界を見てみたいんだ! 絶対に……強くなってみせる!!」
「ああ! そうだ! その意気で強くなれ!!」
アトラスの顔は──それはとても殻人族の少年らしく、決意に満ちた顔になっていた。
***
「はっ! はっ! 痛っ……!」
アトラスはひたすらに甲殻武装を振り続ける。
巨大な木の根に得物を打ちつけては壊し、打ちつけては壊す。この動作の繰り返しでアトラスパークと自分自身を鍛えていた。
「はあ、はあ、はあ……」
激しい痛みに精神力を削られながらも、刀を振り続けて己の甲殻武装をより強く、より頑丈にしていく。額には汗が滲み、痛みに苦しみながらも確実に強くなっていることをアトラスは実感していた。
「ぐっ!」
アトラスの得物は刃を持たないが、巨大な木の根を打ちつけているうちに木の根には傷痕がつくようになる。
「はっ! はっ! はっ! はあ……っ!」
一際大きな打撃音がする。
アトラスは思わず木の根のほうを見ると、木の根が中ほどから断たれていた。
断面はしっとりとしていて、冷たい。暫く見つめていると、水の粒が断面から顔を出した。
「おお……っ! やっと、斬れた……! 痛っ!」
アトラスは自分の手元に視線を動かすと、アトラスの甲殻武装もひび割れて、中ほどからぽきりと折れてしまっていた。
「うっ……。力が、抜ける──」
「良く……頑張った!」
マルスはそれを予期していたかのように現れて、前のめりに倒れ込んだアトラスの胸を支えるように、片腕で受け止めた。
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