甲殻武装

 かつて、『幻影魔蟲』コーカスと呼ばれた雄がいた。

 その雄は誰の下にもつくことなく、自分の意思で行動するといった殻人族の中でも異質と言っても良いほどの『自分』というものを持つ。

 それこそコーカスは幼き頃、『自分』というものをコントロールするために努力を続けていたほどには。


 ──しかし、その『自分』というものは、いつしか歪む。


 本来持っていた『自分』は『自分で決断する』という意味だった。

 しかし、強くなるにつれて『強ければ何もかも押し通すことができる』という誤った認識が芽生えてしまったのだ。

 ──自分が決めたことだから、誰にも止めることはできない、と。

 その結果、コーカスは悲劇を生み出した。


「いやぁ……! 助けてぇぇぇぇぇぇぇえ‼」


 コーカスは自身の甲殻武装クラストウェポン──【コラプサーソード】で同胞はらからたちを黒い炎で焼き斬って、初めて殻人族を殺めた。

 その時の悲鳴こそがコーカスの認識を更に歪めてしまう。


『もしも強い者と戦うことになれば、己を磨くことが出来る。そして、より強くなることができる』


 そのように、コーカスは考えた。

 こうなってしまえば、コーカスはもう、それらの行動を抑えることはできない。

 暴走する『自分』に飲まれていると言っても良いだろう。


「さて、次はどこへ行こうかな……? 〝ホンモノ〟も見つからないし……」


 コーカスは目的地もなく、自分の思うままに歩を進めた。



 ***



「アトラス、今日から俺が直々に甲殻武装クラストウェポンの扱い方を教えてやるからな! 覚悟しろよ?」


 村のはずれでマルスはアトラスに言い放った。

 しかし村のはずれとはいえ、他の子供たちがおいかけっこをしたりと、とても静かとは言えない。アトラスは村の子供たちの邪魔にならないよう、マルスから説明を受ける。


「うん! 父さん、わかった‼」


 マルスはこれから、アトラスが学校に通うにあたって必要な甲殻武装クラストウェポンの扱い方を教える。

 甲殻武装クラストウェポンはかつて存在していたといわれている中脚──脚跡の鎧クラストアーマーと呼ばれる部分を武器として使う手段。

 つまり、先祖代々から受け継がれただ。


「それじゃあ教えるぞ? 現れ出でよ! 【アグニール】‼」


 ──瞬間、中脚の名残から脚のようなものが伸びる。

 それは良く見れば刀のように反りがあり、それが武器であることは想像に難しくないだろう。


甲殻武装クラストウェポンを出す時は横腹の脚跡の鎧クラストアーマーに意識を向けて……その脚跡の鎧クラストアーマーが伸びるイメージだ。それじゃあアトラス、やってみろ!」

「こ、来い! 【────】‼」


 アトラスは横腹の脚跡の鎧クラストアーマーに意識を向けて脚を伸ばすように力を入れる。


「────ッ‼」

「駄目だ駄目だ。脚跡の鎧クラストアーマーに意識が出来てない。それにちょっと力みすぎだな。まだ頭のどこかで他のことを考えてないか?」

「ええと、それは……まあ、そうだけど」

「あっはははははははは‼ そうか、やっぱりそうか! で? 何を考えてたんだぁ?」

「それは……」


 アトラスは頭の中の大半を占めていた内容についてマルスに話した。


「……まさか甲殻武装クラストウェポンの名前を考えてたなんてな! ははっ!」

「わ、悪いかよ……」


 アトラスは顔を赤らめながら言う。

 しかし、次にマルスが言ったことは、アトラスの羞恥心を容易に覆すものだった。


「うんうん、分かるぞ。俺も昔はかなり真剣にそれについて考えてたからなぁ!」

「ええっ!? 父さんもだったの!?」

「まあな。でもそれは自分で考えるものじゃないんだよ。使えるようになると、自然と名前が分かるっつうか……」

「……その武器が名前を教えてくれたんだね?」

「あ、ああ。つまりはそういうことだ。でもなんかお前、良く俺の言いたいことが分かったな」

「だって俺は父さんの子供なんだぜ? こんなの当たり前だよ!」

「ははっ! 違いないな‼」

「それじゃあもう一度やってみる!」

「おう! やってみろ‼」

(頼む……! 応えてくれ‼)


 自分の心に語りかけるように、自分の横腹に話しかけるようにアトラスは全身に力をこめる。


(えっ!? こ、これは……!)


 ふと、脳裏に己の武器の名前が浮かぶ。


「来てくれ! 【アトラスパーク】‼」


 アトラスは自分の甲殻武装クラストウェポンに話しかけるように、甲殻武装クラストウェポンを呼び出した。

 中脚の名残の脚跡の鎧クラストアーマーが伸びて姿を現す。

 アトラスの甲殻武装クラストウェポンの名前は、【アトラスパーク】。

 『それ』は一振りの刀の形をした山の如し存在で、どっしりとした異様な存在感を放っている。

 マルスの【アグニール】とは違い、鈍く光るのではなく漆のように光を反射していた。

 ──それこそ、本物の『鏡』であるかのように。

 刀身には新緑色のラインが入っていて、その部分だけ光の跳ね返り方が異なっている。


「うおっ! なんかすごいのが出てきたけど!?」

「確かに……これはすごいな!」


 このアトラスの甲殻武装クラストウェポンには、流石のマルスも素直に称賛せざるを得なかった。

 それほどまでに、『それ』は大きな力を秘めているのだろう。


「でもなぁ……なんだこの刀身は? こんなんじゃあ斬れないだろうが」

「うっ……そ、それは」


 なんと、この【アトラスパーク】には、刀身にあるはずの刃の部分が存在しなかったのだ。突くように使うにしても先端が尖っておらず、精々吹き飛ばすのが限界にも見える。

 例えるならば、それはまるで──光る竹刀だ。しかし、刀と同様に平たくもある。


「これじゃあ土竜を斬ることもできないな……! ど、どうすんだアトラス?」

「き、きっと何か別の力があるんだよ! それに突くなり叩くなり、やりようは沢山あるし!」

「いや、本当にそうか……? 先端も尖っていないぞ?」

「そうだよ! ……多分‼」

「ま、まあいいだろう。それじゃあその甲殻武装クラストウェポンでこれを斬ってみろ! 甲殻武装クラストウェポンには必ず一つだけ、能力というものを持っているんだ。それは使ってもいいからな。もっとも……すぐに使な」


 そう言って、マルスは近くに転がっていた土竜の爪を指差した。

 甲殻武装クラストウェポンは必ず一つだけ、何らかの能力がある。

 マルスの【アグニール】が熱を纏うことができるように、アトラスの甲殻武装クラストウェポンにも必ず一つの能力が備わっているはずだ。


「刃がないのに出来るはずもないよ!?」

「何か別の力があるんだろー? まあ、とにかくやってみろ!」

「わ、分かったよ! こんな爪の一つや二つ、叩き斬ってみせてやるよ!」

「おう! その意気だ‼」


 マルスの激励を受けて、アトラスは土竜の爪のあるところへ歩いていく。

 そして、アトラスは動いた。

 黄緑色の血液を一度に全身の組織へ行き渡らせるようにして、刀を振るう。


「はああああああああああああああああ‼」


 上段からの振り下ろし。

 アトラスは勢いよく叩きつけるように、土竜の爪に刃のない刀を振り下ろした。


「がっ……! 痛……っ!」


 激しい痛みが横腹を走る。

 でも自分の身体には、傷口すらない。身体が酸素を必要として荒い呼吸を繰り返すだけだ。

──しかし、自分の身体以外のところで異変があった。


「な、なんで……? 折れてる、の……!?」


 自分の刀を見たアトラスは驚愕の表情を浮かべた。

 それと同時に、激しい痛みの正体が甲殻武装クラストウェポンが折れたことであるということを理解する。

 すると、どこからか笑い声が響き渡った。言うまでもなく、それはマルスの笑い声。


「あっははははははははははは‼ 最初はそんなところだろうなー!」

「最初って、どういうことだよ父さん……?」


 先ほどの痛みもあって、アトラスは怪訝そうな顔でマルスに尋ねた。


「いいか? アトラス、甲殻武装クラストウェポンってのはな……折れることで強くなるんだ」

「折れるって……痛いじゃんか! 毎回この痛みを味わうのか!?」

「そうだが?」

「えぇーーー‼」


 アトラスはたちまち嫌そうな顔をする。

 それでもマルスは優しい声で言った。


「アトラス、痛み……辛いことに耐えられなきゃ、強くなるなんて絶対に出来ないぞ?」

「でも……」


 まだアトラスは渋っている。

 そこでマルスは少し強めに言った。


「お前は俺みたいに強くなるんじゃなかったのか?」

「え……? それはそうだけど、でも!」

「甘ったれるな! 強くなりたいんだろ‼」


 マルスの言葉にはとても重みがあって、マルスの過去に何か悲しいことがあったのだろう、アトラスは無意識に感じ取った。


「……うん、分かったよ。やる。やってみせる! 絶対に……強くなってみせる‼」

「ああ! そうだ! その意気で強くなれ‼」


 アトラスの顔は──それはとても殻人族の雄らしく、決意に満ちた顔になっていた。



「はっ! はっ! 痛っ……!」


 アトラスはひたすらに刀の形をした『それ』を振り続ける。


「あっ! アトラスお兄ちゃんだ!」

「ほんとだー‼」

「でも、なんかつらそう?」

「その長いのはなにー?」


 アトラスの村では、アトラスよりも年下の子供のほうが人数的には多い。アトラスの知る中で、この四人は特に親しい存在だった。


「ラミニ、ルミニ、ヨーロ、ケタルス……四人ともどうしたの?」

「ここであそんでたのーーー‼ アトラスお兄ちゃんはなにしてたの?」


 アトラスの質問にラミニが答える。


「俺は……修行だよ。甲殻武装クラストウェポンを大きな木の根に打ちつけているんだ」


 アトラスがそう言うように、巨大な木の根に『それ』を打ちつけては壊し、打ちつけては壊す。この動作の繰り返しで【アトラスパーク】と自分自身を鍛えていた。


「はあ、はあ、はあ……」


 激しい痛みに精神力を削られながらも、刀を振り続けて己の甲殻武装クラストウェポンをより強く、より頑丈にしていく。

 額には汗が滲み、痛みに苦しみながらも確実に強くなっていることをアトラスは実感していた。


「ぐっ!」

『だ、大丈夫!?』

「大丈夫だよ……! まだ、いける‼」


 【アトラスパーク】は刃を持たないが、巨大な木の根を打ちつけているうちに木の根には傷痕がつくようになる。


「はっ! はっ! はっ! はあ……っ!」


 一際大きな打撃音がする。

 アトラスは思わず木の根のほうを見ると、木の根が中ほどから断たれていた。

 断面はしっとりとしていて、冷たい。暫く見つめていると、水の粒が断面から顔を出した。


『す、すごい! 本当に切れちゃった‼』

「おお……っ! やっと、斬れた……! 痛っ!」


 アトラスは自分の手元に視線を動かすと、アトラスの甲殻武装クラストウェポンもひび割れて、中ほどからぽきりと折れてしまっていた。


(うっ……。力が、抜け──)

『あ! お兄ちゃん‼』

「良く……頑張った!」


 マルスはそれを予期していたかのように現れて、前のめりに倒れ込んだアトラスの胸を支えるように、片腕で受け止めた。

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