休日のひととき

 レーカの実力が皆に認められたことはすぐにアトラスの耳にも入ることとなる。アトラスとヒメカは自分たちの家で会話に花を咲かせていた。


「そうか……レーカもしっかり馴染めてるんだな」

「あなた、親バカもほどほどにね? じゃないと、また嫌われるわよ」

「俺は嫌われていたのか!?」

「今更ぁ!?」


 アトラスのボケなのかも判断できない言葉にヒメカは突っ込む。そして嫌われていた時期がいつだったのか、ヒメカは説明する。


「だって。あなたの心配症で一時期、とても避けられてたじゃない!」

「あ、あれは……!? ソゥダッタノカ…………」


 アトラスの口から出る言葉が片言だ。今にも灰となって散ってしまうように、ヒメカは幻視してしまう。それほどにアトラスの心にクリーンヒットしていた。


「それにしても、レーカはあの力を上手く使えてるのかしらね? 一応、あなたという勇者の力の一部だとは思うけれど」

「さぁ。俺も良く分かってないから、レーカにどんな力が眠ってるのかはわからないよ。でも──」


 ヒメカの話題転換により復活したアトラスはレーカの能力について自分の考えを続ける。


「最初にあの力が発現したときは、一瞬だけど全身が黄緑色に光っていた。もしかしたら、俺たちが普段やってる【根源開放】をすると能力が発現するのかもしれない……!」

「それが本当なら……アトラスと同じように、別の力を重ねがけするってこと!?」

「俺はその可能性があると思ってるよ。そろそろレーカの帰ってくる頃かな?」

「ええ、そうね!」


 そんなところで、家の玄関扉をノックする音が聞こえた。


「あら、レーカ。おかえりなさい」

「うん! ただいまお母さん!!」


 レーカは笑顔のままヒメカの胸に飛びつくと、顔を埋めてニカッと笑う。その表情を見てヒメカも微笑んだ。レーカもすっかり馴染んでいるようで、興奮冷めやらぬ状態で告げる。


「今日、とても嬉しいことがあって!」

「ええ、なにかしら?」

「クラブに入りたいっていう友達が増えたんだよ」


 レーカの言葉を聞いて、アトラスのほうが唸り出す。顎の下に指を当て、探偵の如き目つきでレーカを睨む。


「レーカ、それはどこの雄だ?」

「え……?」


 レーカはアトラスの形相に困惑する。ヒメカはアトラスの親バカ具合に頭を痛め、手で押さえていた。アトラスはもう一度尋ねる。


「どこのどいつだと聞いている」

「え、えっ?」

「あなた、レーカのことも考えなさいよっ!!」


 ヒメカの脚蹴りがアトラスの脛のあたりに炸裂。アトラスはしゃがみ込んだ。じんじんと痛む脚を押さえながら、ヒメカを涙目で睨んでいる。それをヒメカは一瞥で黙らせた。

 言ってしまえば、ヒメカはアトラスの『ストッパー』なのである。


「ささ、レーカ。ご飯にしましょう」

「お、おい! ヒメカぁぁ……っ!!」


 アトラスから離れていくヒメカとレーカの背中へ手を伸ばす。しかし、脛の痛みがどうしてもアトラスの行く手を阻んだのだった。

 唯一安心できるのは、レーカは周りの仲間に対して友達以上の感情をまだ持ち合わせていないことである。



 ***



 週が終わり、レーカたちの休日が訪れた。レーカはこの日、ある予定がある。その予定というのは今、レーカがいる場所に関係することだ。周りは土に囲まれ、地上世界とは異なる土壌に湿気。


「ここは……どうして?」

「俺たちが地底に来たのはな、お前を強くするためだ。今のお前なら土竜とも戦えるだろうが今日の目的は戦うことじゃない」

「それじゃあどうやって強くするの?」

「お前の能力、それを鍛える!」


 レーカはアトラス同伴で地底世界へ来ていたのだ。目的は二つあり、一つはレーカを強化すること。そしてアトラスの考察通りに事が進むのか確かめることだ。考察が事実なら血流を加速させるという、実質アトラスたちの【根源開放】と同じ状態で『硬化』が使える。それができればレーカは並外れた動きと力を操れるようになるはずだ。


「まず、俺とヒメカたち……仲間は皆【根源開放】という技が使えるんだけど、まずはこれをレーカに習得してもらう」

「どんな技なの?」

「殻人族は皆、身体の中に黄緑色の血液が巡っている。これを血管の筋肉をうまく使って速く送り出すんだ。どうだ、できるか?」

「うん、やってみる……!」


 レーカは両腕を軽く曲げて、全身に力を込める。しかし、身体がプルプル震えるだけで血液を送り出すような力の入れ方ではなかった。


「レーカ、そうじゃないぞ。全身に力を入れる……というよりも、身体の中心だけ力を込める感覚だな。それから込めた力を全身へ持っていく感じだ!」


 アトラスはなるべく伝わるように話すが、やはり自分の感覚で伝えるのは難しい。とりあえずアトラスは全身に力を入れるわけではないと強く伝えた。


「うん、わかった」


 レーカは再び挑戦する。その様子を眺めながらアトラスは微笑む。

 アトラスとて、決して一日で身につけられるとは考えてはいない。しかし、休みの日に地底で特訓をさせようとアトラスは思った。




 半日特訓をして、それから地上世界へ出発する。地上と地底を繋ぐ通路まで移動し、アトラスは向こう側から降り注ぐ日光を手で塞ぐ。そしてレーカの手を握り、そのまま抱きかかえた。


「レーカ、いくよ。大丈夫?」

「うん!」


 レーカが大きく返事をすると、アトラスは透明な翅を羽ばたかせて飛翔する。

 上へ上へ、まっすぐと進んで数分後。


「レーカ、着いたよ。降りて」

「え、あ、うん……」


 少し残念そうにレーカは地面に降り立った。アトラスは思い出したように、レーカを連れて通路の横の建物に入る。


「キマリー、今いるか?」


 アトラスの仲間だったキマリは通路の管理を任されており、キマリの働いている場所は口頭で聞かされていた。アトラスは建物の中で、椅子に腰掛け紙の内容を確認しているキマリの姿を見つける。


「ん? アトラス、どうしたの?」

「あー、地底でレーカに修行をつけてたからその帰り。だから、ちょっと寄ってみたんだ」

「……私に何か用でもあるの?」

「せっかくだから話でもしようかなって」


 その言葉を聞いてキマリはジト目を浮かべた。一体どんな惚気話を聞かされるのか想像もつかず、キマリからしたらたまったものではない。


「え、何……?」

「ううん。なんでも、ない。私は今忙しいから、帰るか後にして」

「ああ、わかった。また今度」


 アトラスは来た道を引き返して、レーカとともに自宅の方角へ歩いていったのだった。




「あ、あなた。おかえりなさい」

「うん、ただいま」

「お母さんただいまー!」


 ヒメカはアトラスが帰宅して早々に、遅い昼食の支度をする。食卓に並んだのは平たい葉を皿にした腐葉土、腐葉土、そして腐葉土。

 黒色一色の食卓に彩りをと、木から採取した樹液が木片に塗られたものがいくつか出された。


「「「いただきます!」」」


 余程空腹だったのかアトラス、ヒメカ、レーカ共々自分の分をあっという間に平らげてしまう。ヒメカは自分の腹をさすって呟く。


「特訓でこんなことになるなら、もっと用意しておくべきだったわ……」


 その言葉にアトラスとレーカはうんうんと大きく頷いた。

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