英雄級

 アトラスとクローゾは互いに甲殻武装を構え、相対していた。


「ほう、貴様があのサタンを倒した英雄か」

「サタンを知っているのか?」

「それは当然。サタンはハイネが突然に連れてきた坊主だからな!」

「っ!?」


 アトラスはクローゾの言葉に怒りを表す。今までの苦悩はなんだったのか。その全てをコケにされたようで、ふつふつと感情の本流が全身に行き渡る。

 黄緑色の光を全身に纏い、猛スピードで接近。


「それは通じん!」

「なっ!」


 何かにぶつかった気がした。

 まだ零距離なわけではないはずだ。しかし、現にアトラスは弾かれて余った勢いにされている。


「なんだと……」


 アトラスは見た。自身とクローゾの間に、何か透明な壁のようなものがある。それは光を屈折させて、七色に輝く。


「ほぅ、気がついたか! これのお陰で俺は無敵。 どう足掻こうと無駄だ」


 クローゾは胸を張りながら言う。そして槌の先を斜め下に向けて柄を両手で握る。クローゾはそのまま槌で空を切った。


「ぐ……ぅ!?」


 攻撃が炸裂したのだ。確かにクローゾは空中で巨大な槌を振り回していたはずである。有り得るとすれば、何かを槌で打ち出したか。

 やがてアトラスは思い至った。


「なるほど、障壁はそうも使えるのかよ……。なら!」


 アトラスは【アトラスパーク】の刃を蒼色に染め上げると、刀身から炎を吹かせる。


「はぁぁぁぁぁぁぁっ!!」


 炎を纏わせた刃を上段から斬り下ろす。クローゾは障壁で受け止めるが、火花を散らしながら亀裂が入っていく。


「はぁっ!」

「ぐぬぅぅう!」


 障壁が砕け散る。その隙を突いて横に切裂くが、またしても障壁に弾かれた。


「はははは! 流石に今のは危なかったぞ。今度はこちらからいかせてもらう! 【根源開放】!!」


 クローゾも黄緑色のオーラを纏う。それから一呼吸で間を詰めた。


「がはっ!」


 槌が来ると予想したが実際にはクローゾの拳がアトラスに直撃する。血の混じった唾を吐き出してよろめいてしまう。


「っ、あまり使いたくはないけど使うしかない……。【重開放】」


 アトラスの甲殻武装から蒼き雷がアトラスの全身へ流れ出し、黄緑色のオーラが青く染まる。これでアトラスの反応速度以上の動きが可能になるのだ。アトラスはクローゾの蹴りを低い姿勢で躱し、同じく蹴りで返す。後方へ飛ばされてクローゾはニヤリと嗤う。

 それは純粋に戦いを楽しんでいる表情カオだった。

 ちょうど苦戦しているところで、声はアトラスのもとへ届く。


「お父さん頑張って──っ!!」


 レーカの応援の言葉。アトラスは浅く息を吐くと、柔らかな笑みを浮かべた。


「ふっ、どうやらこれは負けられない戦いみたいだ……!」


 アトラスは己の甲殻武装を力強く握り、脚を踏み込んだ。クローゾは距離を開けて障壁を張る。アトラスは横へ周り、障壁を避けながら接近。

 表面を浅く切り裂いた。クローゾの肩のあたりが鮮血で滲む。そして突然に耳を軽く押さえると、表情が歪んだ。


「む。このまま戦いたいのは山々だが、時間切れのようだ。続きはまたの機会としよう!」


 クローゾはそう言って、跳躍一つで姿を消した。



「お父さん!」


 戦いの後レーカはアトラスの胸に飛び込んだ。顔を埋めて、アトラスへの心配を全身で表現する。


「あー、ごめんな。レーカ……」

「あなた、後でお話があります」


 ヒメカも目に涙を溜めていたが、唇を強く引き締めて威圧した。余程心配で不安になったのだろう。アトラスにとっても想像に難しくはなかった。



 ***



 クローゾという殻人族が突如現れた日の夜。アトラスは突っ走りすぎたことについてヒメカに叱られていた。椅子にぴしりと座り、ヒメカは真面目な表情だ。


「あなた、本っ当に心配したのよ!? もしあの時負けていたら、もう……」


 ヒメカは怒鳴る。そこから先は特に叫ぶこともなく、落ち着いた声で話す。


「アトラス。もしまた戦う時は、私も連れていってね」

「っ、あぁ……わかった」


 アトラスは頷き返すと、言葉を続けた。


「その時には、ギンヤにも……キマリにも頼るよ」

「そうしてよね」

「うん、わかった」


 そしてアトラスはヒメカを強く抱きしめる。そんなところで、レーカは口を開けながら遠目で眺めていた。


「「っ!?」」

「どうしたの? お父さん、お母さん」

「な、なんでもないわよ!? ただ、その……」


 ヒメカは気まずそうになりながらも、早口でまくしたてる。アトラスはその様子を見て、口元を緩めてしまう。


「なに、笑ってんの……よ!」

「ぐはっ!」


 ヒメカの素早い肘打ちが炸裂する。先程までのアトラスとヒメカの空気感はもう、どこにも残ってはいなかった。代わりに、暖色の空間が形成されている。レーカは微笑ましそうに、その光景を眺めていたのだった。


 それから次の日になって、レーカの平穏は更に遠のいていく。


「レーカさん! おはよう!!」

「もしよければ、クラブに入れ──」

「私とお友達になって!」


 等々。大会でレーカの実力を認め、その強さに感激した者たちがレーカの元へ押し寄せたのである。クラブに入りたい者や友達になりたい者。下心のある者など、動機は様々。


「うん! 仲良くしてくれると私も嬉しいな!!」


 ──ただ一つ言えたのは、レーカの実力は確かに認められたのだ。

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