鉄槌の魔人

「それじゃあお母さん、行ってきます!」

「はい、行ってらっしゃい!」

「お父さんも見に来てね!」

「ああ、もちろん。楽しみにしてる」


 アトラスとヒメカはレーカを送り出してから、身支度を済ませる。理由はもちろん、レーカを応援するためだ。

 今日はレーカたちが開催したトーナメント大会の当日。急いで持ち物を揃え、昼食を用意する。それからすぐに家を飛び出した。


「ヒメカ、急ごう。【根源開放】!!」

「あ、あなた!? 早すぎてもあまり意味ないわよ!?」


 アトラスが黄緑色のオーラを纏い、猛ダッシュで学校へ直行する。それをヒメカが窘めるが、その声はアトラスの耳に届いてすらいなかった。そしてアトラスが到着した頃に、人混みができていることに気がつく。


「あれは……!」

「あれって、もしかして!」

「「「「「英雄様──ッ!?」」」」」


 アトラスの元へ押し寄せる人集りむしだかり。アトラスは困惑と周囲の狂気に飲まれて避けることすら叶わず、渦の中心でもみくちゃにされることとなる。人集りが消え、心がボロボロのアトラスが横たえる。

 遅れてやって来たヒメカは痛む頭を手で押さえ、ため息をつく。それから、大声で怒鳴った。


「あなた……ちょっといいかしら?」

「あ、ああ。ヒメカ、か……」

「はぁ。だから、こうなるとは思わなかったのぉ!?」

「ぐふぅぅっ!」


 ヒメカはアトラスの胸のあたりをつま先で蹴り飛ばす。

 騒ぎを起こした相応の罰なのか、アトラスは胸を両手で押さえ込んで蹲ったのだった。



 ***



 日は高く上り、木々が力強い影を落とす頃。レーカたちはコロッセオの舞台に並び、戦う面子の組み合わせを抽選していた。

 まず一戦目。ネフテュス対ロニの試合。開始の合図が鳴り響き、互いに甲殻武装を取り出した。


「来てくれ、【テトラポセイドス】!」


 現れたのは、四つの矛先がある鈍色の槍。所々に輪っかのようなパーツがあり、バブルを連想させる。


「お願い! 【ローゼンゴルドー】」


 そしてロニの甲殻武装は折れ線を描いたような、黄金色が特徴的な大剣。少なくともロニの容姿に見合ってはいない。両者ともに戦いの姿勢をとった。


「んっ!」

「なんだ、構えたまんまか? 負けても後悔するなよ……!」

「後悔なんて、しないよ」


 ネフテュスの攻撃は前方への突きと柄による打撃の組み合わせである。それをロニは動きを予想しつつ大剣で受け止めた。通常の攻撃があまり通用していないことを理解するとネフテュスは距離をとる。


「それならこれだ」


 ネフテュスの【テトラポセイドス】のリングから蒸気が噴出した。熱気を帯びた水蒸気がネフテュスの肉体の周りを遊離し、泡を象る。


「いけぇぇぇ!」


 高温水蒸気の泡がロニのもとへ迫り、ロニは縦に一刀両断してみせた。


「っ!? な、なに……」


 二分された泡がロニの両腕の表面をほんのり火傷させる。ロニは大剣を逆さに握り直して切っ先を地面へ突き立てることで、ズキリと痛む腕に喝を入れた。もう一度大剣を引き抜いて、ロニは両手で握り上段で構える。


「っ、これで、決める!」


 甲殻武装が光り輝き、同時にロニの腕の傷がぼんやりと光った。二つの輝きが糸を結んで【ローゼンゴルドー】がより一層輝く。


「はぁっ!!」


 ロニの上段の振り下ろし。それが衝撃波となってネフテュスに迫る。ネフテュスはそれを槍で受け止めるも、罅割れて砕け散った。


「勝者、ロニ!」


 第一戦の勝利を手にしたのは、ロニであった。


「ロニ、おつかれー!」

「うん、ありがとう!」


 レーカの賞賛にロニははにかむ。対してルリリはネフテュスを可哀想な目で見て言う。


「また、次勝てばいいと思うよ。きっと勝てる。次こそ勝とう、別に勝てなくてもいいじゃん」

「お前は一体どっちなんだ!?」


 はっきりとしない、ふざけたような物言いにネフテュスは怒鳴る。しかし、声に力はあまり入ってはいなかった。


「ん。次こそ勝てる。だから、諦めないで」

「ああ……」


 ルリリの励ましにネフテュスは目を丸くして頷くと、微笑んだ。




「おい、ここでいいんだよな?」


 誰にとでもなく翅の無い殻人族、クローゾは話す。


「ああ、わかった。次のタイミングで襲うことにしよう。来い、【エアルプレス】!!」


 クローゾは己の甲殻武装を取り出すと、それを片手で握る。翅の無い殻人族。ハイネ曰く『鉄槌の魔人』クローゾは、第二戦が終わる頃に姿を現すこととなる。



 ***



「第二戦、レーカ対シロキ。始め!」

「来てくれ、【バトセラボーン】」


 レーカは手刀をつくり、硬化させる。対してシロキはいかりの形をした斧状の甲殻武装を取り出す。斧の刃の面積はあまりなく、非常に鋭利に見える。


「いくよー! はぁっ!」


 レーカはまっすぐ走り、シロキとの間を詰めていく。シロキは逆に距離をとる向きに移動する。それから横に回転させた【バトセラボーン】の尖った部分を打ち付けた。


「ぅくっ……!」


 レーカの手刀とぶつかり合い、シロキの衝撃にレーカがうめき声をあげる。しかし、シロキの攻撃はそれだけではなかった。


「まだまだ終わりじゃないぜ!」


 シロキは手首を捻り、レーカの手刀を弾く。一度距離をとってから、シロキは能力を発動した。感覚を研ぎ澄まし、甲殻武装で自分の手首に傷を入れる。じりじりと痛みを感じるが、それはレーカも同じだった。


「っ!? どうして」


 レーカの硬化していた手首に亀裂が入り、出血する。つまりシロキの能力は、感覚と状態の共有。極めて凶悪な能力だった。

 レーカは痛みに耐えながら、再び手刀をつくる。そして、両手を構えた。


「まだ……っ! いくよ、シロキ」

「俺も次は、全力でいく!!」


 なるべく甲殻武装を狙うようにしてレーカは接近する。対してシロキは【バトセラボーン】を護るように腕を前に出し、その裏で攻撃のモーションをとった。レーカの攻撃がシロキの腕に当たり、互いにダメージを受ける。そしてシロキの甲殻武装による追撃がレーカへと迫った。


「それは読んでたよ! 私は、こうだ」


 振り子の如く、斜め下からの刺突攻撃。身体を反らすことでシロキの追撃を回避し、甲殻武装へ手刀の攻撃を与える。


 ──バリィィィン!!

 何か硬いものの砕け散る音がする。シロキの【バトセラボーン】が砕けていたのだ。

 つまり、レーカの勝利である。


「はははは! 安心するのはまだ早いようだぞ、娘!」


 コロッセオの会場席から跳躍によって現れたのは、翅のない殻人族バケモノ。槌の甲殻武装を片手に備え、背中が硬い殻に覆われている。


「俺の名はクローゾ。賢者ハイネの命令に応じ、貴様には今ここで死んでもらう」


 ハイネの名前に会場席がざわつく。


「ちょぉぉっと待ったぁぁぁぁぁ!!」


 そしてもう一人、会場席から飛び出す者がいた。


 緑色の髪に紅の眼が特徴的な殻人族。

 地底世界を救い、英雄と呼ばれた殻人族。


「っ、お父さん!」

「レーカ、お前は下がってろ。こいつはお前には、まだ早いみたいだ」

「うん……」


 英雄の名前はアトラスという。今、鉄槌の魔人クローゾと英雄アトラスの戦いの火蓋が切られた。

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