第二章

クラブ活動

 レーカが地底にいてまだ幼い頃、こんなことがあった。この頃はお転婆気質はなく、むしろ少し人見知りな一面もあるくらいで他者と接することがどうにも苦手。一人っ子だったために親しく話すことができたのは両親であるアトラスとヒメカくらいであった。そんな中で妹のように接してくれる数少ない者たちがケタルスたち四人である。


「なあ、レーカはどう思う?」

「え?」

「ラミニとルミニはじゃれてんのか喧嘩してるのか分からないけど、いつもラミニが悪いんじゃないかって俺は思うんだ……」


 レーカの隣でケタルスがくだらないことを問う。今もその近くで何やら言い合いをしている。ラミニが自分のおやつを食べただの、ルミニがタイミングを待つのが悪いだの。今はおやつで揉めている。


「だいたいラミニはもったいないのよ。早く食べちゃうし、急いでるから手をしっかりと洗わないし!」

「そういうルミニだってなかなか食べようとしないじゃん!」

「ぐぬぬぬぬ……」

「ぐぬぬ」

「「ふん!」」


 眼光を互いにぶつけ合い、バチバチと音を立てる。やがてそっぽを向いた。


「あーあ、仲良いのかわかんねぇ……」

「そうだねー!」


 レーカもうんうんと頷く。その様子を見てケタルスは微笑ましそうな表情となる。会話の距離感は本物の兄妹のようだ。

 レーカは彼らと過ごしてから、お転婆な一面が見え始めた。それでアトラスは心配症になるわけだが、今の活発な姿はケタルスたちのおかげである。




「確かに、そんなこともあったなぁ……」

「そうね、すごく懐かしいわ」


 ケタルスの発言にルミニが同調した。ラミニもヨーロもどことなく、頷いている様子だ。


「あ、今日はもう帰るね!」

「おう、そうか。じゃあな!」


 ケタルスが手を振ると、レーカは背中を向けて走る。一緒にいたルリリも帰路に着く。それからケタルスたち四人もそれぞれの家へ向かった。

 それから次の朝になり、レーカは嬉々としてルリリの席のもとへ。机の上に音を立てて両手を置いた。


「ねぇルリリ! 私、決まったよ!」

「ほんとに! 何にするの?」

「ええと。身体を動かしたいのもそうなんだけど、武術とか……どうかな?」

「武術?」


 ルリリは予想の斜め上の答えに聞き返してしまう。


「そう。なんというか、本気で戦うんじゃなくて演劇みたいに……魅せる感じのがいいなって」

「なるほど」


 魅せる武術。エンタメとしての武術なのだろう、レーカはたまに大会でも開きたいとも言った。


「ん。私も入る。ネスには私から伝えとくから」

「うん、お願い!」


 そしてレーカたちは武術部なるものを立ち上げることとなる。


「話は聞いたぞ、俺も入る 」

「やっと来たか、ネス」

「ルリリも、ネフテュスも来てくれた。これから、私のクラブが始まるんだ!!」

「「おおーっ!」」


 三人で片手を高く突き上げて意気込む。まだメンバーは三人だけだが、レーカはもう少し集めたいと考えていた。



 ***



 学校から離れた地で情報を吟味する三つの影があった。部屋は薄暗く、壁の隙間から差し込む光がやけに眩しい。その中の一人が時の流れをしみじみと呟いた。


「もうどれだけ時が流れたんだろうねー。なぁ、そう思うだろ? クローゾ」

「ははっ。そうだな、今や英雄様の娘が学校に通っている。実に面白い!」


 クローゾと呼ばれた殻人族はかなり大柄で翅がない。代わりに背中を分厚い外骨格が覆いつくしていた。

 ──クロカタゾウムシ。それが彼の祖先である。クローゾは座りながら己の甲殻武装の長い柄を杖のように立て掛けている。


「それにその少女は甲殻武装を持たないと聞きますからね。本っ当に、不気味ですよねー。あぁ、不気味だ……」


 次に口を開いたのは小柄な少年。二対の楕円状の翅と金髪に黒のメッシュが一房。目は褐色で、ぎらついている。

 少年──キースの祖先はスズメバチだった。

 最後にクローゾとキースを仲間にした殻人族が再び吐き捨てる。


「ああまったく、優生思想が広がったと思えば突然に湧いてくる英雄の末裔か……。めんどくさいなぁ」


 ハイネは気だるそうな様子だったがクローゾが立ち上がって叫ぶ。


「要はあの娘を潰せば波乱も起こらないんだよ! だから、俺か行ってやる……っ!」

「ああ、わかった。期待しているよ、クローゾ。あの少女を、潰せ……」


 その勢いにハイネは頷くと、前髪の奥で赤い双眸を光らせた。



 ***



 部活が始動したのはいいが、仮に大会を行うとする。トーナメント方式の場合、少なくとも四人は必要だ。レーカたちはクラブが始まってすぐに気がついた。

 ──あと一人以上、メンバーを増やさなければならないことに。


「だれか他に入りたい人いるかなー?」

「ん。たぶん、いる。……できるならレーカを対等に見ている人がいい」

「ああ、見下しているやつはいらないな」


 ルリリの希望にネフテュスが頷いた。ネフテュスは若干、張り切っているようにも見える。

 それすなわち──


「対等じゃない奴はぶっ潰す……!」


 張り切り方が予想の斜め上であった。ルリリはその言葉を聞いて、ため息をつく。それからルリリはひとつの提案をした。


「張り紙をすればいい」

「張り紙?」

「そう、私たちのクラブを知らない人へ向けてポスターをつくる。これを壁に貼り付ければいい」

「おぉぉおぉ……!!」


 レーカは目を丸くして、拍手をする。パチパチと乾いた音がルリリをなんとも微妙な気分にさせた。なぜこんなことで拍手をするのか、不思議だったのだ。


「なに、どうしたの……?」

「いいや、なんでもない」


 やはりこの子は常識が欠けていると、ルリリは再認識する。同時に友人として、レーカを常識人にしなければとも思ってしまう。


「とにかく、ポスターをつくろ?」

「うん! 」

「ああ、ポスターだな!」


 ネフテュスの考えていた活動から始まらないことに少し声のトーンが落ちたが、まだやる気は残っているようだ。


「で、どう作るんだ?」

「ネス、紙に活動内容を書けばいい。何か飾りを書き加えたりとか。あとはまかせた」

「……おい。まあ、いいか」


 ネフテュスはルリリの丸投げにそのまま頷くと、教室のほうへ紙を取りに向かう。驚くことに仕事が早く、飾りを書き加えるにもルリリのお眼鏡にかなうものだった。


「くっ。なんか腹立つ」

「せっかく奮闘したのに、酷いことを言ってくれるなルリリ」

「だってこんなベストな結果を出すとは誰も思わない。少なくとも私は思わなかった」

「相変わらず酷いなオイ!?」

「……ありがとう」


 正体を表したなとばかりにルリリが嗤う。しかしルリリは小声で礼を伝えると小走りでポスターを貼り付けに向かった。

 貼り付ける場所は──コロッセオの入口横。


「ねぇ、ルリリ。ここに貼ってもいいのかな?」

「大丈夫じゃないかな?」

「疑問を疑問形で返すな……」


 ルリリの曖昧な答え方にネフテュスはなんとも不安感を覚える。ネフテュスと知り合ってから現時点まででルリリはどこか暴走気味なのだ。原因は分からなかったが、ネフテュスはどうにも無視することができなかった。


「これも貼り付けたし、とりあえず……待つよ!」

「おおー!」

「……まあ、いいか」


 拳を高く突き上げるルリリとため息をつくネフテュスを見回しながら、レーカは微笑んだ。




 翌日になって、二人の少年少女がクラブの仲間入りを希望していた。レーカのもとへ駆け寄り、クラブについて詳細を尋ねる。


「ええとね、普段は自分たちで鍛錬してたまにトーナメントみたいなのができればなって思ってる!」


 話を聞いて、期待の眼差しがレーカを射抜く。ルリリもネフテュスも、レーカの後ろで微笑を浮かべていた。


「まあ簡単に言うと、みんなで切磋琢磨しよーう! ……みたいな感じ」

「ルリリ、簡単に説明しすぎだ。逆に分からなくなるだろ」

「む。ネスのくせに生意気な」

「うぉい」


 そしてレーカが自己紹介をお願いすると、その二人が順番に話し始める。


「俺はシロキ。先祖はカミキリで、甲殻武装はスピアだ。よろしくな!」


 灰色の短髪に縦にたくさんの筋が入った灰色の翅を持つ。目は漆のような黒で瞳の奥が霞んでいるように見える。レーカは容姿を見て思った。


(身長が、高い……!?)


 そして次に自己紹介したのは不思議な雰囲気を纏う少女。


「あ、私はロニ! 先祖は特殊なクワガタ、らしいです!!」


 金髪赤眼。髪はボブカット程度で、眼がくりりとしている。翅は鈍い黄土色で祖先はオニクワガタの一族だ。不思議な雰囲気の正体までは掴めないが、レーカはどこか親しみやすさを感じる。


「あ! 言い忘れてた、よろしくね!」

「うん、よろしく!」


 ロニとレーカは握手を交わす。ロニは軽快に笑った。



 ***



 シロキとロニが仲間入りして、数日が経過した。レーカの周りに対等な友人として、小さな派閥とでも言えばいいのだろうか。レーカたちが大きな旋風を巻き起こす、その予兆なのか。

 それとも──。


 レーカたちの平穏な日常はすぐに音を立てて、崩れ去ることとなる。

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