黒い篭手
再び学校へ通う週となり、レーカたちは教室で会話に花を咲かせる。ルリリに提案されたのはその時だった。
「ねえ。私、思うんだけど」
「なに?」
「レーカの能力が硬化なら、手を何かで保護した方がいいんじゃないの?」
「あー、確かに……」
「いや、むしろ身につけない方がいいと思うぞ」
レーカは納得するが、それに言葉を被せる者がいた。トーナメントでレーカと戦ったシロキである。彼はそのまま理由を述べた。
「あの時の一撃……強烈だったからな! もしも篭手をつけていたら威力が損なわれるんじゃないか?」
確かに一理あるとルリリは下を向く。実際に打撃を甲殻武装で受けたシロキだからこそ、伝えられる意見だった。ルリリはその意見を含んだ一つの結論にたどり着く。
──それは薄くて頑丈な生地の手袋にする、ということだ。
「なるほど! ルリリ、私はそれがいい!!」
レーカにはとても良い案に感じたらしく、人差し指をルリリへ向ける。それからシロキも傍から見ていたネフテュスもロニも納得した様子を見せた。
「レーカ、今度麻を見にいこう」
「うん、もちろん!」
こうしてレーカとルリリの『手袋作ろう大作戦』が始まったのである。しかし、一連の場面を眺めてネフテュスは思ってしまった。
「もしかしてお前、手袋をはめたレーカを見たいだけなんじゃ──」
「ネス、それ以上は言ってはいけない。いいね?」
「お、おう……」
無言の圧力でルリリはネフテュスを黙らせる。ネフテュスは両手で白旗を上げた。
***
翌日の放課後、レーカとルリリは市場までやって来ていた。並ぶ露店はどれもこじんまりとしている。しかし、市場の規模がそれなりに大きなものだった。それぞれ並ぶ品物は衣類や染料、食品や素材など。
「レーカ、こっち」
「う、うん……」
ルリリはレーカの手を引いて、目的の店へと向かう。強引に手を引かれながら、レーカは困惑した。
「ここだよ」
「っ!? 本当にここなの?」
「もちろん。フラムいるー?」
目的の店は大樹のちょうど影となる場所にある。レーカからしても少し不気味だ。ルリリはお構い無しに店主の名前を呼ぶ。
「はーい! ああ、ルリリ。いらっしゃい!!」
店の奥から現れたのは黄緑色の髪を伸ばした──やけに小さい少女だった。その背丈はレーカよりも低い。そしてルリリはフラムを見下ろすような形で要件を伝えた。
「今日はレーカに麻の手袋をお願いしたくて」
「手袋……? 何に使うの?」
「レーカの手を保護するために」
ルリリはレーカへ目を向けて許可を得る。追加情報としてレーカの能力を伝えた。話を聞いたフラムは少し考えて、より良い答えを出してみせた。
「それなら……麻の編み方を変えるのはどうですか? 普段出回ってるのは飾りとして模様ができるように編まれていますから! だから、模様関係無しにガッチリと編むのは?」
商品を手元に持ち出してフラムは説明する。
確かに、とルリリも納得した。普段身につける衣服は艶があるようでその実は飛ばし飛ばしに編んでいる。そしてルリリは対価となる物を差し出した。
「はーい、ルリリ。いつもありがとね!」
「ん。また来る!」
ルリリとレーカは店を後にする。レーカは終始強引なルリリに困惑していた。
「ねぇルリリ、良かったの……?」
他の露店を見回しながら来た道を戻り、ルリリに尋ねる。
「ん。もちろん。これは私の目的も含まれてるから」
「え?」
「ううん、なんでもないよ」
手袋を身につけたレーカを見たいという、欲望にまみれた──否、保護者のような一面を誤魔化す。ルリリはレーカに恋愛感情を抱いているわけではない。
しかしルリリは、可愛いものに目がなかったのだ。だからレーカの手袋の代金を自分で払ったということになる。
「ルリリ」
「ん、なに?」
「あ……ありがとう!」
レーカは満面の笑顔で礼を言った。
「これが、戦いで手を保護するための手袋か?」
「そう! ルリリが全部買ってくれたんだ!」
さらに翌日。レーカは教室でシロキに自慢をする。レーカの言葉を聞いていたネフテュスはルリリにジト目を向けるが、ルリリはネフテュスを無視していた。
「えぇ、おい!? お前まさか、本当に──」
「ネス。それ以上言ったら、どうなると思う?」
「あー、な、なんでもない……」
ネフテュスをまたしても黙らせる。ルリリは親代わりのキマリに性格も良く似ていた。ルリリはネフテュスに対して苦労人の素質があると目をつける。その悪だくみはルリリの心のメモ帳にしっかりと刻み込まれたのだった。
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