醒誕篇

第一章

過去の爪痕

「母さん、それじゃあ行ってくる!」

「はい、行ってらっしゃい」


 少女は母親に一声かけて、家を飛び出す。

 いつもの通りを駆け抜け、いつもの角を曲がり、少年は露店に駆け込んだ。少年はいつものように、燃料の薪を買おうと店主に声をかける。


「おっちゃん! 今日も買いに来たよ!」

「いつものだな、あいよ。お代は……」

「これでお願い!」


 少年は店主にオレンジ色の果物を差し出す。すると、店主は目の色を変えた。店主はうんうんと二度頷く。少年の顔を見下ろして、店主は口を開いた。


「ああ、交渉成立だ。だが、半分でいい」


 店主は甲殻武装を取り出して半分に果物をカットする。そしてその片方を少年に渡した。


「せっかくの果物だ。一緒に食べよう」

「……うん!」


 店の横の丸太に座り、二人は果物を齧る。じゅわっと果汁が口の中で広がり、少年は頬を持ち上げた。柑橘系の風味でありながら、ほんのりと優しい酸味が味覚を楽しませてくれる。

 少年にとってそれは、思い出の味だった。




「か、母さん……? 母さん、大丈夫!? 誰か! 誰か助けて!!」


 少年は村のはずれで泣き叫ぶ。その傍では、少年の母親が地面に横たえており、腹に傷を負っている。少年は叫んで村の住民に助けを求めるが、物音の一つさえも聞こえない。

 ──誰もいないのだ。

その事実に気づいたところで、木陰の裏から声が聞こえた。


「やあやあ、まだ生き残りがいたのかい?」


 キッ、と少年は声の主を睨みつける。


「そんなに警戒しないでほしいね。俺は君のような少年を救いに来たんだから」

「救いに……?」

「そうだ。この村の住民は世界の真実を知ってしまった」


 少年は目を見開く。そして彼は最後にこう告げた。


「だから、真実を知る者を抹殺したんだ。この集落に残るのは無知なる者たち……それだけだ。もし怖いと思うなら、俺についてくるんだ」


 少年はそっと首を縦に振る。

 それから影──ハイネは少年を己の傀儡へと仕立てるのであった。


 それからいくらかの時か流れ、少年は青年へと成長した。久々に村を訪れてみれば、変わらない街並みに安堵するも見知った露店も自らの両親も、誰もいない。


「そんな、マジかよ……」


 少年は絶望するほかなかった。既にハイネの手によって殺害されていたのだろう。しかし不思議なことに、亡骸は見つからない。


「やっぱり。レーカの言った通り、あいつは敵なんだ」


 敵であるハイネに青年は与していたが、青年はどうしてもハイネを味方だと思いたかった。そうでなければ、自分の今までの行動がすべて無に帰してしまう。

 しかしこのように現実を見ることで、認められなかった自分をやっと認めた。そんな時、背後から何者かが現れた。


「そうだよ、全部その通りだ……。俺は君たちの敵。それでも君だけは、俺に逆らえない」


 現れたのは──やはりハイネ。

 同時に逆らえないという理由を説明した。


「君の両親は今、俺の手の内にある。いつでも杭ではらわたを突き破ることができるんだ」


 ハイネはそう、笑顔で言ってのける。

 絶望的な自分の立ち位置に、怒り狂って反撃する気力も湧かない。悪魔ハイネの言葉に青年は表情を歪め、そして顔を俯かせたのだった。



 ***



 森林大会は幕を下ろした。

 レーカがハイネに一度の勝利を期してから、またしてもハイネは逃走。それから数日して、レーカたちは故郷ともいえるブルメに帰ってきた。


「みんな、ただいまぁぁぁぁ!!」


 校舎に向かって、レーカは喜びを叫ぶ。その後、レーカたちは各々の家へと帰っていく。

 森の外れのほうまで歩き、大きな池の近くにレーカの家はある。扉を開け、帰りを待っていたヒメカに飛びついた。


「お母さんっ!」

「あら、おかえりなさい。レーカ。大変だったそうね、お父さんから聞いたわ」


 アトラスは既に帰宅して休んでおり、部屋の奥からレーカの名前を呼んでいる。


「レーカ。ちょっとこっちに来てくれないか? 大事な話をしなきゃならない」

「ん……?」

「あ、ヒメカもこっちに来てくれ」

「あら。そんなに改まって、どうしたのかしら?」


 休んでいるアトラスのもとへ脚を運ぶと、上体を起こしたアトラスが待ち構えていた。ゆっくりと口を開いて、アトラスは己自身についてを話し始める。


「俺の血筋についてだ。これは生前……父さんに言われたことでもあるんだけど、俺たちの血筋は【勇者】と崇められた一族なんだ。もちろん、それはレーカにも言える」


 レーカは理解が追いつかず首を傾げるが、ヒメカは顔をこわばらせた。そして妙に納得したような表情を見せた。一度、深呼吸して口を開く。


「じゃあ、アトラスの能力が強力なのも、それが原因……なのね」

「いや、それもそういう訳じゃないんだ」


 アトラスは言葉を区切って、斜め下を向いた。声のトーンを低くして言う。


「だからその分、能力が完全に開花するにはとても時間がかかるんだ。それで恐らく今、レーカは能力が目覚めているな?」

「──うん。クローゾと戦う前に私の身体が光ってた……って、ルリリが後で教えてくれたわ」


 レーカはそう、理解を示した。そして、アトラスに質問をする。


「じゃあ、私に甲殻武装がないのは、どうしてなの……?」

「それは」


 原因は間違いなく自分アトラスにある。その事実をしっかりと理解しているが故に答えることがつらく、そして怖い。

 アトラスは勇気を振り絞って、レーカの双眸をじっと見つめた。

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