勇者の代名詞

「レーカ、今からお前の異能について正直に話そうと思う」


 レーカの目にじっと視線を合わせながらアトラスは口を開く。そしてアトラスは過去の戦い──アトラスたちが英雄となるまでの経緯を話し始めた。



 ***



 かつて勇者が日食魔蟲に立ち向かった。

 その勇ましい姿は紛れもなく、俺の父さんのもので名前はマルスという。父さんが日食魔蟲に敗れるまでに、俺は一度重症を負っていた。日食魔蟲ヘラクスの弓矢によって甲殻武装を生成する器官、脚跡の鎧を抉るような一撃を受けたのだ。


「ぐっ……がはっ!」


 地の底に叩きつけられ、むせかえるような衝撃と痛みに襲われた。父さんを助けようとしたのに、その行動が無駄に終わってしまう。

 でも、今ならわかる。あのときはまだ……未熟者だったのだ。

 おまけに母さんに心配させて、能力を使わせて、片側の脚跡の鎧クラストアーマーが機能しなくなってしまった。


 そして俺は復讐心にかられ、黒幕のサタンを倒すことになる──。



 ***



「恐らく、俺の甲殻武装の欠損がお前に影響したんだと思う。ごめんな、レーカ」


 自分がどうにかできる事でもなく、誰かに解決できる事でもない。それでもアトラスはレーカに謝った。


「────。私は……」


 レーカが何かを言おうとするが、アトラスから発せられる重たい雰囲気にすぐ口を噤んでしまう。思わずヒメカのほうへ助けを求めるような視線を向けてしまった。


「レーカ。何か思うことがあるのなら、今ここで言いなさい?」


 ヒメカもレーカの異能については何か察していたようで、首をくいっとアトラスへ向けてレーカを促す。ヒメカの言った言葉通りに「話してみなさい」ということだろう。


「私、謝られるようなことは何もないわ。だって、この能力は生まれつきだもの!」


 同時にレーカは「自分で認めるしかない」とも言う。諦めのようで、決して諦めではない言葉だった。レーカは両手で拳を握り、両手をぐっと立てる。

 レーカ自身の意思表示だろうか、瞳の奥で炎が揺らめいていた。


「そうか、許してくれるのか……。レーカ、ありがとう」

「許すもなにも、問題になってないわよ」

「そうか」


 アトラスは短く頷き返すと、ふとレーカの変化を感じた。


「レーカ」

「お父さん、どうしたの?」

「お前、ヒメカに似てきたな。成長したというのか、なんというのか」

「それってどういう意味よ!?」


 ヒメカがアトラスを睨んだ。肩をびくりとさせたが、アトラスはすぐにニュアンスを訂正する。


「あー、違う。違うよヒメカ。俺は嬉しかったんだ。レーカの成長が嬉しい……それだけだよ」

「そう、なのね……」


 妙にしんみりとしたアトラスの物言いに、ヒメカはどこか照れくさそうな表情となる。その二人をレーカはじっと見つめた。


「っ!?」

「っ……」


 ある意味二人の空間となっていたために、咳払いをするアトラスとヒメカ。レーカは自分の両親の姿を見て、ニヤニヤと笑みを浮かべた。


「か、からかうなよ。レーカ」

「からかうのはやめなさい! レーカ」


 あまりにも揃った反応にとうとうレーカは吹き出してしまう。


「ふっ……ふふふふふふふっ‼」


 レーカの様子を見て、二人は口を閉じる。頬を少しだけ染めて、ヒメカはレーカのほうへ視線を向けた。そしてもう一度咳払いをして口を開く。


「──こほんっ。れ、レーカ? その、私たちをからかうのはやめなさいっ!」

「なんか口調がおばあちゃんみたいになってるわよ、お母さん……」


 アトラスの母親、シロナ。妙に弾んだ口調が似ているように感じたのだろう。脱線した空気にアトラスが話題を割って切り替える。


「とにかくだ。レーカ、ありがとう。お前のおかげで、俺の憂いは晴れたよ」


 アトラスの憂い──それは「レーカの異能のせいで悩んでいるのかもしれない」というもの。アトラスはレーカをとても心配していたが、それは杞憂に終わったのである。




 それから数日が流れたある日。レーカのクラスではギンヤが表情をしっかりと保ったまま、ただただ沈黙が流れていた。誰かのゴクリと喉の鳴る音がする。

 そして突然にギンヤは告げた。


「……今日は編入生を紹介するぞ! おーい、入ってくれ」


 沈黙の場が一気に崩れ去る。誰かのため息がレーカの耳に届く。

 ギンヤは扉の向こうへ合図をすると戸が開いた。入って来たのはオレンジ色の髪をポニーテールにした特徴的な少女。森林大会でレーカとともにクローゾへ立ち向かった、異形の如き甲殻武装の少女。


「あー!! プリモ!」

「久しぶり……ってほどでもないわね。また会えて嬉しいわ、レーカ!!」


 少女──プリモは首を横に傾けて微笑んだ。

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