いざ、タラン

 レーカの修行も数日が続き、いくらか加速させることに慣れてきた。


「もう十分に慣れてきたようだなー 」

「はい……っ、ありがとうございます」


 森林大会はもうすぐであり、もうじきにブルメの森を出発となる。その前にさせられたのは僥倖と言えるだろう。


「レーカは、出るんだよね? 大会」


 教室でルリリはレーカに尋ねた。レーカはいつも通りの口調で返す。


「もちろん参加するつもりだけれど、ルリリは?」

「私は迷ってる」


 ルリリは迷うと言うが、元より出場するつもりは無いようだ。力不足と感じているのかあるいは、ただ単にレーカを応援したいだけかもしれない。でもルリリに出場する気は無いことは確かだ。


「俺は出るぞ。シロキもな」

「おう」

「ネスがレーカに負けるの、楽しみにしてる」

「……なんで俺が負ける前提なんだ!?」


 レーカたちの話に割って入ったネフテュスとシロキ。彼らは大会に出る予定のようで、ネフテュスはルリリにからかわれてしまう。

 シロキはその光景を微笑ましそうに、どこか眩しそうに眺めていた。


「私はええと、やめておきます。多分家の人が出るから……」


 ロニ。彼女曰く家系が特殊なために甲殻武装の能力も特殊なものであるらしいが、今回は辞退するようだ。


「そうなんだ。でも家の人? 一緒に出ればいいのに」

「私じゃあ、あの人には勝てないから」


 ロニの諦めている様子を見て、レーカは複雑な心境になるがこれ以上は何も言わなかった。




 遂にレーカたちはタランの森へ移動する日を迎える。


「レーカ、忘れ物はない? 大丈夫?」

「もちろん大丈夫よ!」

「それじゃあ、行ってらっしゃい!」

「うん、行ってきます!」


 レーカはヒメカに手を振ると、家を飛び出していった。今この場にはアトラスはおらず、未だに調べ事の真っ最中である。

 それからレーカは学校に到着して、コロッセオにて集合。


「おう、皆集まったなー?」


 ギンヤの言葉に生徒たちが互いに頷く。数瞬して、ギンヤへ視線が集まった。


「俺たちはこれからタランの森へ向かうが、その際に注意して欲しいことがある」


 ギンヤは一呼吸おいてから、細々とした声で言う。


「……土竜ドラゴンに、気をつけるんだ」

「「「はい!」」」

(あー、確かに気をつけないといけないわ……)


 生徒たちが声を張り上げる中、レーカは遠い目で自分の幼少期を思い出す。


「それじゃ、出発だ!」


 一行はタランの森へ歩を進めたのだった。



 ***



 道中は特に何が待っているということもなく、平坦な道が続く。土竜も現れず、安全な道を気ままにレーカたちは進んでいた。


「レーカ」

「ん? ネフテュス? どうしたの?」

「少し気になったんだが、お前はルリリに出てほしくはなかったのか?」

「そりゃあ、もちろん出てほしかったけど」


 ネフテュスはルリリの考えをなんとなく察していたが、レーカの前では口にしない。しかしネフテュス自身、ルリリに出場してほしいとは考えていた。


「それなら、あいつが大会に出るよう説得してくれないか?」

「別に、ネフテュスから頼めばいいじゃない」


 レーカは至極真っ当な答えで返す。その言葉に少し肩を震わせながら、ネフテュスは苦し紛れに答える。


「俺からあいつに頼んだら、変に疑われちまうからな……それに」

「それに?」

「日頃の恨みを返せなくなる」


 ネフテュスはとても冗談とは思えない形相で言う。


「それなら、私は言わない。ネスが頑張って言えばいいと思うわ」


 自分で自分の「首」を締めた。

 ネフテュスは自分の悪巧みが失敗に終わるのだと悟る。おまけにレーカの心底軽蔑したようや視線に心が凍り、レーカが去った後に吐き出した声はうめき声だった。

 平原地帯を越えてまっすぐ進み、タランの森が見える。レーカは目をキラキラと輝かせて期待感MAXの状態でタランへ続く道を歩む。


「うわぁあぁぁ……!」


 タランの森はブルメの森と基本構造は変わらない。しかしブルメの森は青い空が似合う外観をしているのに対し、タランの森は暗い夜にこそ印象が映える建物の外観をしていた。ホタルの光を街灯に用いており、夜はテンションの上がること間違いなしだろう。


「ん?」

「どうしたのルリリ?」

「手に、なにかが」


 ルリリの手の甲に何かが止まった。

 黒から赤色にグラデーションのかかった胴体。お尻がつんと紡錘形をしている。ルリリの手に止まったのは、原生種のホタルであった。

 前脚をちょこんと上げてルリリに挨拶。そのまま飛び去っていく。


「ここがタランの森だ。早速皆と合流するぞー」

「「「はい!」」」


 ギンヤの指示で皆が森の中央部へ向かう。そこで待ち受けていた人物はギンヤの良く知る人物であり、一度世話になった人物。


「お久しぶりです。ランドゥスさん」

「……ああ。久しいな、ギンヤ」


 その人物とはレギウスの父親でもあるタランの森の管理者トップ、ランドゥスだった。


「ブルメの皆も、よく来てくれた。これから大会が始まるのを楽しみにしている」


 ランドゥスは挨拶の一言だけ伝えると背中を向けて去っていく。それからランドゥスの遣いに案内され、ブルメ組の来賓館へやって来た。来賓館はコロッセオや繁華街の近くに位置しており、非常に便利な立地だ。次に各々の部屋へと案内される。

 部屋の中はベッドが縦に並び、男女で部屋は別。男部屋ではどちらが上の段を取るか、争いが起こるとレーカは容易に想像できてしまい、思わず笑みがこぼれた。そして一緒にいたルリリは下のベッドに座り、身体を横たえる。


「これは極、楽……!」

「そんなに楽なの?」

「うん。パッと見ブルメのものと変わらないのに、すごいふかふかしてる」


 そう言われるとますます気になってしまう。実際にレーカも梯子を登り、上段のベッドに寝そべると目を見張った。


「ッ……!?」

「ほら、すごいよね。どんな生地を使ってるんだろう」


 ぽんぽんと軽く手で押してみる。手はかなり奥まで沈み、それはレーカたちの知っているベッドではなかった。荷物を部屋に置き、モフモフを堪能したところで集合の合図が耳に届く。


「皆、ロビーへ集合だ」

「「どこから声が!?」」


 ベッド横のキャビネットから声が聞こえた気がする。見るも聞くも新しい物に気になるが、呼ばれた通りに階下のロビーへ向かう。


「これからここの施設について説明しようと思う。さっきも声を届けたが、ここにはつる電話というものがある。部屋ごとに一台ずつあるから必要な時には連絡を入れるように。それとだ」


 一旦間を置く。そしてギンヤは特に大切な事を伝える。


「この大会は出る出ないは任意だが、森以外の集落から出場する者もいる。だからくれぐれも揉め事は起こさないようにな」


 そうなのだ。この森林大会というものは森という都市圏だけでなく、小さな集落からも参戦者が幾人かいる。当然考え方も異なる点があるだろう。

 如何に正当な理由でも揉め事はしないようにと、ギンヤは再度念押しした。


「「「はい!」」」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る