異能の終着点

 レーカも実際に血管の筋肉を動かして、全身へ血液を巡らせようと力を込める。


「血流は加速、してる……? でも、何かが変な気がするわ」


 血流が加速してはいた。実際にドクン、ドクンと音を立てる感覚もあった。

 しかし手元に視線を落とすと身体が硬化してしまっている。そのためか、上手く血流を送り出すの難しい。


「変……? レーカ、それはどうしたの?」

「ううん、何でもないよルリリ。間違ってはない、と思うんだけどね。なんか硬化しちゃって……えへへ」


 レーカは作り笑いで返すが、いつもの硬化とは明らかに異なっていた。所々、血管の凹凸が尖って見えたり全身に血液を巡らせるほど、皮膚が硬くなっている。ルリリも遠目から分かるほどに、その硬さは異常だった。肌が鈍い色へと変わり、光をぼんやりと反射している。


「先生! ちょっと、レーカが!」

「あー、わかった。今からそっちに行く」

「ん!」

「……ああ、これは何か変だな。レーカ、血流をゆっくりと遅くするんだ。できるか?」

「ごめん、先生……ちょっと無理…………」


 ギンヤがレーカのほうへ駆け寄るが、ギンヤもすぐに只事ではないと理解するとルリリに指示を出す。


「ルリリ! 肘を押さえてレーカの手首をこっちに出せ!」

「ん、わかった」


 ルリリはレーカの肘を両手で押さえ、手首から先をまっすぐにギンヤへ差し出した。


「え? な、なに……!?」

「少し冷たいのは許せよ……【幻氷開放】!」


 ギンヤは以前のように血流の加速とともに冷気を纏う。そしてその手でレーカの手首に触れる。ギンヤは血管を冷やすことで血管を狭めるつもりなのだ。


「くっ……んん!」

「すまん、負担が重いかもしれんが……耐えてくれ」

「はい……!」


 レーカは落ち着きを取り戻し、深呼吸を繰り返して自分の調子を整える。


「ありがとうございます、先生」

「ああ、いいんだ。なんにせよ、大事にならなくて良かったぞ」


 ギンヤも内心ほっと胸を撫で下ろす気分であった。それを隠すように大袈裟な言い方になるが、表情は安心しきった顔のままである。


「一体、どうして……」

「アトラス……お前のお父さんは前に何か言ってなかったのか?」

「ううん。血流の加速を意識したのは初めてだったし、何もわからないです」


 いくらアトラスが先の戦いで脚跡の鎧クラストアーマーの片方を失ったからといって、ここまでレーカにその性質が受け継がれるものなのか。ギンヤはそんな疑問を抱いてしまう。その欠陥を補うために異能が発現したのであれば確かに辻褄は合っているが実際は、レーカの異能は【根源開放】と部分的に重なるところがあった。


(やはりまだ異能の発現が不完全なのか……! 今度アトラスに聞いてみるか)


 そう思いながらギンヤはレーカに一度練習を止めるよう言い渡す。そしてレーカに頼み──アトラスと会う機会を作ってもらうことをお願いした。

 周りを見てみれば一瞬だけ黄緑色のオーラが見える者もおり、対して飲み込みの遅い者も少なからずいる。目視で全体を把握するとギンヤは授業終了の言葉をかけた。


「そろそろ終わりにするぞー! 練習はまた今度だ。教室に戻れよー」


 生徒も頷いて次々と校舎に戻っていく。その中でレーカは悩みを抱えたまま、とぼとぼと歩いていた。

 心做しか、空は雲が覆い始めていた気がする。



 ***



「なあ、アトラス。レーカのことなんだが」

「また何かあったのか……? それともレーカが何かやらかしたか?」


 ギンヤは一度アトラスに会って話す機会を取り、レーカに備わっている異能と【根源開放】の際の不調。それらについてアトラスに尋ねた。


「いや、まさか……本当に?」

「いや、何がだよ」

「最初に硬化の能力が発現したときに、体温が高いなって思ったのと……黄緑色の光が見えた気がしたんだ」


 レーカはそもそもが同じ過程だから実際にどう身体を動かせばよいのか分からない。アトラスはそう考える。

 言ってしまえば自分の手に意識を向けて脚を動かすようなものだ。感覚を掴むまでが長くなるだろう。


「ギンヤ」

「少し嫌な予感がするが一応聞いてやる。何だ?」

「少し空いた時間にでも、レーカの稽古をつけてやってほしい」

「はぁ……。やっぱりか」

「頼むよ。ギンヤ先生?」

「あーもう、わかったよ! お前といいお前の娘といい、揃って手間がかかるぜ」


 おどけた口調でアトラスはギンヤを煽る。ギンヤは再度ため息をつくと、軽く頷いた。


「その代わり、お前も調査……頑張れよ」

「ああ、もちろんだよ」


 ギンヤは最後にアトラスを労い、アトラスは複雑な表情で頷く。アトラスにもやらなければならない事がある。


 ──それは優生思想と呼ばれる集団の追跡。

 アトラスはレーカの一件依頼、ハイネたちの影が見え隠れする集団、それらを探し回っているのだ。



 ***



「レーカ、今日から稽古をつけてやる。俺が止めてやるから思う存分に血流を加速させろ」

「は、はい!」


 ギンヤは明朝にレーカと対峙し、稽古をつけていた。レーカは全身に力を込め、少し力んでしまっている。加速したと思えば手脚から硬化が始まり、それをギンヤに止めてもらう。

 その繰り返し。


 ギンヤは【幻氷開放】によって地味に負担が蓄積していき、額に脂汗が浮かぶ。日がある程度昇ってきたところで甲殻武装を仕舞い、ギンヤはレーカを教室へ戻るよう指示。

 レーカはこの訓練を日課にしなければならない。

 朝早くに起床して食事をとり学校へ向かう。母親であるヒメカにも負担がかかるがアトラスが頼み込むとヒメカは快く了承した。

 ──そして数日して、判明したことがある。


「レーカ。お前の異能は甲殻武装とは違う能力だ。しかし決して劣った能力ではないのかもしれない」


 ギンヤは稽古をつけている中でレーカの異能と脚跡の鎧クラストアーマーの欠損は殻人族の進化であると考えていた。

 ギンヤは理由をレーカに説明する。


「俺たちが普段使う【根源開放】は甲殻武装とは別で血液を加速しなければならない。でも、レーカのは違う。身体強化を重ねられるんだ!」


 そしてギンヤは化けるのが楽しみだと言う。目を輝かせてレーカは大きく頷いた。




「おはよ、レーカ」

「うん、おはよぉー。ふぁぁ…………」

「なんか眠そうだね、大丈夫?」

「ギンヤ先生と【根源開放】の練習してたんだけど、とても大変でさ」

「……?」


 やはりというべきか、レーカは朝からヘトヘトになっていた。ルリリはハードな練習をいまいち想像できずに首を傾げる。


「ルリリ、助けてぇー」

「え、な、なに? 何を助けるの!?」

「役割代わってよぉー!」

「それは無理」


 当たり前だ、と言わんばかりの即答だった。レーカの異能の克服はレーカにしかできず、あるとしてもルリリは陰ながら支えるくらいだろう。


「ん、でも。陰ながら支えるくらいならできるよ?」

「どゆこと?」

「授業中に寝ててもいい。後で教えてあげるってこと」

「ホント!? いいの!?」


 ルリリは「ん」とだけ反応して顔をぷいっと逸らす。


「ありがとう! ルリリ!!」


 ルリリは顔を逸らしたまま、目線だけレーカに向けて頷いた。素直な反応をされると、どこか照れくさいのである。同時にレーカには頑張って欲しいと思うルリリだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る