胡蝶の夢(中編)

 泉のほとりでレーカは発見される。


「そうか。レーカは、今……」


 レーカの身体は元いた食堂から、少し離れた場所に安置されていた。それを発見した者から学校のほうへ連絡が入り、ギンヤとルリリが駆け付けたという訳だ。しかし昏睡状態に陥っており、一向に目を覚まさない。


「レーカ、レーカ‼」


 ルリリのパニック──慌て様は普段の様子からは想像もつかないくらいに激しかった。その状況を見かねたギンヤはルリリの肩にぽんと手を乗せると、口を開く。


「無理にゆすらない方がいい。今コイツは必死に敵と戦ってんだよ、多分」

「はぁ、は──。そう、かもしれませんね」


 ギンヤの説得に、ルリリは落ち着きを取り戻す。一度深呼吸して、今レーカのために出来ることを探す。レーカを襲った未知の敵を探し出すこと、それがルリリに課せられた使命であるように感じた。


「くれぐれも、気を張りすぎるなよ? ルリリ、お前にはそういう癖がある」

「はい、分かりました」


 ギンヤはルリリが押しつぶされることを予見してか、先に忠告をする。その言葉にルリリは頷いてみせた。しかしクローゾといいキースといい、彼らが学校内に侵入できたのがどうにも謎である。レーカを囲む仲間たちの顔を一人ずつ睨んでいき、警戒心を募らせていく。


(さて、どうしてこの場所に近づくことができたのか。あまり疑いたくはないが、怪しいな……)


 ギンヤは内心、そんなことを考えていたのだった。



 ***



「今回もよくやってくれた。いつもありがとうね?」


 ハイネのどこか下に見るような物言いに顔を俯かせながらも、少年はハイネの褒め言葉に頷く。ハイネは軽く息を吐き出して、優しく微笑みかけると少年の肩にとん、と手を乗せた。


「そんなに顔を強ばらせるなよ。心の内が見えてしまうよ? それは……極めて失礼なものだ」


 ハイネはそう答えて、その場を去る。少年は次にハイネがレーカのもとを訪れるのかと考えたが、あっさりと身を引いてしまう。

 後に残された少年はハイネの動向にため息をついた。


(やっぱり、何を考えているのか分からないな……あの男は)


 そして、少年は後ろを振り返る。部屋を移動して壁の奥。医務室で眠り続けるレーカを見守っているルリリやネフテュスたちのもとへ、少年は駆け寄った。


「遅かったな。何してたんだ?」

「いや、特に何でもないよ。少し、野暮用があってね」

「ん。今はレーカがピンチ。私たちに出来ることを探そう」

「ああ……」


 少年は力のない反応を返す。

 傍らでレーカの手を必死に握りながら、ルリリは少年をじっと睨んだ。


「なに、どうかしたの? 


 ルリリの問いかけに、少年──シロキは何も答えない。その代わりに己の甲殻武装、【バトセラボーン】を取り出す。


「っ……!?」

「駄目だ、逃げろ皆!!」


 【バトセラボーン】の能力が発動し、シロキの感覚が共有される。そしてそのまま、シロキは己の腹部に傷を入れた。

 痛覚が共有され、皆の皮膚が切り裂かれる。それからしてその場の全員はじんとしみる痛みに倒れ伏したのだった。


 ──それから数時間して、彼らは目を覚ます。


「ぅん……? ここは?」

「ここは俺の故郷さ。これから君らには俺の言うことに従ってもらうよ」


 目の前には手当を済ませていたシロキが椅子に腰掛けていた。じんわりと痛む腹部に手を添えながら、地面に横たえて身動きの取れないルリリたちを見下ろす。しかも【バトセラボーン】をもう片方の手に握り、いつでもダメージを与えられる状況にある。ルリリたちは蔦で縛られており、この状況を打開することは不可能だ。苦痛に歪むを見て、シロキは暗い笑みを浮かべた。


「俺は────から……だから、ごめん」


 シロキの口元が微かに動く。言の葉を聞き取れたのは、一番距離が近かったルリリのみ。その内容に目を見開くも、悔しくてもどかしくて、ルリリの頬を哀しみの雫が伝って大地を濡らす。


「さて、君たちにはこれから、ある場所に行ってもらうよ。いいね?」


(レーカ、お願い……!! シロキを、救ってあげて──)


 ルリリは今この場にいないレーカに想いを託すのであった。

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