再来の魔人(中編)

 ──世の中には、収斂進化しゅうれんしんかという特異な進化の形がある。ある生物的地位に至った異なるグループの生命が似た形態へと進化する、というもの。

 ギンヤは今、その収斂進化とやらについて説明していた。


「──これで説明は終わったが、何か質問はあるかー?」


 数人が首を横に振り、理解を示す。するとギンヤは生徒一人一人を指差し、グループをつくる。これから始まるのは話し合いだ。


「これからこのグループで話しあって、思ったことを発表してもらう!」

「えぇぇえぇ……!!」


 とても嫌そうな声が教室に響く。その声の主はレーカだ。ギンヤはキッと鋭い目付きで睨み、レーカを頷かせた。


「それじゃ、始めてくれー!」


 各々が思い、考えたことをそれぞれの班で話し合う。レーカはルリリ、シロキ、ロニと班を組み、ネフテュスは何故か他の班だった。班の中で最初にシロキが発言する。


「俺は、昆虫の中で俺たちが選ばれたんじゃないか? って思うんだ」


 理由があるにしろないにしろ、必然にしろ偶然にしろ、殻人族となった者たちの祖先が選ばれた昆虫だったのではないか。これがシロキの考えだった。それについてルリリが反論する。


「ううん。私は絶対に違うと思う。だって、選ばれたっておかしくない? たまたま今の姿のほうが適応しやすかったんだと思う」


 少しの間、ルリリとシロキは睨み合う。シロキの唸るような目線にルリリはやや冷たい視線だ。お互いため息を吐くと、次はレーカとロニに意見を求める。


「レーカ、ロニ。二人はどう思う?」

「え、ええと……」

「あ、あの…………」


 二人は質問の答えを求められていることと、自分がまだ考えを持てていないことに内心、焦ってしまう。だからなのか、二人は支持したい考えを指さした。


「え!? わ、私はルリリの意見に賛成したいな!」

「わ、私もそう思う!」

「ふっ」

「ぐぬぬ……!!」


 ルリリのドヤ顔がシロキに炸裂し、シロキが唸り声をあげる 。

 話し合いが進み、発表の時間となりそれぞれの班が意見を述べていく。『自分たちは偶然今の姿になる条件を満たしていた』とか『殻人族の姿が合理的だった』だとか。挙がる考えはどれも偶然の産物だというものが多い。

 その中でシロキの『自分たちが選ばれたから』という考えは飛び抜けて異質であったようにレーカは感じる。


(うーん、ネフテュスはどう考えてるんだろう。わからないな……)


 シロキの考えにネフテュスの意見を聞いてみたいと思うレーカであった。



 ***



「もう一度ここに来ることになるとはな! ははは、面白い……っ」


 ブルメの森。そびえ立つ大樹の上から英雄の娘レーカのいるであろう場所を見下ろす。歯を剥き出しにして嗤い、甲殻武装クラストウェポンの槌を手に握った。


「キースの失敗は、ここで取り返すこととしよう!!」


 そして『鉄槌の魔人』と云われる殻人族、クローゾは眼下に広がる楽園へ飛び込んだ。

 丁度、平に整えられているコロッセオの位置で着地して、大きな衝撃と砂煙をたてる。衝撃による揺れが校舎のほうまで響き渡り、何かが倒れた。


「この中にいる殻人族、全員に告ぐ! 今すぐに、英雄の娘を差し出せ! この要求を飲まない場合はこの俺がすべてを壊すことになるだろう!!」


 咆哮の如く、猛々しい声が校舎を襲う。中にいたレーカですら耳を押さえるくらいで、どれくらいの声量なのかは想像を絶する。

 クローゾは高い跳躍と疾走でコロッセオの外側へ移動し、校舎そのものへ向けて槌の能力──障壁を展開させた。

 そしてその障壁ごと、 槌で弾き飛ばし校舎を揺らす。中にいる大勢は恐れ慄き、耳や頭を手で覆う。

 その中でレーカは逡巡する。自分が呼び出されていることと、前のように守ってくれる存在がいないこと。自分の犠牲と引き換えに皆が助かるなら……と、考えていた。


「レーカ、俺を忘れてもらっちゃ困るぞ」

「先、生……?」

「俺だってアトラスと共に戦った仲間なんだ。こんなところで生徒一人守れないでどうするって話だよ……!」

「っ…………!?」


 ギンヤはしゃがみ込んで、レーカの視線と高さを合わせる。


「一緒に立ち向かうぞ、レーカ」

「っ、うん!」

「そこは、はい……だろ?」

「はい、わかりました。ギンヤ先生」


 レーカは戦う前だというのに、ギンヤの言葉に励まされていた。優しいながらも覇気のある表情で、レーカはクローゾへ立ち向かう。


「レーカ……っ!」


 ついて行くべきか迷い、行動に移すことを躊躇ったルリリは既に教室を出たレーカの方へ手を伸ばす。しかしドアの向こう側は影が落ちており、もうレーカの姿は見えなかった。


(どうか、私に……勇気をください)


 ルリリはレーカを追いかけることを胸に決める。

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