地底に眠れ
地底に移住してから数日が流れ、ある日それは現れた。
地上世界からの刺客であり、遥かなる友人。地底世界を繋ぐ通路のずっと奥の影から、二つの人影が姿を現した。眼をぐるっと見回して、目的のレーカを探す。
「え、ルリリ!? それにプリモも!?」
レーカの表情は歓喜の色一色に染まる。しかし二人の口から発せられた言葉は、レーカを固まらせるには充分なものだった。
「……見つけたわ、レーカ。さて、私と勝負をしましょ」
「ん、レーカお願い。私たちと戦って」
再会して早々の宣戦布告。レーカは混乱を隠せない。
水のように蒼く、深く暗い瞳の奥にレーカの影を映して、プリモはじっとレーカを見つめた。
「来て頂戴! 【プレモスフィーガ】!!」
「ちょ、プ、プリモ!? どういうことよ!」
手甲の先に触手が伸びる。それらが巨大な斧を象り、レーカに襲いかかった。その横を掠めるようにルリリの光球がレーカへ飛びかかる。
「な、に……よ!?」
「レーカ、ごめん」
プリモの剣がレーカの手首を狙い、レーカは硬化させることで刃を弾き返す。よろめいた身体を引き戻して一回転。勢いをつけた手刀でルリリに斬りかかる。
「ルリリ! お願い。私、戦いたくないっ!!」
「…………っ」
ルリリは手刀を受け止めながら、顔を下に向けた。前髪で隠れたルリリの双眸は窺い知れない。
一度距離を取り、再度レーカは問いかける。
「もう、どうしてなの! お願い、二人とも……話を聞いて!!」
しかし返答は無く、レーカの顔が歪む。涙の粒が零れ落ち、地べたを濡らしていた。そして何かを決心したように、レーカはまっすぐ前を向く。
「なら、私に勝ってみなさい! 私が勝ったら話を聞いてもらうわ」
そのように宣言すると今一度、己の異能の名を叫んだ。
「お願い、【ヤタノムシヒメ】!!」
手から先を硬化させ、手刀で迎え撃とうと低い姿勢で両手を構える。
さらにレーカは奥の手を使う。
「いくよ、二人ともっ! 【フォーミュラ・バースト】」
瞬間、手首の一部が数本の腕輪状に硬化する。血流がドクンと波打つように加速して、黄緑色の光が身体中を駆け巡った。
この業を使わなければ、ルリリとプリモの二人には勝てないだろう。レーカは一瞬にして空いた距離を詰め直す。そして手刀でプリモの手首を狙う。
しかしプリモの手甲から伸びた触手に阻まれる。
「くっ、やるわね」
この言葉はレーカとプリモ、どちらのものなのか。互いが火花を散らしている中、レーカに隙が生まれる。レーカの踏み込みがやや浅かったのだ。だから、プリモに押し負けそうになっている。
ルリリは当然、その一瞬を見逃すはずもない。剣の一閃をレーカ目掛けて──。
「ッ!? 無理……!」
レーカの背後を狙えず、軌道がそれてしまう。レーカの硬化した手先とぶつかり、カランと音を立ててルリリは剣を手放してしまった。
プリモは自分の口元に血が滲むくらいに噛み締めて、己に活を入れる。
「っ!? しっかりしなさい、ルリリ! 何のために私たちはレーカと戦っていると思ってるのよ!!」
そしてプリモはルリリを鼓舞した。もしかすると、自分をも奮い立たせようとしているのかもしれない。
「ちょっとルリリ!」
未だ動けずにいるルリリに怒鳴るプリモ。
よく見るとルリリの瞳には、涙が浮かんでいた。地べたにぺたんと座り込みながら、プリモとレーカの双方に助けを求めるような目だ。
「やだ……やめてよ。ルリリ、そんな目をしないで。私まで泣きたくなるじゃない」
(プリモ?)
プリモがレーカから距離を置き、攻撃が止む。目元を指で拭いながら、後ろへ下がった。
「二人とも。どうして、こんなことになったの?」
「そうね、分かったわ。こうなった理由を話すわ」
そしてプリモは今までの経緯を語る。
***
レーカが地底に隠れてから、地上世界ではギンヤが東奔西走していた。
ギンヤは学校で教師の仕事をしつつ、ルリリやネフテュスたち──レーカと関わりの深い者たちを集める場を設ける。それから皆の前に立つギンヤ。
「みんな、良く聞いてほしい」
生徒たちは一様、唾を飲み込むような反応を見せる。そんな中でギンヤは、声を張り上げた。
「君たちのよく知っているレーカは、ここにはいない。それはわかっているな?」
彼らは二度頷く。
「レーカには今、地底世界のほうに身を隠してもらっているんだ。だからお前らに頼みたいことがある!」
ギンヤの依頼。それは、生徒たちの背筋をぞくりと震わせるものだった。
「頼む、みんな。地底世界でレーカを殺してくれ」
「「「っ……!?」」」
驚愕の色が浮かび上がる。親友であるレーカを殺すことなど、生徒たちにとっては考えの外側だった。
「すまん。ただし、命は奪うな。生死の境スレスレまで追い込むことが必要だ。どうしても、レーカを死んだように見せかけるようにしたい。ハイネを欺くためにも、お願いだ……」
ルリリたちは考える。
レーカを死んだように見せかけること──それだけで本当にハイネの目を欺くことができるのかと、そう思ってしまうのだ。
しかし、ギンヤの意図もたったそれだけの陳腐な作戦ではないだろうとルリリは思った。
その直感は正しい。
ギンヤは更なる考えを述べた。
「それからもうひとつ、頼みがある」
ゴクリ、とまた誰かが唾を飲み込んだ。次に出したギンヤの願いは、単純明快。
「俺とともにハイネと戦ってくれ」
逡巡する様子もなく、彼らは頷いた。迷うことが選択肢に無いほどに、彼らの中でレーカという存在が大きなものとなっていたのである。
「私はレーカと戦うわ。そしてレーカに勝つ!」
プリモはそう、早くに決意した。
「ん。私も、地底へ向かいたい……!」
ルリリも同じ気持ちのようだ。対してネフテュスやシロキ、ロニは逆の決意をする。
「「俺は先生と共に戦います!!」」
「私も、戦わせてください……!」
──ハイネと正面から戦う決意を。
そうして彼らは順に行動を開始することとなったのだ。
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