私はレイン。

「そうだったのね、二人とも」

「「…………」」


 ルリリとプリモは揃って顔を俯かせた。言葉を失ったまま立ち竦んでいる。


「ねえ、二人とも」


 レーカは声をかけた。顔をわずかに上げるも、その瞳は罪悪感に染められている。その中でレーカは宣言した。


「ねぇ、命のやりとりはなしで、もう一度私と戦って! もし私が勝ったら、私の作戦に乗ってもらうわ」

「作戦?」


 ルリリがレーカに問い返すが、レーカは手刀を構えて今すぐにでも戦闘を始められるような状況で、緊迫した雰囲気を纏わせている。


「とりあえず、もう一度私と戦って!」

「……はぁ、わかったわよ」

「うん、わかった」


 レーカは再度、血流を加速させてルリリとプリモが準備を終えるのをただただ待つ。ルリリは甲殻武装つるぎを上段に構えて、プリモは手甲から伸びた斧を右手で握る。

 そして、レーカは脇下をぐっと締めて手先を引き寄せた。プリモへ接近してインパクトを与えると同タイミングで、両手を勢い良く前へ突き出す。踏み出した勢いとともに、腕の動きが重くのしかかる。

 プリモは斧で受け止めるが、レーカの勢いに押されてしまう。抵抗して火花を散らせるも、押し負けて後ろへよろめいた。

 レーカは再度両手を引き戻して、地面を蹴る。プリモとの距離を詰めて、追撃する手前でルリリに阻まれた。


「ん……させない!」

「ほらほら、まだまだいくわ!」


 ルリリの強い声にプリモが応じる。プリモは力を左手に集中させ、手甲による重たい一撃をレーカへ放つ。


「さっきのお返しよ、レーカ!!」

「ぐっ……」


 咄嗟に両腕を屈め、身を守るレーカ。

 硬化させた腕の表面から耳をつんざくような、嫌な音が響く。しかしこの状況でレーカは、この戦いを純粋に楽しむという思いが生まれつつあった。

 だから、笑う口元の奥で白い歯が見え隠れする。


「やったわね、プリモ……なら!」


 レーカは両手を束ね、渾身の一撃を返すべく、両腕から先に力を込めた。そして、両手を思い切り振り下ろす。


「そうね、私も迎え撃たせてもらうわ!」


 プリモも手甲から触手を伸ばし、それらが巨大な斧を象る。斧でレーカの攻撃を打ち上げるが如く、上向きの一撃を放つ。


「はぁぁぁぁぁぁぁ!」

「やぁぁぁぁぁぁぁ!」


 レーカとプリモにできる、最大限の技が激突する。両者の激しい戦い様にルリリは介入するのを躊躇ってしまった。ルリリはある一点を見つめ、決意を固めると戦いの輪の中へ飛び込んだ。


「──そう来るってわかってたよ、ルリリ」


 レーカの瞳がぎろりとルリリを向いた。レーカは火花を散らす技と技のぶつかり合いから離れるために、プリモの一撃の勢いを逆に利用する。そのまま上へ飛び跳ねて、空中で回転しつつ二人から距離をとった。


「やるね、二人とも」

「そっちこそやってくれるわね、レーカ」

「うん、私も……負けられない!」


 レーカの称賛に軽口で返すプリモ、そして勇気を漲らせるルリリ。レーカとプリモ&ルリリの対決はまだまだ続き、パワーバランスは拮抗したままだ。

 その均衡を崩すべく、ルリリが動き出した。光球を宙に飛ばしてレーカを狙う。同時にプリモが動き出し、斧による重たい一撃がレーカに迫る。

 危機的状況にもかかわらず、レーカは静かに攻撃が間合いに入るのをひたすらに待つ。反撃が可能となる距離でレーカは目をかっと見開いた。


「……私は生まれつき、警戒心が強いの。その攻撃は予測済みよ‼」

「「っ!?」」


 レーカは指の先、その延長線を硬化させ攻撃を弾き返す。そしてそのまま追撃の突きを放った。レーカの反撃は見事にルリリの左肩、プリモの手首に鈍い痛みを与え一瞬怯ませる。当然、レーカはその隙を見逃すはずもない。

 レーカは接近して首元に手刀を突きつける。

 この一瞬で勝負が決まっただろうか。


「…………降参よ。やるじゃない、レーカ」

「私たちの負け。うん、負けたよレーカ」


 この戦いの行方はレーカの勝利という結果で幕を下したのだった。



 ***



「それで? レーカの作戦って一体、何なのかしら?」


 プリモが質問する。

 レーカはその質問に対して、レーカという少女じぶんじしんが決して死んだことにはならない、別の道を示した。


「今、この瞬間から私はレーカじゃない。私の名前はレインよ! この三つ編みもやめることにするわ。私はレイン。いいわね?」


 ──名前と姿を全て取り替えてしまうのだ。

 これならばレーカはレインへと生まれ変わり、ハイネの目を欺くことができる。


「了解よ、レイン」


 プリモは不服そうながらも、しっかりと頷いてみせた。

 レーカは三つ編みに纏めている髪をほどき、手ぐしで毛先を整えながら、ルリリに頼み事をする。


「それとルリリ、ちょっとその剣を貸してくれない?」

「これを?」


 レインはルリリの甲殻武装を握ると、刃の先を後ろ髪に沿わせた。


「ちょっ、レーカ! 何する気──」

「私の名前は、レインよ!」


 プリモが止めようとするも、長い髪をバッサリと切り落とすレイン。

 これがレーカとしての人生を終え、レインとしての産声を上げた瞬間なのであった。

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