奈落篇

第一章

違う脚音

 地底世界で乱戦が起こる。周囲は敵に囲まれ、マルスは突破口を見つけられずにいた。


「おい、マルス! 俺に合わせろ!」

「おう、わかった!」


 マルスとかつて共に戦った戦友ともは巨大な──否、強大な『群れ』を相手に、甲殻武装を振り払う。


「迸れ、【グランドバスター】!」

「頼むぜ……! 【アグニール】!!」


 戦友ともは片刃の大剣を両手で握り、回転とともに群れに叩きつけた。重たい衝撃が敵を襲い、土煙に目を塞ぐ。

 そして、マルスはそれぞれ甲殻武装を握り、マルスは力の限り、熱を放出して黄色の炎を纏う。そのため左右の脚跡の鎧クラストアーマーは消失しているが、土煙の中で燃えさかる様子は猛々しい。

 敵の集団は数も多く、殻人族と見間違えるくらい特徴が似通っていた。しかし、腕は二対の前腕と後腕に分かれている。


「くそ、種族は違ってもそれなりの交流をしていたはずなんだがなぁ。何がいけなかったんだ……?」


 敵と切り結び、熱風と炎で次々と薙ぎ払っていく。熱風は敵を怯ませるほどの威力だが、敵も多様な武器を用いてマルスの動きを阻む。敵はマルスの腕を掴もうとするが、触れた面から焼け落ちるような痛みに掴むことは叶わない。


「「…………」」


 それを理解すると、群れは無言のまま、マルスたちの前から去っていく。マルスは去っていく二つの脚音に、目を細めた。



 ***



 ──それは、あらゆるものを『食べる』存在。

 ──それは、『有』を『無』にする存在。

 ──それは、『虚無』を求める存在。


 大地も、土も、その地に生きる者たちも、何もかも、何故生まれたのか。

 どうして今の殻人族の姿があるのか。

 かつての災厄、『日食魔蟲』ヘラクスにとっては大きな疑問だった。祖先は昆虫という全く姿の異なる存在だ。

 骨格も異なれば、身体の大きさも違う上、器官のつくりも違う。

 そこでヘラクスは思い至った。


 ──それなら、起源について考えよう。


 ヘラクスは、もしも昆虫が殻人族に進化していなかったらどうなっていただろうと、そのように考えることにした。

 満たされることのない知識欲を満たすために。


「もしも、何もかもが存在していなかったとしたら、この世界はどうなっていただろうか……?」


 ヘラクスは呟く。歌の歌詞ポエムのように、不思議なリズムにあわせて声が弾む。


「この手にある日食、全てを喰らう暴食……っ!」


 韻を踏みながら、ヘラクスは脚跡の鎧クラストアーマーから甲殻武装を取り出した。


「いでよ、食べよ、虚無を求めよっ! 【オーラムエクリプス】!!」


 そして現れたのは──矢だ。そして矢の両端を握り、それを折り曲げた。


「ぐっ!」


 自分で折り曲げておきながら、苦悶の表情と一緒に脂汗が顔に浮かぶ。


「っ! はぁ……まだだ! まだ……っ! でないと俺は強くなれない!」


 ただ、ひたすらに甲殻武装を折り曲げては、また折り曲げて、苦痛を堪えながらこの行動を繰り返す。


「くっ! 俺の力はこんなもんじゃ……ないっ!」


 ヘラクスはそれを何度も何度も繰り返して、数えきれない痛みを味わった。

 しかし、その行動はヘラクスの【オーラムエクリプス】に大いなる能力チカラを与えるまでに至る。


「これで……よし、と。さて、撃ってみよう」


 ある日から、木製の弓を携えて訓練に勤しみ始めた。


「これをつるに掛ければ……! よし、いこう!」


 ヘラクスは弓を限界まで引いて、それを手放す。

 すると、放たれた矢は木々の中を貫通して、一直線に遠くへ──肉眼で見えなくなるまで飛び続けた。木の幹に空いた穴からは、どこまでも遠くを見渡せる。


 これはかつて『日食魔蟲』と呼ばれたヘラクスが習慣として行っていたこと。それによって強くなれるという事実は地底へと受け継がれ、その認識は未だに地底に根付いている。


 これより、地底出身のアトラスと最強の魔蟲、『日食魔蟲』ヘラクスとの戦いが──幕を開ける。

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