暴食なる知恵

「くっ、そお……!!」


 地面に爪を立て、表情を歪ませる。クローゾの前でプリモは勝ち誇った。


「もう、ここまでのようね。気がつかなかったけれど、あなたはハイネに与する敵。ここで倒すわ! 【プレモスフィーガ】!!」


 クローゾはプリモの甲殻武装──【プレモスフィーガ】の能力の餌食となっている。それはまるでびっくり箱の中に閉じ込められたような、予測不可能の連撃。手甲から触手が伸びて武器を象り、それぞれがクローゾを狙う。

 クローゾの障壁を避けるようにして攻撃を繰り出すプリモ。対してクローゾは必死に予測するが、攻撃を受け止めながらでは流石に追いつかない。


「やぁっ!!」

「ッ……」


 プリモの打撃、斬撃、刺突……あらゆる攻撃で障壁が砕け散り、クローゾは背中で受け止める。

 クローゾの背中を覆う、分厚い殻。それが見事に衝撃を軽減していた。しかし、攻撃の威力を完全に殺すことは出来ない。

 最後の刺突がクローゾの内蔵を傷つける。口から血が吐き出され、口端が黄緑色に滲んだ。眉間に皺を寄せ、クローゾはプリモを睨む。


「貴様……! いったい、なぜこれほどの力を」

「そんなの決まってる。レーカに助けられたから……それに、あなたはハイネの仲間でもあるから!」


 プリモは手甲の触手から剣、斧、槍、刀、棍──五種類の武器を生み出す。そしてそれらを一斉にクローゾへ打ち付けた。


「ぐわ……ッ!!」


 障壁を突き破り、腹側から攻撃を受けてしまう。遥か後方へ吹き飛ばされ、コロッセオの壁へ激突した。

 そしてクローゾは前へ倒れ込み、動きが止まる。


「勝った……?」


 プリモが呟いた。しかし反応する者は誰もおらず、沈黙が場を支配した。

 実況席から声は聞こえず、観客席の人影は少なくなりつつある。


 ──カタ、カタ、カタ。


 静寂に乗じて誰かの脚音が反響した。


「久しぶりだね。レーカ君」

「ッ……!?」


 観客席の後ろから歩いてくる。あえて大きく脚音をたてながら、それはステージ上に飛び込んだ。


「賢者ハイネ……!!」


 観客席のルリリが警戒心を露わにしている。


「そろそろ俺もで動くことにするよ」


 ハイネはそう言って、己の甲殻武装を出現させた。


「姿を現せ。【メフィストクロウラー】!!」


 鎖に繋がれた爪の如きスパイクが飛び出し、黒い瘴気を噴出させながらプリモに迫る。プリモは【プレモスフィーガ】で打ち返そうと両手を構えた。


「プリモ!」


 しかし、ハイネの攻撃範囲内に飛び出してレーカはプリモを庇う。手のひらを前にかざし、空間ごと硬化させる。ハイネのスパイクを真っ向から弾き返した。


「大丈夫、プリモ」

「ええ……。これくらい、どうってことないわっ!」


 プリモは緊張の糸が途切れた様子で、ため息をつく。それとともに肩が下を向いた。


「でも、少し落ち着きを取り戻せた! ありがとう、レーカ」


 一度、ゆっくり息を吸って吐く。完全に落ち着いた様子を見せると、プリモはハイネを睨みつけた。


「さっきのクローゾに比べたら、あなたの能力なんて迫力不足よ! このまま一気に決めるわ!!」


 再び手甲から伸びた触手を五種類の武器へと変貌させる。そのすべてをハイネに叩きつけた。

 横殴りの斬撃。

 縦向きの斬撃。

 一点集中の刺突。

 袈裟懸けの斬撃。

 斜めからの打撃。


 五種類の攻撃が一度にハイネを襲う。

 土煙を巻き上げて、ハイネの姿が隠れてしまった。


「まあ、俺を倒せるほどの攻撃ではないなー。もっと重たい攻撃じゃないと、ね」

「っ……!?」


 何かにぶつかった感覚はあった。しかし手甲から伸びた触手はハイネの身体を捉えてはいない。

 その答えはすぐにわかった。

 思わずプリモの目が見開かれる。ハイネのスパイクは一つではなかったのだ。

 今、見えているもので五つのスパイクがハイネの手先から伸びている。まるで殻人族の指のように、それぞれが独立して動く。

 ハイネは一瞬の隙を見せたレーカとプリモを差し置いて、倒れているクローゾとキースのもとへ近寄る。


「君達も駄目だな。この程度でくたばるようじゃ、到底殻人族の上に立つことはできないよ。仕方ないな」


 目付きが変わった。ハイネが倒れている二人を獲物を見るような視線で睨む。

 まず準備とばかりに、甲殻武装で肉体を粉砕する。

 ──そして、すべて喰らい尽くした。

 ハイネはクローゾとキースを噛み砕き、嚥下する。

 ドクンッ! と血管が大きな鼓動音をたてた。

 伴ってレーカとプリモは形容し難い吐き気と、表情は苦しいものへと変わっていく。顔を巡る血は少なくなり、肌は若干青白くなる。


「さあ、続きをしようか……二人とも?」


 ハイネは鈍く、鋭い眼光で二人を威圧した。

 ある意味、狂気ともとれるハイネの行動にレーカは言葉を失うほかない。自分の仲間だった者たちを体内へ取り込む行為が、まず受け止め切れなかった。


「うぅ……げほっ! うっ!! がぁ…………」


 レーカはついに胃の中にあったものを吐き出してしまう。


(口の中が苦い苦い苦い苦い苦い苦い……っ)


 腕で口元を拭うと同時にどす黒い感情が湧き出す。それはレーカの今までになかった怒りのようで、怒りではない感情。

 否定、拒絶──。根本的な負の思念だった。プリモも口を押さえ、地に脚をつけてうずくまっている。


「プリモ下がって! ハイネ、貴方は……存在しちゃいけない殻人族だわ。私がこの手で…………殺す」


 きらびやかな銀髪の奥で赤黒い眼光を放つ。レーカは血流を加速させ、無言で距離を詰める。そして、硬化させた拳でハイネを殴りつけた。


「おいおいおい。そんな表情をするのかい? せっかくの美人が台無しじゃないか。ははっ、楽しくなったきたッ!」


 軽口を吐きながら拳をなすと、その勢いのまま横へ回転する。ハイネの甲殻武装からスパイクが射出され、レーカへ迫った。

 それをレーカは硬化させた左手で一蹴すると、今度は脚を硬化させる。そのまま横へ蹴り出す。


「ぐうぉ……かはっ、いいねぇ……げほっ」


 後方へのけぞり、レーカとの間に距離が空く。しかし依然として、ハイネの表情は変わらない。余裕綽々といった様子だ。それに加えて愉悦が垣間見える。


「ふぅー-ッ!! ふぅー-ッ!!」


 肩を上下させて荒い呼吸を繰り返す。レーカは両肘を曲げ、脇を締める。そして肘から先に力を入れた。レーカは両手でハイネを殴りつけるようだ。

 しかし、姿勢からハイネも次の出方を予測することは容易。ハイネは次に繰り出されるであろう攻撃へのカウンターを心の中でイメージした。


「ふッ……!!」


 レーカは接近して、一瞬の間にハイネを自身の間合いに押し込んだ。そして両手を前へ突き出す。際限のない硬い殻と、殻ごと拳を押し込むレーカの一撃。

 ──ハイネはそれを、甲殻武装で受け止めた。しかし、この一撃をもってしても甲殻武装は破壊出来なかった。辛うじて甲殻武装に罅が入り、スパイクのいくつかが動かなくなったことが唯一の救いだろう。


「君のお父さんから聞かなかったかい? 甲殻武装はね、折れることで強くなるんだよ」

「ッ!?」


 レーカの暗い瞳に驚きの色が浮かんだ。わずかに動く二つのスパイクがレーカへと迫る。

 そんな絶体絶命の窮地で、青白い閃光がステージの上を走り抜けた。

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