ディナイアル
「ああ、やはり待っていたようだね。ギンヤ」
ハイネは地上に降り立ち、戯言をこぼした。しかしその表情は笑っているのか、泣いているのかすらも窺えない。甲殻類としての装甲が顔をも覆っているためによく見えないのだ。前髪の奥で微かに頬が上がっているようにも見えなくはないが、決して軽やかなものではない。
どちらかと言えば、苦しみに歪んでいるのだろうか。
「ハイネ、今度こそお前を倒してみせる」
ギンヤは決意を言葉に吐き出す。それから凍りついた前髪の奥で眼をぎらつかせた。
瞬間、琥珀色の双眸が光る。ポテンシャルを停滞させる力の前に、ハイネの動きが鈍る。しかし代償としてギンヤの動きも血流を加速させているにも関わらず遅くなってしまっている。
「今だ、皆ッ!!」
投げつけられた、ギンヤの号令。それに伴って一斉に斬撃、刺突を見舞う。
持てる能力の全てで放った一撃で、土煙が舞った 。視界が奪われる中、ネフテュスが前に出て高圧の蒸気を噴出させる。土と水滴が結びつき、ハイネの視界を奪う。ネフテュスは数瞬、動きが硬直してしまい同じく視界を奪われてしまった。すると、ロニがネフテュスの手を引いて脱出に成功する。
「ネス、大丈夫?」
「ああ、大丈夫だ……俺はネフテュスだけどな」
どうやら軽口を言える余裕はあるようだ。土煙の中をある程度まで脱出すると、ネフテュスは引かれた手を払い除けた。
「まあ、礼は言っておく。ありがとう」
ふん、と首を横に向けながらネフテュスは告げる。その瞬間にギンヤは二人に分身し、分身体だけが土煙の中へ。長い槍で捻りを加えた渾身の一撃。
しかし分身は煙の中で、砕け散った。
「ッ──!?」
警戒しろ警戒しろ警戒しろ警戒しろ警戒しろ警戒しろ警戒しろ警戒しろ警戒しろ警戒しろ警戒しろ警戒しろ警戒しろ警戒しろ警戒しろ警戒しろ警戒しろ警戒しろ警戒しろ警戒しろ警戒しろ警戒しろ警戒しろ警戒しろ警戒しろ──。
無数の信号が頭の中を埋め尽くす。煙が晴れ、その中から現れたのは傷痕ひとつすらないハイネの姿。
ギンヤにとっては、それが醜悪な笑みを浮かべているように見えた。
「皆! ここから離れろ!!」
それを叫んだ頃には脇腹に切り傷が入り、痛覚が遅れてやって来る。
「っ、うあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
一体何が起こったのかギンヤには分からなかった。
痛い、痛い。そして熱い。
ざっくりと入ったハイネの一撃にギンヤへ喘ぎにも似た苦痛の音を漏らす。
脂汗が額を流れる。それでも、ギンヤは必死にハイネを観察していた。
(どうにかして、隙を見つけないとな)
ギンヤは唇を噛み締めつつ、両目を凝らす。
思考の中で攻撃のモーションが再生される。
斬撃は硬い殻に弾かれて逆に隙を生む。
刺突は槍の柄を握られるか、一点集中の衝撃が分散される。
面としての打撃なら、とギンヤは思うが今の彼らにそれができる術はなかった。
ギンヤの視界が汗で歪む。塩味が目に染みて痛い。
ギンヤの闘志が揺らぐ中、
「ふっ。いくら行動を封じようが、俺の芯を貫くことは出来なかったみたいだね」
不敵に嗤うハイネ。肉体に目立つ傷は無く、殻の硬さは依然として変わらない。
「俺とお前らの力関係はこれで逆転した。丁度いい機会だ。何故俺がここまでするのか教えてやろう」
ハイネは視線を遠くへ向けて、己の過去を語り出した。
***
かつて一人、祖先の研究をしていた男がいた。男は生活をより良くしようと同胞に知識を広めていたという。その時まではハイネも優越感に浸っており、嬉々として知識を伝えていた。
しかし住民は与えられた知識を疑うことすらしない。ただただ鵜吞みにしているだけだった。
しばらく彼は研究を重ねる中で、ある真実へたどり着いた。その真実とは、殻人族が滅びの道を辿っているということだ。殻人族が唯一の強者になってしまった時点で滅ぶ可能性が示されていた。
「殻人族に進化することは、間違いだったのか……俺は、いったい」
その瞬間、ハイネの心は疑念と使命感──そして自責に囚われてしまったのだ。進化してしまったからこそ、もう後戻りは出来ない。一個人が生物種の進化を止めることは叶わないのだ。
「俺は、俺はぁぁぁぁぁぁぁ!!」
それから時は経ち、全ての生命を否定する。殻人族の繁栄だけを望む怪物へとなり果てたのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます