ネス・ビギニング
「どうだ? 真実は儚いものだっただろう? なのに、お前らはのうのうと暮らしている……!」
ハイネの怒りが渦となって吐き出される。風に揺れた前髪の奥で褐色の双眸が鈍く輝いた。両手を高く掲げて力強く振り下ろし、そして叫ぶ。
「うあああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
ハイネの哀しみがこれでもと伝わってくる。ぎらついた眼で、満身創痍のギンヤをターゲットに見据えた。鳴り響くアラートにギンヤは沢山の分身を生み出すが、ハイネは獣のごとく地を蹴り、チェーンについたスパイクを振り回す。
凶器は振り子のごとく回転を始めた。分身体が迎撃に動くが、突起の先端で次々と分身が打ち砕かれていく。
一挙手一投足が速い。ギンヤは既にハイネの間合いの内側だ。【ベクトシルヴァ】で受け止め、火花を散らすも膂力が及ばない。【幻氷開放】の影響で自己も相手も動きが鈍っているはずなのに、ハイネは意に介していないようだ。
衝撃が一点に集中する。後方へ吹き飛ばされて校舎の壁に追突した。壊れた壁の破片が肌を傷つけ、じんと熱く感じる。
「ぐっ、うぐぁ……っ!?」
ギンヤは瓦礫の中から立ち上がり、甲殻武装の先をハイネへ向け続けている。しかし、ハイネの視線の先は移り変わっていた。次の狙いは──ネフテュスだ。
先程の一突き。その後一瞬の硬直があることに気がついていたのだ。
「ネ、ネフテュス……ッ!」
「いや、大丈夫だ。先生ッ!」
ハイネの接近を許してしまう中、臆することなくネフテュスは高圧の蒸気を噴出させる。
「ハァッ!!」
圧力による
激しく火花を散らしながら、威力は互いに互角。そんな中でネフテュスは血流量を増大させた。
「──【根源開放】ッ!!」
身体を黄緑色のオーラが彩り、能力が向上する。
筋組織の一つ一つが収縮し、膨れ上がっては膨れる。点と点のぶつかり合いが遂に限界を迎え、刺突点がずれ込む。このままでは互いの身体が穿たれてしまう。
ハイネは脚を浮かせて、回し蹴りを打ち込む。痛み分けどころか、逆にハイネだけがそれを回避した。
「ぐわっ……!?」
ネフテュスが横から壁に激突する。骨格に罅が入ったのだろうか、肩肘が上手く動かない。それでも、ネフテュスの表情に曇りはなかった。ただ一点にハイネを見据え、挙動を窺っている。
「そんなになって、どうして諦めてくれないんだい? その腕、黄色くなってるよ」
おどけた口調でハイネは尋ねるが、ネフテュスは顔を変えない。
「俺も、あいつの重荷を背負いたい……んだよッ!! だから!」
ネフテュスの心の内。幾度となく危機に晒されながらも、果敢に立ち向かっていく少女の姿。胸心打たれない訳がない、とネフテュスは思う。この感情がどのようなものであっても力になりたい一心だった。
「ハイネ。これから、俺の秘策を見せてやる」
「ほう、秘策ねぇ」
ネフテュスは全身の力を一度抜き、甲殻武装である矛を手前で水平に持つ。その後、甲殻武装固有の能力を発動させた。視界が曇るくらい水蒸気を排出すると、負荷に身体が一度硬直してしまう。
しかし、それでいいのだ。
ネフテュスが出した蒸気はいずれも温度が高い。全身が温められ、血流に変化が生じる。そして遂に、ネフテュスは血流を加速させる。
「いくぜ、【天蒸開放】」
瞬間、オーラが黄緑色から橙色へと変化した。手に入れたのは、身体能力の向上と硬直のキャンセルを同時に行う
ネフテュスは勢い良く飛び上がった。
「血迷ったのか? 空中はむしろ隙の集まりだぜ」
ハイネはスパイクの先を無防備な身体へ射出する。
「──いや、そうでもないさ」
「なに……ッ!?」
ネフテュスはスパイクを弾く目的で矛を放り投げていたのだ。明らかにセオリーから外れている行動にハイネは目を剝いた。着地前に脚跡の鎧からもう一本の甲殻武装を引き抜いており、既に近接戦の準備も万端である。
同時にシロキとロニ、そしてギンヤが横に並び立った。
この瞬間がネフテュスの
──高圧の蒸気が、暴れ出す。
***
火を噴くように、水蒸気が後方へ吐き出される。するとネフテュスの身体が前方へ進む。その勢いを味方につけて一気に加速。ハイネの懐まで潜り込むと、甲殻武装で一突きする。
当然、貫くことは出来ない。しかしネフテュスはそのまま更に蒸気を吐き出させる。
──バリィィッ!
装甲に罅が入ったのだろうか。辺りに大きな破裂音が響いた。硬直からすぐに脱出し、ネフテュスの次なる一撃がハイネを襲う。それとともに、ロニの大振りな斬撃と、シロキの感覚共有が発動した。ギンヤは分身体とともに槍を全方位から射出する。
ネフテュスに残る腕の痛みがハイネに共有され、姿勢がガクンと崩れた。その一瞬を突いた同時攻撃。
今度は逆に、ハイネの方が追い詰められている。
「ッ、これで終わるわけには、いかねぇんだよ!!」
──瞬間、全ての攻撃が跳ね返された。
「「「「な、ニィ……ッ!?」」」」
ハイネに敵対する全員が驚愕の色に染まる。今、この一瞬に何が起こったのかまるで分からない。彼ら全員の脳内で危険信号が一際大きく鳴る。
──これはまずい。
更に分身を生み出し、ギンヤは駆け出した。
スパイクが裂けて裂ける。やがて四本まで増えたスパイク──否、鉤爪のようなものがそれぞれ向きを変えてギンヤ達に襲いかかった。
「っ──!! 間に合ってくれ!」
「そうくると思っていたよ、ギンヤ」
「ッ!?」
鋭い一撃がすべてギンヤを抉る。
「て、めぇ……ま、さか…………」
倒れたまま、ハイネへ手を伸ばすも決して届かない。霞む意識の中、ハイネの後ろ姿がぼんやりと見える。
視界が青い光で埋め尽くされるまでは──。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます