第一章

変わりゆく心

「ルリリ、ちょっといいか」

「ん、なに?」

「本当に、ありがとう……!!」

「別に、もう大丈夫。お礼をそう何度も言われることじゃないし」


 シロキに呼ばれてルリリは振り返ると、シロキは礼を述べた。

 最近、シロキと話す回数がどうにも多いとルリリは感じる。しかしシロキの事情も知っているために、「しつこい」などと突き放すような言動はできない。


 あの事件から、さらに色々なことがあった。

 まず、ギンヤやネフテュスたちが合流して無事が確認される。しかしシロキの親は既にハイネに惨殺されており、村には遺品が置かれていた。置いたのは同じ集落の住民だろうか。シロキの心には大きな亀裂が入ってしまう。

 それからもう一つ、ハイネは異形の姿となった。その事実は殻人族たちに衝撃と大きな恐怖を与えることとなる。あの戦いでシロキだけでなくルリリの心にも傷が入り、レーカたちの励ましによっていつも通りの生活を送れていた。

 そんな中でも一番、心境の変化があったのはシロキだ。親を失ってから時間はかかったが、今になって笑顔を浮かべることができるのは──否、哀しみを忘れることができるのは、ルリリのおかげとも言える。

 それはすなわち、恋というものだ。ルリリに助けられてから、シロキは少なからず彼女を意識をするようになった。

 シロキは今、ルリリに恋をしているのである。


 ──そしてデナーガとの戦いから、約一年ひととしが経過しようとしていた。



 ***



 ここ最近のレーカはルリリたちと通学の時も共に行動しており、ルリリはその行動に救われている。時々ネフテュスも輪に入りながら、いつも通りの日常を過ごしていた。

 今はちょうど、レーカとルリリが横に並んで歩いている。ルリリの横顔を見ながらレーカは口を開いた。


「ルリリも最近は笑う事が増えてきたわねー」

「うん、そうみたい。いつもありがとう、レーカ」

「何をそんなに改まって……。逆に照れちゃうわ」


 レーカは照れ隠しにと、少し早歩きに学校へ向かう。ルリリもレーカを追いかけていく。


「レーカ、待って」

「いやよ、ついてきなさい!」


 学校についた頃には、ネフテュスが到着していて二人を待っていた。その表情からは退屈さが窺える。そしてネフテュスは視線を横へ動かす素振りを見せると、口を開いた。


「今日は遅かったな。いつもよりも、遅かったじゃんか」

「ごめんね、少し遅れたわ。さて、行きましょ」


 そう言って校舎の中へ入っていく三人。教室に到着し、座席に座る。続々と生徒が集合してきた頃、ギンヤが険しい表情で入室してきた。


「すまんが皆に悪い知らせがある。特に、レーカにとっては、だな」

「ええと、どういうこと?」


 するとギンヤは厳かな声でたった今の出来事を伝える。


「今朝、ハイネから書簡が届いたみたいでな、レーカ。君が学校にいられなくなってしまった」

「え……?」

「俺は勿論反対した。しかし、上がな……レーカを追い出すほかないと言ったんだ」


 突然の知らせに理解がまるで追いつかない。何故追い出されなきゃならないのかわからなかった。ギンヤが「裏の事情」と一言で表しても当然納得はできないだろう。

 それに不可解なのはハイネが直接レーカを狙えばいいところを、追放という遠回りな手段を用いていることだ。


(デナーガはあのとき、野性がどうとか言ってたわね。それにハイネの今の姿は原生種に似ているらしいし……)


 己の中で様々な感情が交錯する。

 恐怖、不安、疑念、そして後悔。それぞれの感情が心という浴槽の中で渦を巻いていた。


「とにかくだ」

「はい」

「レーカはまずここを離れてくれ。今までのように居場所があるとは考えづらい。お前を護るためにも、頼む」


 レーカは逡巡した様子を見せた後、こくりと頷く。ギンヤも頷き返すと、もう一度口を開いた。


「まあそれで、だ」


 ギンヤは少し間を置いてから、己の意思をレーカに示す。


「俺は、俺たちは少なくともレーカが別の居場所を見つけるまで力を貸したいと思う。それに、あいつは必ず現れる」


 それは間違いなく、ハイネのことだろう。

 それからアトラスやヒメカを含め、一度場所を移動してもらうようにギンヤは二人へ頼むこととなる。




「そっちから呼び出すなんて珍しいね、ギンヤ。それで何の用だ?」

「そうね。表情もどこか暗いし、何があったの?」


 再会して早々に、アトラスとヒメカはギンヤに問う。その質問にギンヤは神妙な面持ちで状況を説明し始める。


「まず、ハイネが化け物の姿になったのは知ってるか?」


 二人は共に頷く。


「じゃあ、ハイネがレーカをこのブルメから追い出すように学校に圧力をかけてきたのは?」

「「っ!? それは本当!?」」


 二人の顔色が変わった。特にアトラスはそわそわと焦りの感情が見てとれる。ヒメカのほうも心が波立つ様子だ。


「わざわざ遠回りするのは分からねぇが、あいつはまず最初にレーカの居場所を奪いたいみたいだ」


 ギンヤは額に冷たい汗を浮かべながら、ハイネの目的を口にした。

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