失われた花園

 ギンヤの言葉を聞いて、アトラスとヒメカはそれぞれの胸に秘めた感情が混ざった。しばらくすると、アトラスはギンヤに問いかける。


「今ここでハイネの目的をわざわざ伝えてくれたのは、何か考えがあるんだな?」

「ああ、それは勿論だ」


 ギンヤは強く頷き返す。次にその答えを二人に告げた。


「レーカにはお前らと一緒に地底に移住してもらいたいと俺は考えてる」


 地底への移住。それだけ聞くとアトラスたちを突き放しているように聞こえるかもしれない。しかし、ギンヤの考えにそのような意図は含まれていなかった。


「ずっと地底で生活して欲しいってわけじゃないんだ。むしろ帰ってきてほしいと思う。だからお前らを仲間として守らせてくれ!」


 熱の入ったギンヤの言葉にアトラスとヒメカは深く、深く頷くとギンヤの瞳をじっと見つめ返す。


「そうだね、ギンヤ。ありがとう!!」

「その言い方はとてもずるいと思うわ……」


 ヒメカは若干、不満そうであるがギンヤの頼みに応じることとなった。


「よし、それならすぐに行動だ。お前らがいない間は俺がこの森を守るから、安心して地底へ向かってくれ」

「ああ、わかった」

「ええ、急いで向かうわ」


 二人もそう、頷き返したのである。



 ***



 翌日の朝、三人はブルメの森を発つ。

 ギンヤの策は意外にもしっかりとした土台が用意されていて、アトラスがレーカを連れて地底世界へ繋がるゲートにすんなりと向かうことができた。極端に言えば今、近隣の住民はレーカやアトラスに対して不信感、というよりも自衛のために距離を置いている。

 隣でこれまでを共に見てきたヒメカなら、それはすぐに分かった。


「……いくよ。お父さん、お母さん」

「ああ、いつでもいいぞ」

「ええ、行くわよ」


 三人は互いに手を繋ぎ、空洞の中へ飛び込んだ。自由落下に身を任せながら深く落ちていく。

 そして、降りる場所がわずかに見えてきたところでアトラスとヒメカが翅を羽ばたかせた。

 そっと着地して、地底世界の通路を進む。

 目的地はアトラスの母親──シロナのもとだった。


「あらあら、珍しいお客さんね〜! いらっしゃい、ヒメカちゃん。それにレーカちゃんも」


 シロナが出迎えてくれるが、何故がアトラスの姿を見ると、とても不満そうな顔をする。


「なんで連絡の一つも寄越さないのよ! エルファスのところに訪ねたらしいわね? どうして会いに来てくれなかったの! 怒るわよ!?」


 全くもってその通り。正論をまくし立てるシロナに対して、アトラスの顔は徐々に渋いものとなっていく。それでも尚、全く衰えの見えない表情で同じことを繰り返し叫んでいる。


「わ、悪かったって……ごめん」

「ふん、分かればいいのです! それじゃあご飯にしましょう。しばらくここに滞在するのでしょう?」


 心の内を見透かすようにシロナは言った。アトラスも少し複雑な表情でこくりと頷く。




「ふんふふふーん。ふんふーん」


 昼食を準備するシロナはいつにも増して上機嫌だ。マルスの死から長い月日が流れ、悲しさは薄れていった。

 しかしアトラスが自分の元を旅立ってからは、一人の生活が続く。だから悲しさよりも寂しさが心のどこかにあった。


「できたわよ〜。三人とも」


 その一声で食卓に集合する。切り株の板の上に大きな葉を皿にして色とりどりの料理が並んだ。

 一つは樹液を木片に垂らしたおつまみ的なもの。そのほかには地底では珍しい地上の野菜が食卓を彩る。

 そしてレーカの目が輝いたのが、腐葉土だ。一見硬そうに見える土だが、手をつまんでみればほろりと崩れる。沢山の水分を含んでいるそれをぎゅっと絞ると綺麗に固まる。

 そんなふかふかの土なのだ。

 腐葉土を寝床ベッドにして上で飛び跳ねたいと心の中で思うくらいにレーカの視線は黒い土に釘付けだった。


「レーカもほら、手を合わせて」

「あ、うん……」

「「「「それじゃあ、いただきます」」」」


 そして、彼らの真剣な奪い合い戦争が幕を開けたのである。


「あ、ちょっと! それは私の……」

「いいや、取ったもの勝ちだ」

「そんな、卑怯よ!!」


 現在、互いの視線の先を上手く読みつつ食卓の上を平らげていく四人。今もアトラスがヒメカの狙った赤色の野菜を、奪い取った。


「もう、アトラスったら容赦しなさいよ。貴方の可愛い奥さんじゃない!」

「かッ!」


 突然のシロナの不意打ち。突然の褒め言葉に食べる手が止まる。


「ヒメカ……?」

「な、なんでもないわ」


 慌てて手を動かしてご飯を口の中へ運んでいく。しかしその手はプルプルと震えており、顔をぷいっと逸らす。一瞬見えた頬の輪郭がうっすらと緑色に染まっていた。


「相変わらず、初心な反応ね……。あれ以来慣れてるのかと思ってたわ」

(あれ以来?)


 話を聞いていたレーカはシロナの言葉に疑問を持つが、詳しく追求するのはどこかはばかられる。しかし今の食卓を囲む空間は何時にも増して、楽しいとレーカは思うのだった。

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