第二章
必中の魔手
とある集落で助けを求める悲鳴があがっていた。
「た、助け──」
逃げようとした男が何かに首を掴まれる。その悲鳴は誰かのもとへ届く前に霧散してしまう。そのまま葉の茂みへと引き込まれ、その者は命を落とした。誰にも認知される前にすべてが終わっている、そんな地獄。
「あー沢山だ。沢山食べた。……それにしてもハイネ。来てたなら教えてくれよ」
「すまないね、これでも俺は忙しいから」
背後にハイネが現れたことに気がつくと、男──デナーガはにこやかに言う。特に、驚きも怒りもなく、デナーガはただただ温厚な様子だ。周囲の惨状にハイネは口をすぼめながら尋ねる。
「それにしても、こんなところで一体どれだけの同胞を食べたんだい? 集落がからっぽじゃないか」
「少しね、お腹がすいちゃってね。沢山食べちゃったよ」
デナーガは少し残念そうな口調で答えるも、そこに罪悪感の影はない。ハイネはまるで今思いついたかのように、デナーガへ頼み事を告げる。
「それと君には次、ブルメのほうに向かって欲しいんだ」
目的地をわざわざ指定するハイネの物言いにデナーガは首を傾げた。
「ん? どうして?」
「それは目的地に向かえばわかるはずだよ」
「ふーん」
デナーガは退屈そうな面持ちでこくりと頷くと、ため息を吐く。しかし、その瞳の奥で鈍い光が灯るのをハイネは見逃さなかった。
***
「おはよう、レーカ」
「おはよう、ルリリ!」
レーカはいつも通りにルリリと挨拶を交わし、いつも通りに雑談に花を咲かせる。しかし授業が始まるよりも早くにギンヤがやって来た。
なにやら、重たい表情でだ。
「みんな、すぐに席に着いてくれ」
いつにも増して低い声色。そのため何事だろうかとざわつき始めるが、ギンヤはそれを視線だけで制止させた。
「すまん。今は本当に重大なことを話さなければいけないんだ」
そしてギンヤは教卓の上に両手をつき、深刻な面持ちで口を開く。
「今朝、通学中の生徒が何者かに襲われた。でも姿は誰も見ていない。急に姿が見えなくなったそうだ」
ギンヤの話に皆の目が見開かれる。ある者は恐怖心を顕にし、ある者はパニック状態だ。
「みんな落ち着いてくれ! 先生も全員が警戒して見回りをしている。が、皆を護りきれる保証はない。だから、より一層注意してくれ……!!」
ギンヤの頼みに皆は首を縦にうなずかせた。
午前中の授業が終わり、レーカとルリリは昼食を摂るために食堂へ向かう。それぞれの好きな食料を葉の皿に乗せていき、二人はテーブル席へ。
「あれ?」
「うん……混んでるね」
今日は珍しいことに、食堂の席が満席だ。周りを見ても制服姿の学生がたくさんいる。しかし、食堂のすぐそば──テラス席には誰も座っていない。
「レーカ、たまには外で食べよっか」
「ええ、そうね……!」
そしてテラス席で食事を摂る。
レーカは両親が好き好んで食べていた腐葉土を。ルリリは果物に樹液をかけ、花粉を少しだけまぶしたものを器用に食べている。
母親のキマリとは異なり、ルリリは草食──と、言えるかもしれない。
「うん、おいしいわね。いつ食べても飽きないわ」
「私はそんなに同じ物を繰り返し食べるのは……苦手。せめて果物や花粉の種類を変えたりしないと辛い」
レーカの毎回腐葉土を注文する姿勢に少しだけ苦笑しながらも、ルリリは食について饒舌に語った。
そんな談笑が続き、テラス席から食堂へ戻る。
ルリリが右手を扉にかけたその時。
「──ルリリッ! 危ない!!」
「っ!?」
金属がぶつかりあったような鈍い音がルリリのすぐ後ろで響く。慌てて後ろへ振り返るも、そこにレーカの姿はない。
「レーカ、どこ……? どこなの!?」
今のルリリには警戒心が大きく欠けていたのだ。パニックに陥る前に理性を取り戻し、ルリリはこの状況が只事でないと悟る。そしてすぐにギンヤやクラスメイトのもとへ走ったのだった。
***
「ここは、どこ?」
レーカが目を覚ますとそこは紫色に染まった空と枯れた大木が並んでおり、そのいくつかは朽ち果てて地面に横たえていた。そこに何があるかと言われても、何も無い。食料の一つさえも見当たらなかった。
「ねぇ、ルリリ? どこにいるの?」
空に蔓延る紫は異様に不気味なもので、レーカは肩を強ばらへながらその場を移動する。しばらく歩いたところで、それは姿を現した。
「やあ。君が英雄の娘かな? 会えて嬉しいよ」
レーカの目の前にいるのは錆びた鉄のような髪色をした中肉中背の男。手に鞭のような何かを持ち、一歩、一歩と近づいていく。そこから一言も発することなく鞭をレーカへ伸ばした。
「お願い! 【ヤタノムシヒメ】!!」
レーカの手先が硬化する。鋼鉄のように硬い手刀で男の身体を切り裂いた。
「っ!? いない……!?」
確かに切り裂いたはずだ。でも実際にはレーカの身体だけが通り抜け、斬撃も通らなかった。
後ろを振り返れば、確かにその姿は見える。
「これは幻影さ。今、君の身体は眠っているんだ」
男はそう答えて、自己の名前を告げる。
「……初めましてだね。俺はデナーガ。
男──デナーガの錆びついた髪色の奥で、褐色の瞳が鋭く光った。
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