もう一度会うために

 ギンヤが覚えているのは、雪で倒れるまでの──たったわずかな記憶だけ。


「あのとき聞こえたここを離れるって言葉は一体、どんな意味だったんだろうなぁ」


 ギンヤはいつ言われたのかは覚えていないが、そんなことをカレンに告げられた気がしていた。それ以来、ギンヤはカレンに会えておらず、どこにいるかもわからない。


「あの案内してくれた人がどこかカレンに似てるんだよな」


 浴槽に浸かり、両手を頭の後ろに回して、ギンヤは寝そべった。

 ──そしてしばらく考える。


「多分、あの子は俺よりも年下だろうし、やっぱカレンとは人違いなんだろう」


 いくら容姿が似ていたとしても、ギンヤの知るカレンという少女はギンヤよりも年上だ。だから同一人物ではないだろう、とギンヤは結論づけた。


「そっか。カレンのやつ、今どこにいるんだろうな」


 ギンヤはカレンの姿を思い浮かべながら、独り呟く。その問いに答えてくれる者は誰一人としていなかった。



 ***



「っ……くしょん!」

《む? どうした? 風邪かの?》


 手で口元を覆って、白い翅の少女はくしゃみをする。


「いいえ、違うと思います。多分ですけど、誰か噂でもしてるのでしょう」

《そうかもしれんのぅ》


 袖の広い巫女服を身に纏った少女は風呂場へ案内した少年の姿を思い浮かべる。すると何故だか記憶に残る黒い影が脳裏でちらついた。


「もしかして、さっきの彼が私の噂を? あれ? それよりも、彼とはどこかで会ったことがあるような気が」


 白い翅の少女──カレンはそう呟くも、その質問に答える者は誰一人いない。ユシャクも反応を返すことはなかった。

 カレンは現在タランの森で巫女と呼ばれ、崇められている。それは強大な冬の能力でタランの森で起こった火災などの災害を幾度となく、鎮めているからだ。

 タランの森に生きる者たちは最初はカレンのことを『聖女』と崇め奉ったが、いつの間にか『巫女』という称号に落ち着いた。


《カレン。最初は聖女だったのにの。どうして巫女になったのやら》

「セツ、それは私が聞きたいですよ」

《そうかのぅ……? カレンは嬉しそうな顔をしているではないか》

「そ、それは聖女、と呼ばれるよりかは気が楽ですから当たり前です!」

《なるほどのぅ》


 ユシャクはニヤリと笑って、カレンは苦笑をもらす。


《ところで、マディブの森から助けを求められたらしいな? それは本当かのぅ?》

「そうみたいですよ」

《なるほど。それならば、儂が災厄と衝突する日も近いのかもしれんな……》

「セツ?」


 ユシャクはどこか遠いところを見つめているような反応だ。ユシャクの名前を呼んでも心ここに在らずだった。


《あ、ああ、すまぬすまぬ。昔のことを考えておった》

「そうだったんですね。私がマディブの森に向かえば何かが変わるのでしょうか」


 カレンは思わずユシャクに尋ねる。そっとした声で、なるべくユシャクの機嫌を損ねないように。


《別に気をつかわんでもいいのじゃが。まあ、儂が『魔蟲 』に遭遇するのも近いだろうと思ってな。だがカレンが無理にく必要もない》

「わかりました。それなら私は、自分の意思でマディブの森へ向かいます!」

《話、聞いておったかの!?》


 ユシャクは心底不思議そうに、カレンに問いかけた。


「はい、聞いていましたよ。だから私は自分の意思で向かうと言ったんです! セツの願いを叶えるためにもそうですが、私は私で気になることがあります。これが最善だと、そう確信しました」

《…………》


 ユシャクはその言葉に、無言で押し黙る。

 今のカレンには、ユシャクもどう言葉をかけてよいのか分からなかったのだ。

 カレンはとても決意に満ちていて、誰にも止められそうにない。


「私はマディブの森へ向かいます!!」


 カレンはそう、自分の中に宿るユシャクへと告げる。



 ***



「昨日、マディブの森から援軍要請を受けた。ここに来ている生徒の皆も、分かっているとは思うがマディブの森には君たち生徒のもう半分がいる! 出来ることならば援軍要請に応じたい! こちらを訪れてすぐに申し訳ないが、皆もマディブの森へ向かってほしい」


 タランの森のおさ──ランドゥスはブルメの森出身の生徒と現地の生徒を集めて、そう言い放つ。


「ただし脚での移動は遅い。だから僕の旧友にマディブの森へ飛ばしてもらうように頼んだ。だから移動については心配しなくていい」


 数人の生徒の口から、安心したようなため息が出た。救援で目的地に向かうまで何日もかかってしまえば大変危険である。


(それにしても、レギウスのやつ、天狗になっていなければいいんだがな。誰か鼻をへし折ってくれれば、あいつにとっても良い薬になるはず)


 ランドゥスはマディブの森にいるレギウスの父親である。

 わけあってレギウスはマディブの森にいたが、レギウスのバロックランドゥスの能力──共振があった。

 それが幸いしていち早くタランの森へ要請の連絡が届いた。

 ランドゥスは連絡をくれたレギウスに感謝の念を抱きながらも、レギウスの性格上『天狗』になっていないか不安なようである。


「これで解散とする。今日の夕方に、もう一度ここに集まってほしい」

『わかりました』


 一度この場は解散となった。




 夕方、一人の殻人族がランドゥスの隣に立っていた。


「やあ、俺はハイネという。今回は皆の運搬を任された。よろしく頼むぞ!」


 ハイネは緑の入った黒色の髪をしていて、何よりも特徴的なのが──翅の形だ。翅が左右非対称で、片方の大きさがもう片方の翅の二倍近くはある。

 ハイネは殻人族の中でも、オオハネカクシを祖先にもっていた。

 ハネカクシは翅の畳み方が左右で異なっている。それを祖先に持つからこそ、左右の翅の大きさが異なってしまったのだろう。


「先に言っとくが……俺が運ぶとなるとめちゃんこ速いぜ? だから舌を噛まないように気をつけてくれよ」


 ブルメの森出身の生徒も、元々のこのタランの森にいた生徒たちも、巫女であるカレンも、皆がごくりと唾を飲みこむ。


「いくぜ……! メフィストクロウ!!」


 そして、己の甲殻武装を出現させた。

 ハイネの甲殻武装は果てしなく伸びる鎖の先に、鋭く尖った突起がついている。

 その突起の付け根には複数の噴出口バーニアがあり如何にも凶悪だ。


「皆、これの上に乗ってくれ!」


 分厚くて、大きな木の円盤の上に生徒たちは並んで、そのまま座る。そしてハイネはその円盤の側面に深々とその突起を突き刺した。


「皆、準備はいいか? あっという間だからせいぜい楽しめよ?」

『は、はい……』


 援軍としてマディブの森へ向かう者たちは、戸惑ったような返事をした。

 果たしてそれは準備完了の返事なのか、『楽しむ』ことについての不安なのか。


「それじゃあ、行ってこいっ!!」

『っ!? え、うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!!』


 突然、黄緑色のオーラを纏ったハイネ。

 それから大量の空気を噴出口バーニアから噴出させると、円盤は空高く舞って、遠くへと飛ばされてしまった。

 ランドゥスはその光景を見て、ハイネへ礼を述べる。


「行ったか。ありがとう、ハイネ。いや……賢者」

「別にいいってことよ!! んじゃ、また会おうぜ。俺は帰って研究する。それと近いうちにここを旅立つから、そんときはよろしくな!」


 そう言いながらハイネはどこかへと歩いていった。



 ***



『うおわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ──っ!!』


 円盤に乗って、そのまま遠くへ飛ばされた生徒たち。『援軍』はとてつもない速度で空を飛ぶ。

 ハイネの言っていた『楽しむ』ということは理解できなくもないが、楽しむ余裕は全くない。

 皆、自分の命を守るのが精一杯。

 それほどに円盤は速かった。


 必死にしがみついて迫り来る風圧に耐える。平原地帯を抜け、眼前に大きな木々が見えてきた。

 ギンヤは久々の再会に胸を踊らせながら、獰猛な笑みを浮かべる。


「もうすぐ、もうすぐだ。マディブの森に着く! 待ってろよ、アトラス! キマリ!」


 そして、ヒメカはというと、


「またしても『魔蟲』が絡んでるのかしら?」


 以前のコーカスに続く、第二の『魔蟲』を前にして怯えることはなかったようである。


「っ!? な、なに!? どうなってるの」


 ──それは突然起こった。

 円盤が停止してしまったのだ。

 慣性力に引っ張られて皆の体勢は前のめりになるが、ギリギリ地面へ落ちることはない。


『うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!』


 しかし、円盤そのものが地面へ落下を始めてしまった。

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