暗い眼差し

 シロキは何かと寡黙な少年だ。

 感情を表に出すということがどうにも苦手で、普段は作り笑いでごまかしている一面もあった。

 そしてそれは──戦っているときも同様である。

 今ちょうど、シロキはルリリと刃を交えていた。ルリリは剣を上段で構え、シロキは錨のような斧を下に下ろしている。ルリリの器用な連続攻撃にシロキは苦痛で歪む。


「シロキ。もう終わり?」


 ルリリはシロキを煽るような言葉を吐く。


「いいや、まだだ。まだ戦える……。繋がれ、【バトセラボーン】」


 シロキは試合を続ける意思を示すと、斧を握らないほうの手を自分の胸の上に乗せた。そして自身の流れる、血液の鼓動を周囲に伝える。

 シロキの甲殻武装──【バトセラボーン】。それは、感覚共有の強制。今、自分の鼓動の高まりをルリリへと伝えたのだ。あくまでまだ、戦えるという意思を。


「そう……。なら、私ももっと本気で、いくよ。【ブルームスター】!」


 ルリリは腰を低く落とし、剣を横斜めに構えた。

 瞬間、疾走。シロキの甲殻武装本体を狙って、横薙ぎの一閃を見舞う。ルリリの甲殻武装が強く光り、シロキの視界を奪った。


「ならお返しだ!」


 斬撃が直撃する前にシロキの感覚共有が発動。ルリリの視界もくらんでしまう。お互い何もかも見えない状況となり、ルリリの斬撃が外れてしまった。それでも、ルリリは甲殻武装に秘められた異能を解き放つ。


「はぁぁぁっ!!」


 ルリリの剣先から光球が生成される。その発光体が飛び交い、シロキの肘のあたりを掠めた。


「っ……!?」


 じんわりと焼けるような痛みが襲うが、シロキは肘を手で押さえることなく斧を握り続ける。斜め上に斧を持ち上げて、どこか手当り次第に振り下ろした。

 感覚的に距離をとりつつ、ルリリは視力が回復する瞬間を待つ。シロキも動きを止め、視界が戻るのを待った。


 ──そして、お互いの視界が回復する。


「「……今ッ!!」」


 お互いの得物が火花を散らす。

 幾度となく攻防戦を続け、甲殻武装に罅が入るまでお互いをぶつけ合う。


「っ、はぁ、はぁ、はぁ……」

「っ、く……はぁ」


 息が切れてきたところで、最後の一撃を相手へ送る。ルリリは剣先を低くして袈裟斬りに。シロキは斜め後ろへ斧を下げて、錨のような斧の先を振り上げた。

 一撃の重量では、ルリリの方が部が悪い。

 だからこそ剣の軌道を変えて、シロキの手元を狙う。シロキも読んでいたと言わんばかりに手首を捻りつつ、より速く斧を振り上げる。


 甲虫の殻を砕いたような鈍い音。背筋の逆立つような嫌な音が響き渡った。


「っ! 私の、負け」

「か、勝った……!!」


 勝利を収めたのはシロキだ。疲れたような、勝った実感のないような、そんな喜びの声が口から漏れる。


「う……痛っ」

「え!? ルリリ。おい、大丈夫か!?」


 しかし甲殻武装の砕けた痛みに、ルリリは倒れてしまったのだった。



 ***



「大丈夫? ルリリ」


 その授業が終わってから、レーカはルリリのもとへやって来る。学校の医務室のベッドにルリリは横たえていた。

 その顔は「ルリリが心配!」という感情をこれでもかというくらいに表現している。

 部屋の中を見れば、シロキも傍らの椅子に腰をかけていた。ちょうど同じ頃に、シロキもルリリのもとを訪れていたようである。


「シロキも、すごい戦いだったわよね。でもちょっとお互いに勢いをセーブしたほうがよかったのかもしれないわ。二人ともすごく心配になったもの」

「はい……。ごめんね、レーカ」

「ああ、すまない。俺も熱が入りすぎた」


 レーカの言葉を受け、二人は戦っている最中の熱量に反省の意を示す。それでやっとレーカも「はぁ」とため息をついた。


「それにしても、シロキの能力はとても凶悪よね。感覚の共有だなんて、とても怖い能力だわ」

「私も戦ってみて、確かに怖かった。自分の与えた攻撃を自分も受けるなんて、なかなか大変……」

「……ああ。そうかもしれないな」


 シロキの能力について恐怖心を抱きつつも素直に賞賛するレーカとルリリ。二人の様子にシロキは、どこか煮え切らない返事をした。


「だって、俺は……」

「ん?」

「いや、なんでもない。確かに自分でも怖い能力だと思うよ。二人とも」


 シロキはそう、場をごまかしてしまう。しかしこの時、シロキのまなこの奥深くには暗く、鈍い光が灯っていたのである。

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