殻人族(前編)

 薄暗い通路の中を、一人の少年が巨大な土竜もぐらから逃げていた。

 少年は通路を必死に逃げ回って、同じところを行ったり来たり。

 この世界の土竜はとても巨大な体躯を持ち、虫を食べる。幼い少年にとっては脅威でしかない存在だ。


「うわあああああああああああああ!! 命だけは助けてぇ!!」

「グギャアアアアアアアア!!」


 そんな虫の言葉が土竜に理解されるはずもなく、土竜はただ獲物を補食しようと追い回す。少年は岩を乗り越え、暗い中を走り抜ける。

 土竜はその恐怖心をあざ笑うかの如く、岩を爪で薙ぎ払い、少年を追い回す。


「一生のお願いだから! 次会った時は絶対やり返すから! 今だけは見逃してえええええええええ!!」


 しかし、土竜はその巨大な爪で土を掻き分けて補食対象こどもへ爪を伸ばした。




 少年の周りを塞ぐのは土の壁であり、追いかけてくるのは自分よりも土の中の移動に優れた土竜だ。

 迫り来る巨大な爪といい、土で全貌の見えない巨体といい、恐怖以外の何ものでもないだろう。

 少年から見れば土竜はまるで怪獣だ。


「誰か、助けて……!」


 ──彼はそう、願う。

 思わず目を閉じた瞬間、彼と土竜の間を割って入るように人影が落ちてきた。


「うおっ、と! やっべ、土だらけになっちまった! ぺっ! ぺっ!」


 男は口の中の異物を吐き出すと、後ろを振り向いた。


「アトラス、もう大丈夫だ! お前はここから早く逃げろ!!」

「うん! わかった、ありがとう父さん!」


 彼──アトラスの父親は、二つの脚で凛と立つ。

 そして、一目で分かる一対の透明な翅を持っていた。

 血管が繊維のように巡って、翅はぼんやりと光を透過して少し褐色に見える。それなのに、カラフルでないのに、何故だか美しい。

 父親は翅を上下に動かしを生み出すことで、自身の周りを包む土をすべて吹き飛ばした。


「おら! 土竜野郎!! よくも俺の息子を追い回してくれたなぁ! かかって来い!」

「グギャアアアアアアアア!!」


 土竜が襲いかかろうとした瞬間、父親の脚のような『鋭い何か』が土竜目掛けて飛び出した。

 それは土竜の脳天を鋭く捉えて、土竜を一瞬怯ませる。

 すると彼の父親はおもむろに一振りの刀を横腹から引き抜いて両手で握った。柄は黒く、その刀身は鈍く光を放つ。


「来い……! 甲殻武装、アグニール!!」


 彼の父親は武器の名前を叫ぶ。そして、鈍く光るそれを横薙ぎに一閃。


「からの……っ! おらあああああああああああああああ!!」



 薙いだ瞬間、それは朱く光り熱を帯びる。湯気をあげるそれで、父親は土竜を見事に一刀両断した。

 土竜は真っ二つに分かれ、ピクリとも動かない。

 断面の傷からは血が一滴も垂れておらず、代わりにしゅうしゅうと湯気があがっていた。その様子から彼の父親は土竜を熱で焼き斬ったということが見てとれる。

 そんな父親の勇姿にアトラスは目を輝かせて、


「うおおおおお!! 父さんすごい! 流石、村一番の戦士だな!!」

「ふっ、そんなに褒めても何もでないぞぉ?」


 そうは言うが、彼の父親の頬は嬉しそうに持ちあがっており、照れ隠しであることは一目瞭然だった。

 彼の父親──名をマルス。

 彼はアトラスの村の、一番の戦士なのだ。


「俺もそんな一番って呼ばれるようになりたいな……!」

「そうか! それじゃあアトラスも強くならないとな! 誰かを守るためには強くなることが絶対だ!! お前もいつか大切な人ができるだろう。だから、強くなれ!」

「え、ええ!? ま、まだいいよ!」

「そ、そうか。確かにお前にはまだ早いかもしれないな……」


 マルスは少し残念そうな顔をすると、ふと思い出したようにアトラスに尋ねた。

 これは、強くなるのに必要な過程こと


「そうだ。アトラス、お前はもう甲殻武装を使えるようになったのか?」

「うっ……それはまだ、だけど」


 アトラスはすっと横に目を逸らし、やがて下を向く。しゅんとしているアトラスの両肩に手を乗せて、マルスは口を開いた。


「俺たちはな、甲殻武装を使えるようになって一人前として認められる。アトラス、お前は立派になる前にまずはスタートラインに立つんだ、いいな?」

「うん、早く父さんみたい一人前になりたいから! そのために頑張って使いこなせるようになってみせるよ!!」

「そうだな。アトラス、その意気だぞ」

「うん!」


 アトラスは満面の笑みで答えて、マルスも笑顔を見せる。


「それでこそ、俺の息子だ! アトラス!!」

『はははははははは!!』


 そして、二人は同時に笑い声をあげた。

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