魔蟲の伝説

(うっ……! あれ?)


 落ちているはずが、身体がひしゃげる音がしない。サタンは飛翔しつつ、アトラスへ向けて急降下しつつあった。

 そしてアトラスはおずおずと目を開ける。そこには崖の模様の一つ一つがあったのだ。決して流れることなく、視認できるほどにくっきりと。

 アトラスは今、宙を浮いていた。

 砕けた音の正体は、翅を覆う殻が取り払われたものだ。


「アトラス、終わりだぁぁぁぁ!」


 宙を飛び交い、アトラスへ甲殻武装の先を突き立てようとする。

 アトラスは逆さ向きの身体を横転させ、上体を起こした。それから【アトラスパーク】で攻撃を受け止める。


「くっ……」


 やはり、受け止める向きからアトラスに分が悪い。アトラスは鍔迫り合いを続けたまま上へ飛翔する。


「ぐっ、無駄なことを!」


 サタンは押し返されるような感覚にあわせて更に大きな力で押し返す。だからアトラスは、手首を捻らせた。

 サタンのよろめいた隙をついて、アトラスは遂に宙を舞う。サタンはそれを追い、【パラサイトダークネス】で斬り掛かる。

 それを躱してアトラスは距離をとりつつ、甲殻武装を斜めに斬り下ろす。サタンは横向きに剣を構えて、アトラスの斬撃を受け止めた。

 鍔迫り合いを避けるためにアトラスはすぐに距離をとる。そして再び接近して、【アトラスパーク】を振り下ろす。

 サタンは甲殻武装に金色の光を纏わせてそれを受け止めると、【アトラスパーク】の表面が抉れ、やがて破損した。


「再び来てくれ、【アトラスパーク】!!」


 痛みに耐えながらもう一度、脚跡の鎧クラストアーマーから刀を引き抜いて握り直す。そして、蒼い光を纏わせた。飛翔するアトラスを蒼の軌跡が追いかける。

 禍々しく輝く甲殻武装を手に、サタンは上段で構えた。


「これで決める、はぁぁぁぁぁ!!」

「小癪なぁぁぁぁぁ!!」


 瞬間、激突──。

 アトラスは力を絞り切る勢いで、サタンも限界まで力を込める。お互いに甲殻武装をぶつけ合い、鍔迫り合い、火花を散らす。

 互いの叫び声が狭い崖のなかで反響し、声もがぶつかり合う。

 アトラスの甲殻武装に罅が入り、遅れてサタンの甲殻武装に刃こぼれが起こる。

 アトラスは罅が入るのを省みずに、力を込めつつその状態をする。甲殻武装が罅割れ、亀裂が入り、破片が宙へ落ちていく。それでも、アトラスは耐え続けた。


「くっ、ぅ……!」


 ギリギリまで堪え、余った分の力を一度に解き放つ。そして、サタンの甲殻武装を斬り飛ばした。

 そのまま刃はサタンの胴元へ到達し、サタンの腹ごと切り裂く。

 傷だらけの身体が二つ、地の底へ落下する。サタンは倒れたまま、アトラスの顔に手を伸ばした。


「く、そぉ! なんで、どうして、お前なんだ……!」


 アトラスは何も答えない。ただ悲しそうな目でサタンを見つめていた。


「────これはもう、限界か。ぁはぁぁあぁ」


 サタンはゆっくり目を閉じる。地底に残されたアトラスは一人、声をもらした。


「はぁ、はぁ、さよなら、兄さん……」


 こうして、アトラスはマルスの仇討ちに成功する。結果としては地上世界と地底世界を救い、勝利を手にした。

 しかし、何とも言えない後味の悪さが、アトラスの口の中に残っていたのだった。



 ***



 戦いが終わり、地上に出た。森の中を進み、木々の奥から誰かに呼び止められる。


「あ! やっと見つけた……ギンヤ。それとヒメカ、キマリも」


 現れたのはかつてギンヤがタランの森で出会った再会した少女、カレン。同時にカレンの中には自らを魔蟲と名乗る存在、ユシャクがいる。


「か、カレン!?」

「……どうしてここに?」


 ギンヤが素っ頓狂な声をあげ、キマリが落ち着いた声で目的を尋ねた。途端にカレンの人格が切り替わる。


「初めまして、ではないのぅ。破壊魔蟲と戦ったとき以来じゃな……。儂の名は『氷雪魔蟲』ユシャク、改めて伝えるとしよう」


 一呼吸おいて、カレン──ユシャクは語り出す。


「儂は自ら魔蟲を名乗った……まあ、そんな物好きだと思ってもらえればよい。とにかく、儂が復活する前にあった出来事について、話さなければならないのじゃ」

「それは……!」


 アトラスが何かに気がついた。その表情は驚愕と困惑が混じる。


「そう、お主の思った通りじゃ。かつて三体の魔蟲が闊歩していた時代。儂はその時代で魔蟲に立ち向かっておった。じゃが、魔蟲の魂は現世に復活しておる。その時ののままでな」


 ごくり。

 誰かが唾を飲んだ。ユシャクは面々を見渡すと、そのまま言葉を続けた。


「そのことから導き出されるのは、復活させた者の能力は過去の出来事を持ってくる、ということじゃ。それなら、そのような情報をサタンへと渡した? そもそも、この時代でそれを知っている者は限られておる」


 そして、ユシャクはある一点へ視線を向ける。

 視線の先には──。


「……のう、賢者。いや、ハイネ。お主、世間に間違った情報を与えておいてサタンに魔蟲のことを教えるとは。一体何が目的なんじゃ?」


 その眼光は鋭く、ハイネへ突き刺さっていた。確信といえるものがユシャクの双眸から読み取れる。


「ははっ、なんだい? 俺がサタンに情報を渡したとでも?」

「違うのかの?」


 ユシャクはひたすらハイネを睨み続け、ハイネは諦めて口を開いた。


「──いいや、その通りだよ」

「っ! 一体、何が目的なのじゃ!」

「強いて言うなら、真実を隠すため……かな。そろそろ俺はお暇するよ」


 ハイネは甲殻武装を取り出すと、鎖の先を遠い木の枝へ絡める。

 それから一瞬の隙に、ハイネは逃走したのだった。

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