45話:灰色の男

――ドサッ


 男が前のめりに倒れると、手にしていた大鎌が石畳に二度三度と弾み、ガシャリと金属音を立てる。


 それを確認するや否や、瞬時に二の矢を番えたノエルは、身を隠していた石柱の陰から飛び出ると、倒れた男に矢尻を向けたまま視線だけを漂わせて周囲の伏兵を探し始めた。


――その間、僅かに三秒弱。


どうやら所持者の手から放れるか、魔力を注ぎ込んでいる間しか物理透過は効かないらしい。


――シッ。


 続けざまに倒れた男の頭部へ向けて、ダメ押しの矢を射ると三の矢を番え、今度は矢尻を辺りへと漂わせながら祭壇へ向けて歩き出す。


「ふぅ……。意外にどうにかなったな」


 言いながらも油断無く警戒を続けるが、どうやら本当に伏兵は居ないようだ。


「――ッ!」


 その足を進め、祭壇へと向かっていたノエルの身体が凍った様に固まると、眉間には皺が寄り目端がつり上がり見る間に怒りの表情へと変わっていく。


「生け贄かよっくそったれが!」


 見上げた祭壇の上には、大凡6~7歳ぐらいの年端もいかぬ少年が横たわっていた。


 その姿は、枯れ木のようやせ細った身体に薄汚れたズタ袋を切り裂いて、ワンピースの様に頭からすっぽりと被せられただけ。

 他には何もない。靴も、下着すらも。


 それを見ただけで、如何にぞんざいな扱いを受けて来たのか容易に想像が出来てしまい、頭がカッと熱くなる。


「死んでる……。くそっ! くそっくそっ! くそっ! くそったれがぁぁぁっ!」


 ノエルは、吐き捨てるように怒声を上げると、激情のままに止めを刺した筈の男へ向けて矢を放つ。


 いつものノエルらしからぬ行動。

 どう見ても死体蹴り。


 だが、そうと分かっていて尚、ノエルは自分自身を押さえる事が出来なかった。


 思えば今日の今日まで碌な事がない。

 酷い。酷すぎる……。

 この世界はあまりにも残酷過ぎる。


 ふらふらと祭壇手前の階段に腰をかけると、ワシャワシャと両手で頭を掻き毟る。


 彼、彼女等の敵は討てたのだろうか?


「ちくしょう……、救われねぇなぁ……」


 誰に言うでもなく目を伏せると力無くうなだれる。

 まさに今この瞬間まで必死に蓋をし続けた怒りのやりどころを失ってしまった。

 後に残るのは遣り場がなく沸々とくすぶる鬱憤と、ほんの少しの焦燥感。


 拍子抜けにも程がある。

 

 まぁ、確かにドラゴンや悪霊の類を相手にするよりは遥かにましではあったが。

 だとしても流石に呆気なさすぎた。


 見ると傍らには自身が射殺いころした男の遺体が転がってる。

 もはや興味もないといった表情で見下ろすと、ふと疑問がわき上がる。


 そもそもこの男は何者なのだろうか?

 まさかこれが・・・ユリウス本人と言うことはあるまい。


 それに悪魔だ。よもや契約者を置き去りに、どこぞへ消えたなどとは考えずらいのだが……。


「んっ? 大鎌か……」


 目の端にその物を捉え、何の気なしに手を伸ばす。

 物理現象を完全否定するかのようなとんでもファンタジーアイテムだ。

 捨てていくのは勿体ない。


「おっも! なんだこりゃ……」


 その見た目からは想像出来ない程のズッシリとした重み。

 身体強化を施して尚、両手でヨイショッと肩に担ぐのが精一杯。

 とてもではないが、こんな重量の長柄物を振り回して戦えるとは思えない。


 チラリと倒れている男に向けて視線が泳ぐ。


(まさかな……)


 担いでいた大鎌をインベントリへと仕舞い込むと、短槍を取り出し穂先でもってすくい上げるように男の被っていたフードをずらす。


「――ッ! なんだ此奴は……。こんな種族聴いた事もないぞ?」


 フードをズリ上げ見下ろした男の顔は、姿形こそヒューマンの体を模して見えたが、その顔色は明らかに人のそれではなかった。


 灰色――その様な肌の色をした種族などノエルは聴いた事がない。

 一瞬ダークエルフかとも思えたが、耳は尖っていないしなになより当のダークエルフは褐色肌の筈だ。。


「……魔族? いや、いるのか? そんな種族……」


 前世で読み漁っていたラノベの知識と照らし合わせた結果、思わず口に出してみたものの、思い返せばオン婆宅で読んだ書物には魔族と言う種族はどこにも記されていなかった。


「何なんだ此奴は? ――ぁ?」



 

――瞬間。世界がひるがえる。


「ガッ……。な、何が……」


 視界がチカチカと点滅したかと思うと、まるで鈍器で頭部を殴られたかのような強烈な痛みがノエルを襲う。


 突然の事に身をよじるが、続く浮遊感にノエルの体は動きを止める。


「やってくれたな? 小僧……」


 天と地が逆さまになった視界の中、ノエルの目には確かに死んだはずの男が、犬牙を覗かせ獰猛な笑みを浮かべる様子が映り出されていた。


――ヤバイ!


 右腕でノエルの右足を掴み、軽々と持ち上げるとまるで小枝でも振り回すが如く上下左右にブン回す。


 脳を揺らされ、更には石畳の上に強かに打ち付けられ、その意識は朦朧となっていく。


「ぐっ、ガァァァ!」


 身を襲う重力と痛みの連続の中、今にも飛びそうになる意識を必死で繋ぎ、男の手首に向けて握っていた槍の穂先を凪払う。


――ズリュッ


 感に任せて振るった刃がノエルの足を掴んでいた男の右手を切り飛ばす。


「うおっ?!」


 振り回された状態から不意に解き放たれたノエルは、慌てて着地を試みようと身体を捻る……。

 が、すかさずノエルの左足を男の右手・・が掴みあげる。


「いってぇな……。手癖の悪い小僧だ」


「はっ? えぇ、何で?」


 確かに今し方切り飛ばしたはずの男の右腕を、呆然となって見つめる。


――再生したのか? だとしたら最悪だ、無敵じゃないか!


 そう青ざめるノエルの頬にピシャリと真っ赤な滴が垂れ落ちる。

 その頬の冷たさに我に返って見上げた先には、手首から先を失った右腕を見つめ、目尻を険しく吊り上げ憤怒の表情を露わにする男の顔があった。


「右手多くね?」


 あまりの事に素っ頓狂な台詞を吐いたノエルを、ギロリと男が睨み付ける。


「小僧……、覚悟は出来ているのだろうな?」


 低く響くようなアルトンボイスで男が告げると、ノエルの手にしていた槍を握り、ノエル諸共ハンマー投げの要領で身体をクルクルと回転させ始める。


「あっ、わっ、ま、まてっ」


 高速回転により体中の血液が頭へと駆け上り、またも朦朧とする意識の最中――。


 遂にノエルを掴んでいた男の手が離された。


――ヤバイ……死ぬ……。


 猛烈な速度で投げ飛ばされたノエルは、加速度的に迫り来る石柱を前に必死で手足をバタつかせ、何とか受け身を取ろうと試みる、が……。


「ぐぇっ」


 哀れにも石柱に腹部を叩きつけられ、その身体をクの字に折れ曲げると、押しつけられた肺の中の酸素を全て吐き出させられ、そのまま石畳へと落下していく。


――ドサッ


(うぁっ……。息が……出来な……)


 身体強化を施していた為、内蔵への損傷こそ無いが息を切らせたノエルは自身の首元を掻き毟るようにしてその場を転げ回る。


「どうした小僧? よもやその程度で終わりではあるまいな?」


 瞼を大きく見開き、必死で酸素を求めるように大口を開けていたノエルであったが、急激に膨れ上がった男の魔力を感じて慌てて地を這うように石柱の裏へと身を隠す。


「ほぅ、我が魔力を感じ取るか……。面白い、只の子供ではなさそうだな」


 石柱にへたり込み、息も絶え絶えのノエルであったが、その満身創痍の身体とは裏腹に、どう言うわけか笑うように口角が上がってゆく。


「ぜぇ、ぜぇぜぇ、ぜぇ」

(灰色の肌、複数ある腕、バカみたいに膨大な魔力量。これはもう決まりだろう)


 ノエルはインベントリからポーションを取り出し一気に呷ると、さも楽しげに男に問いかける。


「おいオッサン。お前もしかして悪魔か?」


 問われた男は興味深げにノエルの隠れているであろう石柱を睨み付けると言葉少なく答える。


「そうだ」


「そうか……。そうか、お前が悪魔か……。くくくっ、くはははははっ」





――ぶっ殺してやる!――

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