90話:そして老戦士は語る

 唖然とした顔で、目の前に整然と額突ぬかずく人々を俯瞰ふかんする。

 傍らに目を向ければ、いつの間にやらセバールまでもがノエルの前に片膝を付いていた。


――いったい全体、何がなにやら……。

 

 本来ならば喜ぶべき邂逅なんだろう。

 ヒューマン以外の人間種。それもダーク・エルフなんてレア種族だ。

 それこそ『ファンタジー最高!』と、小躍りしたいところである。

 だが、状況がそれを許さない。


 ノエルは平民だ。それも孤児である。

 これほど大勢もの大人が、子供の前に額突ぬかずくなんて、どう考えてもまともではない。

 新興宗教の教祖にでもなった気分だ……。


 ソロリ、ソロリと後ずさる。音を立てぬよう、息を殺し、皆の視線が下を向いている間に、頭をもたげるその前に。

 面倒事なんてレベルじゃない。


 逃げよう、ここはそう言う局面だ。


 踵を返し、地を蹴ろうとした、その瞬間――。


「待たれよ!」


「デスヨネー」


 腹を括って振り返る。

 そこには中年期のダーク・エルフが一人、射抜くような目でノエルを見つめていた。


「爺さんか?」


「うむ、騙すような真似をして悪かったのう」


 先より三十歳ほど若返った風体のセバールが、バツの悪そうな顔で頷く。


「いいさ、初めから姿を擬態している事は予想してたしな。まぁ流石にダーク・エルフとは思わなかったが」


 刃を交えた……と、言うよりノエルが一方的に攻撃しただけだが、セバールは全力の攻撃をいとも容易く交わしていた。

 いくら魔法が存在する世界とはいえ、老いた体であれだけの動きは無理がある。

 いくら技量があろうとも、肉体的な衰えは止められない。

 とくに持久力などはハッキリと差が出るはず。

 にもかかわらず、セバールは息ひとつ乱していなかったのだ。

 オンディーヌの擬態をその目で目撃していたノエルならば尚更である。


「そうか、そう言ってくれると助かるわい。ところで話をするに辺り、此処にいる皆も同席させたいのじゃが、構わんかの?」


「あぁ、それは別に良いが、その前に一つだけ言っておきたい事がある」


 ノエルは真剣な面持ちで人差し指をピンッと立てる。

 これだけは言っておかねばなるまい。


「なんじゃ?」


「俺は聖人でもなければ、神でもないぞ?」


「わかっとるわっ! お主はいったい儂らをなんだと思っとるんじゃ」


「えぇっと……、怪しげな宗教団体?」


「違うわ! じゃがまぁ、いきなりあれでは仕方がないかのう……」


「訳は話してくれるんだろうな?」


「うむ、勿論じゃ。ここではなんじゃ、場所を返ようかの」




………………。

…………。

……。




 セバールの後に続き、ダンジョンの中を進んでいく。

 後ろからはダーク・エルフ達が列を成して付き従うように付いてくる。

 妙な視線に居心地の悪るさを感じたノエルは、何度となく振り返るが、彼らの眼差しに背中を押されるように足を早める。


 そこには、

 懐かしむように目を細める者。

 キラキラと期待の光を宿す者。

 なにやら幽霊でも見るような不安そうな者。


 どちらにしても、その目は初対面の人間に向けるような色ではない。


 耳を澄ませば小さな声でヒソヒソ声で話す彼らの声も聞こえてくる。


『ようやく時がきたか』『彼が神子様……』『懐かしいのう』


『今度こそ』『主様……』『見た目は普通ね』『やわらかそう……』


 少しばかり変なのも混じってはいたが、概ね訳ありと思しき言葉が飛び交っている。

 この後にセバールからどの様な話を聞かされるのかはわからないが、聞き取れた言葉を鑑みるに、今のところ敵意や害意は感じない。

 取り敢えずは問題ない。と、思う……。


 キョロキョロと辺りを見回し、ダンジョン内を見渡す。

 幅は7m~8mぐらいだろうか、かなりの道幅がある。

 床、壁、天井は、共に表面がやけに滑らかで、まるでセメントで施工されているかのようだ。


 ただ、妙なのは継ぎ目らしきものがまったく見受けられないこと。

 まるで岩盤を綺麗にくり抜いたかのようである。

 階層型ダンジョンと言うのは全てこの様な様相なのだろうか?


 それに……。


「なぁ、何で魔物が一匹も出てこないんだ?」


 そう、既にかなりの距離を歩いているが、姿はおろか、それらしい気配すら感じない。

 魔物が居ないダンジョンなんてダンジョンじゃない。

 断固抗議する!


「うむ、五階層までは完全に枯れておるからのう」


「ダンジョンってそう言うものなのか?」


「いや、普通はありえんの。このダンジョンは主様の手が入っておるからの」


「手が入ってる?」


 制御しているのか、改造でもしたのか、ノエルには想像もできない。

 が、それ以降セバールはどんなに質問をしてもはぐらかす様に口が重くなっていった。


 ともあれ……。


――主様ねぇ……。


「ここじゃ」


 前を行くセバールが、大きな扉の前で足を止める。

 それは真っ黒で飾り気のない観音開きの扉だった。

 雰囲気を見るにボス部屋だろうか?

 だとしても五階層まで枯れているのだから、安全は確保されているのだろう。

 セバールは何の躊躇いも見せずに扉を押し開いていく。


 中は光量が高いのか、ノエルは視界を守るように右手を掲げる。

 そうして確保した視界の先に待っていてのは、驚くべき光景だった。


 村だ。巨大なボス部屋に、村が作られていた。

 一片150m程の正方形の部屋の中に丸太小屋が並んでいる。

 自分達で建てたのだろうか?

 せっかく地上には大きな街があるというのになぜ?


 思うところは有るものの、そこいらも含めてセバールから説明があるだろう。

 ノエルは黙って促されるまま後を付いていく。


「ここが一つ目の居住区じゃ。下に行けば同じ様なのが三カ所と、田畑もあるぞ。どうじゃ、すごいじゃろう?」


「そうだな……」


 ノエルは言葉少なく頷いた。どうにも既視感がある。

 ダンジョン内の村で連想するのが、いかれた悪魔崇拝者の作り出した悪夢のような場所なのだから仕方ない。


「爺、おまえ本当に変な宗教とかやってないだろうな?」


「やっとらんと言うとるじゃろ!」


 プンスカと怒るセバールに肩を窄めて口を開く。


「やってる奴は皆そう言うんだ」


 言葉や身振りこそ冗談めかしてはいるものの、その瞳の奥には警戒の色が伺える。

 セバールは、そんなノエルの様子を心配するかのように口を開く。


「何か心配事か? 気に病まんでもこの村の安全は儂が保証するぞ?」


「あ、あぁ、以前似たような場所に行った事があってな。すまんな、気にしないでくれ」


「ふむ、ならいいがのう」


「それより話があるんだろ? とっとと済ませよう」


「こっちじゃ、この先に集会所があるでの。そこにしようかの」




………………。

…………。

……。




 先程の│ボス部屋をでて、さらに扉をひとつ抜けた先にある集会所と呼ばれる場所までやってくる。

 簡素な作りの背の低い机が並び、床にはなめした獣の革が座布団代わりに敷き詰められている。


 促されるまま腰掛けたノエルは、なぜか上座に座らされ、正面にはセバールが、その後ろには他のダーク・エルフ達が理路整然と並んで座った。


 演出にしては随分と大袈裟だ。いったい何が飛び出して来るのだろうか?


 些か心配になったノエルは予防線を貼る事にした。

 いきなり無理難題を言われても困る。

 どうも、このダーク・エルフ達にはノエルの考える常識が通じない様に思えたのだ。


「先に言っとくが、見ての通り俺は子供だ。権力だの戦力だの財力だのを期待するなよ? そもそもこの街には昨日付いたばかりだしな。右も左も分かってないって事を覚えておいてくれ」


「説得力のない言い訳じゃのう? じゃがまぁよい。話してみなければ分からんしの。さて……、どこから話したものかのう。あれは今からどれぐらい前の話じゃったかのう。数十年? いや、数百年じゃったかのう……。うーむ」


 ノエルの台詞をサラリと流し、話を進めるセバール。

 その様子から、それほど大した事でもないのか?

 と、淡い期待感が生まれる。


「前置きが長い、結論だけ言え、結論だけ」


「そうか? でわっ」


 何かを決意したよな表情を見せたセバールは、半歩ほど下がると改めてノエルに向き直る。

 と、次の瞬間。セバール以下ダーク・エルフ達が、一斉に頭を下げた。


「どうか我が一族を、この街から解き放ってくれ! この通りじゃ!」


「あー、うん……。やっぱり初めから話してくれる?」


 そうしてセバールが語ったその昔話は、優しくて残酷な後悔と忠義の物語だった。

 


 

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