89話:絶滅危惧種

 やりたい事があった。見たい物があった。出会ってみたい人々もいた。

 そうだ確かにあったのだ。


 階層型ダンジョンに入り、冒険をして宝箱を見つけたり。

 世界樹と呼ばれる天に届くほどの大きな木の上から景色を眺めたり。

 天災と畏れられる程の強大な力を持ち、人の言葉すら解すると言われるドラゴンに会いに行ったり。


 あと……、そう、エルフの里にも行ってみたいし、精霊の森にも行きたい。

 おいし物だって食べたい。ここの所、干し肉ばっかりだったな。


――なのに何だ、この状況は……。


 いったい自分が何をしたと言うのか。

 命がけで子供達を救いだし、保護して連れ帰ってみれば、何だこれは?


 膝を抱える様にして蹲っていたノエルは、ウンザリしたように顔を伏せた。



 言いたいことは山ほどあるが、喚き散らしたところで状況が好転する訳じゃなし。

 何より実際の所、ある程度は初めから覚悟していた事。

 そもそも権力者として立場を確立した人間なんて、性格が悪いに決まっているのだ。


 性格が良くて、良心的で、正義と道徳を重んじ、領民ないし国民に分けへ立てなく振る舞う領主。


――いるわけねぇだろ、そんな者!


 気持ちを切り替えよう。

 ノエルは、パンッと両頬を叩いて気合いを入れる。

 今後のことを考えよう。まずはこれまでの状況整理だ。


 今現在もっとも警戒すべきは、ランスロット家とイグニス王国。

 中でも取り分けて差し迫った案件はイグニス王国からの刺客だ。

 ノエルの見立てではここ三日が最も危険だとふんでいる。


 理由はノエルがディート公爵へ要求した住居である。

 ディートが約束通り住居を用意するまでの期間が、大凡三日程だろうと考えての事。


 あまり時間を掛け過ぎても、ランスロット公爵家は、その程度の事も出来ないのかと笑われるし、逆に明日にでも用意してしまえばイグニス王国側がノエルに手出ししずらくなってしまう。


 要するにディート公爵はイグニス王国にノエルを始末させたいのだ。

 そうする事で自身の不手際を帳消しにし、あわよくば貸しを作ろうとしているふしさえ見える。

 その証拠が先に巻いた、あの仰々しい追跡者達だ。


 その期日。タイムリミットが、恐らく三日。

 で、あるならば先ずは、この三日間をどう生き延びるかと言う事になる。


 返り討ちにするのは不味い……。

 いや、最悪それもやむを得ないが、血を流すのは最小限にするべきだろう。

 


――と、なると……。


「どこかに身を隠すのが一番現実的か……」


 ノエルは立ち上がるとポンポンとズボンに付いた誇りを払い。

 軽い足取りで水路の中へと足を踏み入れた。


 どうしようも無くなったら逃げ出せばいい。

 初めからこの街に残らねばならない義理など何処にもないのだ。


 それこそ行きたいところへ行って、やりたい事をやろう。

 そう割り切れば思いのほか気分も軽くなっていった。



………………。

…………。

……。





「随分と遅かったのう」


「色々あってね。予想外に時間がかかっちまったよ、すまんな爺さん」


「まぁその格好を見れば、何となく想像はつくがの」


「あぁ……、これか……」


 ノエルは自身の姿を見回すと、肩を竦めた。

 身の置き場が無いノエルが、取り敢えず隠れる場所はないかと考えた結果、セバールとの約束を思い出したのだ。


 隠し扉の中にあるダンジョン。

 これほど身を眩ませるのに適した場所はそうは無い。

 使えるものは何でも使う。

 何しろ命が掛かっているのだ、躊躇う余裕はない。


「じゃ、そう言う事で!」


 言ってノエルは踵を返す。

 無論、慌てたセバールが呼び止める。

 ノエルとしては弱みを見せたくはない。 

 いいように利用されるのはコリゴリなのである。


「まっ待たんか! まだ話は始まってすらおらんぞ?」


「やだなぁ爺さん、話はしただろ? 二人合わせて四行ぶんもな」


 ひょうひょうと言ってのけるノエルに、セバールは盛大に溜め息を吐く。

 こじつけもいいところだ。そんな言い訳が通ると思っているのだろうか?


「何を言うとるか。あんなもの、挨拶にすらなっとらんわ!」


「いやいや、俺は話を聞きにくるとは言ったが、どの様な話を聞くとも最後まで付き合うとも言ってはいないんだが? げんに言霊による│ペナルティー《罰》は発動していない」


「き、詭弁じゃ! 大体はどうするんじゃ!」


 真っ赤な顔で些か興奮気味に右腕を掲げたセバール。

 その様子を見たノエルは、ポンッと手を叩くとおどけた様に笑った。


「あははははっ。悪い、すっかり忘れてたわ」


「悪魔じゃ! 人の姿をした悪魔じゃ!」


 ここを後にする際、セバールに魔牢石の腕輪を填めていたのをど忘れしていた。

 確かに当人からすれば大事だ。


「まぁまぁ、外すから機嫌直せ!」


 フンスッと息を荒げるセバールを宥め、腕輪を外す。

 と、余程魔法を封じられていたのが心細かったのか、自らの手首をさすりながら息を吐いた。


「ぬぉぉ、一時はどうなる事かと思ったのじゃ」


「そうか、そいつは良かったな。じゃっ、俺はこれで」


「待つのじゃ、話を、話を聞いて欲しいのじゃ」


「えぇ、嫌だよ。そもそも俺に利益がない」


「り、利益って御主……。老人じゃぞ? 少しは優しくしようとは思わんのか?」


「爺さん、世の中そんなに甘くないんだぜ? それに俺の経験上、ことさら自分が老人だと強調するような輩は、ろくな奴じゃない。それでも話を聞いて欲しいなら……、ホレッ、解るだろ?」


 暴論とも言える独特な持論を展開したノエルは、クイックイッと手招きしてみせた。

『言葉にせずともわかるだろ?』と言う、悪役がやるアレである。


「なんじゃ、言っておくが金など無いぞ?」


 ノエルはセバールの姿を上から下まで眺めると、大袈裟に頷く。

 綻び、くすんだローブにボロボロのサンダル。

 どう見てもホームレスだ。金があるとは思えない。


「だろうな、俺だって別に金にこだわってる訳じゃない。そうだな……。魔石でどうだ? 子供達に配るぐらいだ、結構な数をため込んでるんだろ?」


 言ってノエルはニヤリと笑んだ。

 とても子供とは思えないイヤらしい笑みだ。

 それを受けたセバールも自ずと固い表情となる。


「ワシ、人選を誤ったかのぅ……」


「あ? 何のことだ?」


「何でも無いわい。良いじゃろう、魔石なら大量にあるからのう。こっちじゃ、付いて来い」


 あっさりとノエルの提案を承諾したセバールは、奥へ向かって歩き出す。

 ノエルも特になにを言う出もなく後に続く。

 ただ、少しばかり不思議そうな、考え込む様な素振りがみえた。


 それはそうだろう。本来、魔石と言うのはそう安い物ではない。

 それこそ物によってはかなりの高級品である。

 確か先にヘインズから渡された闇属性の魔石は、彼曰く金貨三十枚もすると言う。


――何故、自分でお金に変えないんだろう?


 おまけに、魔石なら大量にある。

 などと言う言い回しにも合点がいかない。

 これでは欲しいだけ持って行けと言っているようなものだ。

 少なくとも普通は、どれだけ手元にあるのかなんて隠すはず。

 それすらしないのだからノエルが首を捻るのも無理はない。

 この爺さんは、始めから駆け引きをするつもりが無いのだろうか?


「この先じゃ」


「また隠し扉か?」


 子供達が秘密基地に使っていた通路。

 その行き止まりでセバールが足を止めた。


「うむ、待っておれ。すぐに開けるでのう」


 言ってセバールの取り出した魔石が不規則に点滅する。

 すると、それに呼応するかのように壁一面に魔法陣が浮かび上がった。

 クルクルと回転を始めた魔法陣を前に、ノエルへ向き直ったセバールが両手を広げる。


「それでは紹介するとしようかのう。わしらの家にようこそ、神子殿」


 ギャリギャリと音を立てて壁が沈んでいく。

 跳ねるようにノエルの心臓が脈を打つ。


 この老人はノエルが│転生者神子だと知っていた?

 アレは確信をもった人間の話し方だった。

 

 ノエルは咄嗟のことに身構えようと後ずさる。

 だが、眼前に広がった光景に思わず言葉を失い、あまつさえ動きすら止めてしまう。


 実に百を超える人間が、ノエルの前に片膝を付き、頭を垂れている。


――なんだコレは? 理解が追いつかない……。


 それもその筈、なにしろ彼らは、褐色の肌に長い耳。

 この世界において絶滅したと称される幻の種族。


 

――ダーク・エルフだった――

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