16話:少年はいかにして死を望んだのか
――ドサッ
カウンターからこぼれ落ちんばかりの毛皮や牙、爪などを前にして男は盛大に溜息を吐く。
「はぁ……。またお前か……」
「んっ」
「何だって毎度毎度うちに売りに来るんだ? いくら何でもうちみたいな小さな魔導具屋が、こんな大量に魔物の素材なんざ使いきれるわけねーだろ?」
「んっ、ひらめけ!」
「ひらめかねーよ! 何だよひらめけって! いらねーっつってんだろ?」
「お父さ「待てぇぇぇぇ!」」
「…………」
「…………」
「だー、買えば良いんだろ? 買えばよぉ……」
「んっ、ひらめいた?」
「ひらめかねぇよ! あーぁ、どうすんだよこんなに……」
ノエルは水魔法を覚えてから定期的に森へ狩りに出かけている。
目的は勿論魔導書を手に入れることだ。
しかし、森に入るようになり程なくして残念な事実がわかった。
魔導書が手にはいるのは階層型ダンジョンだけで環境型ダンジョンには宝箱が出ないのだ。
それを知ったときには書庫の中にノエルの絶叫が
この聖法国には死霊の森と言われる環境型ダンジョンの他に、2つほどダンジョンの存在が確認されている。
そして、その二つ共が一つの町の中で管理されている。
それが
しかし迷宮都市は、ここアルル村から距離にして馬車で一ヶ月以上も離れており、とても気軽に行ける場所ではない。
オマケにダンジョンは国に管理されていて、基本的には騎士団に独占されているのだ。
つまり、ノエルが魔導書を手に入れる為の手段は、もはや金で買う以外にないというわけだ。
そんなわけで暇さえあれば森へ行き狩りに勤しんでいる。
これがここ一月程のノエルの日常である。
「――んっ、毎度」
手の中の硬貨を眺め頭の中で計算する、今までに稼いだ額と併せて、これで金貨17枚に銀貨3枚になった。
(ムフフ……後、金貨13枚ほどで目標金額に届くなっ!)
魔導具屋の一画にある魔導書の入ったガラスケースにオデコを付け、魔導書を眺めるというここ連日の日課を行っているとカウンターからケイジの怒鳴り声が飛んでくる。
「買いもしねーのにガラスケースにベタベタさわんじゃねー」
「んっ」
名残惜しそうにしながらその場を離れると、しかめっ面をしているケイジに別れの挨拶をして店を後にする。
「んっ、またくる」
「もぅ、くんな!」
妙な声が聞こえた気がしたが気にしない。
聞きたくないことは聞こえない振りをするのが一番である。
ノエルは以前、念には念をと魔導具屋の主人の事をジンに調べさせたのだが、特に怪しい所はなかったらしい。
主人の名はケイジ恐らくノエルの実父である。
10年ほど前に村に移住して来たらしく、本人曰く生まれも育ちも聖法国だとの事。
ちなみに魔導具屋は5年前に結婚した妻の実家である。
つまりマスオさん的立場だそうだ。
そんなマスオさんに実は隠し子がいたことが発覚すればどうなるか……。
ノエルはそんな彼の心情を考えて、敢えてケイジ魔導具屋に狩ってきた魔物の素材を卸している。
ノエルとしては、こんな子供が毎日のように魔物の素材を持ち込んでくる様子を怪しまれたくはないのだ。
しかしケイジとしては怪しいと思ったとしても、ノエルの事を誰かに相談など出来るはずもないわけで、つまりこの魔導具屋に売り付けるのが色々と都合がいいという訳なのだ。
――やっぱり、使えるな、あのオッサン――
◇――――――――◇
「――おぅ、今日の報告を聞きに来ぞ」
「旦那、お疲れさまです」
「おぅ、カラスか丁度いい、話があったんだ座ってくれ」
挨拶もそこそこにジンとゴルドーから提示報告を受ける。
教会騎士連中との取引がここ1週間途絶えていだ。
理由は中央の教会に聖騎士の詰め所が新たに作られたからだ。
そして、東に潜入しているケンによると東のギャング団は、総勢50名以上の大所帯で、今なお増え続けており、正確な数は把握できていないと言う。
拠点は東の外れにある旅館でボスの名はザンバ、年齢は20代半ばで頬に大きな刀傷がありその性格はきわめて獰猛、たとえ部下でも容赦なく切り捨てるとの事。
更に連中はついに薬に手を出し始め、若者に被害が出始めているらしい。
「――ふ~ん、そうか……、そろそろ頃合いかな……」
腕を組みこれからの事を考える、危ない薬が蔓延するのは不味い、しかし潰すにしても東の連中は数が多すぎる。
「う~ん」と考え込むノエルにゴルドーが疑問を投げかけた。
「そろそろ頃合いって、いったいどうするつもりだ?」
「うん、まずは手始めに教会騎士を潰すぞ」
「「まてっ(ください)」」
慌てて詰め寄る二人を手を挙げて押しとどめ、ノエルは話を続ける。
「この村に間者の影がある以上、聖騎士達が引き上げる事はないだろう。
そうなれば教会騎士連中も、しばらくは大人しくするしかない。
ないが……、連中の事だほとぼりが冷めれば結局また同じ事を繰り返すに違いない。
だから、潰せるときに潰す」
ノエルの言う事は正論だ。しかし正論だからと言って看過出来るかと言われれば、否だ。
教会騎士の不正が暴かれるという事は、自分達の悪事が露呈する事と同義なのだから。
「ま、待ってくれ、分かってるのか? 教会騎士が捕まるって事は”俺たちも”捕まるって事だぞ?」
「悪さをすれば捕まるのは仕方ないだろ? ”あきらめろ”」
長い袖をブラブラとさせながらヤレヤレと肩を竦ませるノエルにたまらずゴルドーが叫ぶ。
「て、てめぇぇぇ! ハメやがったな!」
目の前のテーブルを蹴り上げ自分が先ほどまで座っていた木製の椅子をノエルめがけてブン投げる。
未だ余裕綽々に長い袖を揺らしながらヤレヤレと首を振っているノエルに、椅子がぶち当たる瞬間ギュインと言う音と共に、木製の椅子が何当分にも切断され辺りに四散した。
「まてっゴルドー……。冗談だ冗談っ、落ち着けなっ?」
倒れたテーブルを挟み追いかけっこをするノエルがジンに助けを求める。
「おいっジン何とかしろっ! 冗談なんだって、マジでぇぇぇ」
涙ながらに助けを求めるノエルに、今度はジンが両手を上げて「ヤレヤレ」と首を振る。
「今のは流石に旦那が悪い」
「まて! こらぁぁぁぁ!」
真っ赤な顔で追いかけてくるゴルドーから逃げ回りながら、「だから、話をっ聞いてってばぁぁ!」と叫ぶノエル、この2人の追いかけっこはこのまましばらく続いていた。
「まったく、なにやってんだか……」
◇――――――――◇
「――まったく、あのバカは短気にも程があるだろっ。普通いきなり椅子なんか投げるか? ありない、マジ有り得ない……」
西の酒場を後にしてズルズルト裾を引きずりなが裏通りを歩いていると、不意に魔力の気配を感じ三角跳びのように壁を蹴って民家の屋根に着地する。
「チッ、やっぱり無理か、くそっ……」
振り返ると先ほどまでいた辺りの地面が黒く焦げているのが見えた。
「そりゃぁ、そんな練度の低い魔力操作じゃバレるに決まってるだろ?」
屋根の上から突然の襲撃者を見下ろしマジマジと観察する。
ノエルは水魔法を習得してからというもの、他者が操る属性魔力を肌で感じる事が出来るようになっていた。
この世界に生を受け、魔法の存在を知ってからノエルは必死に魔力を感じる訓練をしてきた。
その際に発見した事なのだが魔力は人の細胞一つ一つ、それこそ髪の毛一本にすら魔力が宿っているのだ。
つまり、人は多かれ少なかれその魔力を多少なりとも放出し続けていると言うこと。
それは、如何なる達人であっても完全に魔力操作”のみ”で魔力の気配を隠すことは出来ないと言う事をしめす。
そして、魔法使いが魔力を練り属性を変化させる際その気配がより強くなる。
ただしその違いに気づけるのは、属性変換された魔力を自身で体感した経験がある魔法使いぐらいだろう。
とは言え、魔力操作の練度によっては、漏れ出す魔力を抑え気配を最小限にすることも可能だ。
つまりこの男の力量は、ノエルに気配を悟られる程度の魔法使いであることを示している。
まぁ、それすら演技で、実は達人級の可能性も無きにしも非ずなのだが。
「チッ、降参だ……。あんたと話がしたい。こっちに来て話をしようじゃないか」
ヒラヒラと両手を上げ降参のポーズを取る男を、更にマジマジと観察しながらノエルは左手でマフラーを託し上げた。
(何だコイツは? 俺をバカにしてるのか? それともコイツがバカなのか?)
「話はここでも出来る、言いたい事があるなら言って見ろ」
「……わかった」
男はゆっくりと両手を下ろしながら口を開いた。
「話は簡単だ、しばらくの間でいい、大人しくしていてくれ……、それだけだ」
ノエルは首を捻った、この男の狙いは一体なんなのかと。
ノエルはここ一ヶ月余り情報収集のみに徹してきた。
東のギャング達にはノエルの事は未だ伝わっていないはずだ。
何しろノエルの事を知っているのはゴルドー達3人だけなのだから。
(誰かが裏切った? 誰が? 分からない……。コイツは何がいいたいんだ)
「言っていることが理解できんな、何が言いたい?」
男は2歩3歩とノエルに向かってゆっくりと歩き出しながら話し始めた。
「あんたの所為でこっちの計画は滅茶苦茶だ。まったく……遙か北の先からどれだけ苦労して引っ張ってきたと思ってんだ?」
(引っ張ってきた? 何を? 北? はっ!ゴブリンか!……コイツ)
足を止めニヤリと笑いながら両手を広げた男はまるで演劇の一幕でも演じるように話を続ける。
「ほぅ、やはり見に覚えがあるようだな? カラスさんよぅ」
星一つ見えない曇った空で、ゆっくりと流れる雲の切れ間から覗いた月明かりが、まるでスポットライトのように男を照らす。
(コイツ! そうか……、漸く話が見えて来たな)
ノエルの前に立った役者気取りの男の頬には、くっきりと
「さてな、何の事やら? もう少し分かりやすく説明してもらえないかね? ザンバ殿」
「はんっ、気に入らないな。そもそもあんたらは、事ヒューマン同士のいざこざにしゃしゃり出て来るとは思えないんだがな。一体どういう風の吹き回しだ?」
ノエルはまたも首を捻る、
(俺がゴブリン事件の解決に関わっているのを知っていたのではなく予想していたのか? つまり鎌を掛けた?
だからコイツは俺の名前をノエルではなくカラスと呼んだ?
うん、これならつじつまが合う。だが
いや、違うな……何だ? くそぅ、舌戦は苦手だ……どうするかな……)
「言いたい事があるならハッキリ言ったらどうだ? 東の頭目、いや間者殿」
瞬間――チリチリと魔力の気配を感じ、ノエルは自らが予め練り上げていた水属性の魔力を解放する。
――ジュウゥ
蒸発音を発てザンバの放った火の玉がノエルの前に現れた水の壁に飲み込まれる。
蒸発しきれずに残った水壁を十数個の水球に変化させ周囲に浮かべると、まるで何事も無かったかのように繰り返した。
「聞こえなかったのか? ザンバ、お前は一体何がいいたいんだ?」
「何度もいわせるな! 俺は只、俺たちヒューマンに関わるなと言っているだけだ! カラス、いや
――にゃ!?――
(ちょ、急に何言ってんだコイツ……。ケットシー? 俺が? あの二足歩行の長靴を履いたネコだと!?)
「ここは聖法国だ、只でさえヒューマン至上主義のこの国で、アンタも自分の素性はバラされたくはないだろう?」
再びノエルを説得するように語り掛けてくる。
(何だ、この勘違い野郎は。くっそぅ……シリアスを返せ!)
ノエルはワザワザ自分の素性を明かす必要はないと考え、この役者気取りの男の勘違いに付き合うことにした。
(身元がバレてオン婆に迷惑かけるわけにも行かないもんな、しょうがない乗ってやるか……)
「にゃにゃ、にゃんの事かにゃー。俺はヒューマンだにゃ」
この時フードとマフラーに隠れたノエルの顔は、真っ赤に染まっていた。
未だかつてこんなにも恥ずかしい思いをした事はない。
それでもオン婆の為、しいては自分の身の安全の為に全力でケットシーに成りきっていた。
(くそぅ、このバカ覚えてろよ! ぐぬぬぬぬ)
「バカ言え、お前みたいなヒューマンがいてたまるか!」
「にゃ、にゃんの事だか分からにゃいが、か、考えてやらんでもにゃいにゃ」
ザンバはようやく話に乗ってきたノエルに気をよくしたのか、自慢げに革袋を投げてよこした。
「ほら、コイツでどうだ? お前等には金よりよほど価値があるだろう?」
ノエルは受け取った革袋を恐る恐る開くと顔をピクピクとひくつかせる。
(ま……、マタタビ……)
「ははっは、気に入ったようだな! これで取引成立だな?」
頬をひくつかせ、肩をプルプルと振るわせている姿を見て、どうやらザンバはノエルが気に入ったと判断したらしい。
「た、足りないにゃ! 全然足りないにゃ!」
渾身のマタタビを渡したのにも関わらず怒声を浴びせられると、ザンバはその目を大きく見開いた。
「な……なん……だと」
「わ、分かった! 又明日持ってこよう。2倍、いや3倍用意しよう! それでどうだ?」
「ちがうにゃ、お金にゃ……。持ってる有り金全部よこすにゃ!」
金銭の要求……。
それは、ノエルにとって今出来る精一杯の意趣返しだった。
「金? 金だと? ケットシーが金に拘るなど聞いたことがない……、なぜだ?なぜ金を要求する?」
怪訝な顔で尋ねるザンバにノエルは答えた。
「にゃ、にゃーは、お腹がペコペコだにゃ! お前等ヒューマンはけちだにゃ! お金が無いと食べ物をくれないにゃ! 早く寄越すにゃ!」
「当たり前だ!だが、成る程……、奴らの用心棒をしていたのはそう言う理由か……」
(さぁ、断ってみろ! いいぜ? そのときは取引不成立だ! やってやるよ、あぁやってやるとも!)
この時、ノエルの羞恥心は限界を迎えつつあった。
しかしまたも盛大に勘違いしたザンバは「ふっ」と笑うと大きな金貨袋を投げ渡す。
「その程度で、お前等ケットシーと事を構えずにすむなら安いものだ」
「…………」
「これで、取引成立だな?」
「そう……だ……にゃ……」
ノエルがはっとして視線を戻すと、ソコには既に男の姿は無かった。
――その後ノエルは家路へ付くと一人ベットの中で布団を被ってもだえ苦しんでいた。
(うぉぉっぉ! くそぉぉぉ! あの野郎、絶対ぶっ飛ばす絶対だ!)
そして、その症状は数日間続いたという……。
――死にたい……。
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