15話:魔法少年ノエル

 北たから下ってきたゴブリンの数はおおよそ50弱。

 その群はアルル村から西に位置する飛竜山脈の麓に集落を構えていた。

 聖騎士10名、教会騎士50名による討伐隊が組まれ、戦闘開始から僅か30分足らずでゴブリンの集落は呆気なく殖滅された。

 

 呆れ顔のオンディーヌはお茶注ぐと席へ着く、横には手にした魔導書をうっとりとした表情でジッと見つめるノエルが座っている。


「なんだい、そりゃ? わざわざ聖騎士団が出張ってくる必要は無かったんじゃないかい?」

 

「えぇ、村には強力な個体もいませんでしたしね。おそらくはオンディーヌさんが提出した、例の魔石の主がリーダー格だったのではないかと睨んでいます」

 

 ズズッっと音を立てお茶を飲み干すと、先ほどとは打って変わって真剣な表情になったオンディーヌが口を開く。

 

「で、犯人は解ったのかい?」

 

 途端にジャスパーは顔をしかめ、チラリとノエルを見やるとささやくようにオンディーヌに言った。

 

「オンディーヌさん、ノエル君を……」

 

 横に座るノエルを見ると足をブラブラさせながら魔導書に頬ずりをしている。

 その様子を可笑しくも微笑ましく感じたオン婆は、優しげに微笑むと視線をジャスパーへと向き直し話の続きを促した。


「どうせ今のこの子には何も聞こえてやしないよ」


「まぁそう、見たいですね……」


 両手で包むように手にしていたマグカップをテーブルに置く。

 未だ口を付けていないその紅茶はすっかり冷めてしまっている。

「仕方がない」とジャスパーは諦めて口を開く。


「結論から言えば確実なことは未だ何も分かっていません。ですが、大体の予想は付いています。どこの国かは分かってはいませんが、まず間違いなく何処かの間者でしょう」


――その目的は、アルル村の破壊――

 

 

 

 バカにしないで頂きたい。確かに最初の部分は聞き逃したが、大事そうなことはちゃんと聞いていたのだ。

 昨夜の襲撃の事もあるし、得られる情報を聞き逃すわけには行かない。

 何しろ事と次第によっては命に関わるのだから。

 

――ジャスパー曰く、アルル村はこの国において重要な食料生産地になっているそうだ。

 東から南に掛けては魔の森があり、西には飛竜の山脈と周囲を天然の防護壁で囲まれたアルル村は聖法国の最南端に位置し、気候が良く肥沃な土地に恵まれている。

 いざ戦時となれば、アルル村から戦地へ食料が届けられるというわけだ。

 そんなアルル村が無くなれば、兵士たちは食事もなしに戦い続けなければならなくなる。

 確かに俺が敵国の司令官ならアルル村は戦争に突入する前に真っ先に叩くだろう。

 成功すれば勝利は約束されたような物なのだから。

 


(――なるほどね。なんか色々繋がってきたな)

 

「――ノエル! 聞いてんのかい?」

 

「ん?」

 

「まったく、この子は……。いいかい? 魔導書を詠むなら自分の部屋で詠みな。こんな所じゃ集中出来ないだろ。失敗したらどうするんだい?」

 

 オン婆の言葉にノエルは不思議そうに首を傾げる。


「んっ、失敗?」


「あんたそんな事も調べて無かったのかい?」


 呆れ顔で首を振るオン婆を見て、ジャスパーは不思議そうな顔をする。

 まだ6歳の小さな子供が魔導書を読み解けるとは思えないのだ。

 しかし魔導書をそのままノエルに手渡した時に感じた違和感……。

 もしかしたらこの少年は既に古代語をマスターしているのだろうか? だとしたらとんでもない逸材だ。

 そこまで考えて、ジャスパーは首を横に振る。

 だがそれはあり得ない話だと……。


 例え天才的な頭脳の持ち主だったとしても、子供は子供なのだ。

 下手に古代語を教え、言霊を軽んじようものならそれこそ魔法を失ってしまう。

 あの時のように……。

 

「ノエル君の年の頃なら知らないのも仕方がないでしょう」


「むぅ……」 




――魔導書は、読み・詠み解・理解し・取り込む。


 そうする事で、人は魔法を手入れることが出来る。

 しかし、魔導書は魔術書と違い詠む事は出来ても読み返すことは出来ないのだ。

 一度めくったページを戻そうものなら、魔導書はその力を無くし灰となって消えてしまう。

 因みに読み解き取り込んだ後も灰となって消えてしまう、言わば失敗の利かない使いきりの本なのだ。

 その為、使い回しの利かない魔導書は、どんな属性であれ高額な値段で取り引きされている。



「――と言うわけだ。わかったかい?」

 

「んっ、理解」


(あっぶねぇ、失敗するとこだった。なんだかんだで書庫に入る時間が無かったからな……。明日にでも入って見るか。今日は、ないな……。魔法試したいしな……。うん、明日だな)

 

 ノエルはピョンと椅子から降り、3人に向き直る。


「んっ、行く」


「そうかい」

「またね、ノエル君」


 大事そうに魔導書を両手で抱え、ドタドタと足音を響かせながら階段を駆け上っていく。

 残された3人はその後ろ姿を笑いながら見送っていた。



………………。

…………。

……。



――部屋の床に胡座あぐらを掻き腕を組んで目の前に置かれた魔導書を眺めて頭を捻る。


「う~ん……」


 果たしてこの魔導書を自分は”詠み解ける”のだろうか?

 水の性質は理解できる。あくまで”科学的には”、しかし今目の前に有るのは魔導書だ。

 それはつまり”魔法的に”水という物を理解しなくてはならないと言う事に他ならない。

 

「う~ん。でも、この世界の人々に理解できて、俺に理解できない道理はないよな? よし、案ずるよりも生むが易しって言うしな、一丁試してみるか!」

 

――ノエルは魔導書を開く。

 古代語で書かれたそれを一文字一文字指でなぞるように読んでいく。

 魔導書に書かれていたのは水とは何かと言う事と、いかにして魔力を用いて水を生み出し、それを操るのかと言うこと。

 ソコまでは理解できる。しかしソコには肝心の魔力とは何かと言った記述が一切書いていなかった。

 思うところはある物の、余計な雑念にとらわれ読み飛ばしでもしては目も当てられない。

 ノエルは自信の考えを取りあえず置いておいて魔導書に集中する。

 やがてすべてを読み終わると、その手に持った魔導書を静かに閉じた――。

 

「――随分ざっくりとした内容だな。

 特に魔力に関しての記述は全くと言って良いほど書いてない。

 これではまるで魔力とは不思議パワーです!って感じだな……。

 中学生が意味も分からず元素表を丸暗記させられた様なものだ。

 う~ん。まぁ、意味は分からなくても化学式をさも理解した気になれるあの感じに近いな」

 

 そう自分の中で考えをまとめると、突然手の中の魔導書が灰になって崩れ始める。


「うぉっ。なんだこれ?」


 慌てて崩れていく本を手放すと、今度は崩れた灰が宙を舞いキラキラと青い粒子となって、ノエルの周りをグルグルと回り始める。

 それはまるで幼い頃、母親の実家近くの河原で見た蛍の群のように幻想的な光景だった。

  

「おぉっ。すげーファンタジーだ……ってこれ危険はないだろうな……?」

 

 やがて魔導書は完全に崩れ落ち、すべての灰が青く光る粒子へと変わる。

 その後、渦巻く光の中心にいるノエルに降り注ぐと、その体の中へと吸い込まれる様に消えていった……。

 

――瞬間、頭ではなく本能で理解した。

 自らの体内に新しく属性を変換させるフィルターのような存在が生まれたことに。

 ノエルは目を閉じ胸に手を当てて、新たに生まれた自分の力を確かめるように体内の魔力を練り始める。

 

(なるほど……。読み・詠み解き・理解し・取り込む・か……)

 

 そっと目を開けるとソコには数十にも及ぶ水球が、ノエルの周りを囲むように漂っていた。



=============

 

 

  ノエル (性別:男 / 年齢6歳)

 種族:ヒューマン

 

 所持魔術:7

  

 火:着火  水:クリエイトウォーター

 

 土:ピット 風:ブリーズ 

 

 光:ライト 光:プロフィール 

 

 空:インベントリ 

 

 所持魔法:1

 

 水魔法:6/10

 

 

==================

 

 

 自信の周りを囲む水球を散らしプロフィールを眺めていると何やら気になる記述が書かれている。

 

(水魔法は分かる、でもその隣の6/10ってなんだ?やっぱり一度書庫にいくか?ん~、いやいいか、明日にしよう)





 一階に降りるとジャスパー達はすでに帰ったのかオン婆が洗い物をしている。

 

「おや、ノエル坊どうだったんだい。詠めたのかい?」


 食器を洗う手を止めオン婆は振り返る。


「ん~、6/10?」


 首を傾げながらオン婆に報告すると、「そりゃ、大したもんだ」と手を叩く。

 

「んんんっ?」


 訳が分からず考え込む様子のノエルにオン婆はそっと頭をなでながら説明を始めた。


「その数字はね、魔法の使用可能レベルと最大成長限界レベルを表しているのさ」


「ノエルの場合、レベル6の水魔法を一回放てば魔力がスッカラカンになっちまうって事だねぇ。

 その横にある10って数字は努力すれば将来レベル10までの水魔法が扱えるようになるって事さね。

 あたしの知る限りレベル10が最大だったはずさね。

 つまりノエル坊はその年で完全に魔導書を詠み解・理解したって事になるねぇ。大したもんだ」


 褒められた事が余程照れくさかったのか、ノエルの耳はほんのりと赤く染まっている。


「んっ、外、行く」

 

「魔法の試し打ちかい? まぁ、もうゴブリン共は居ないからかまわないが、夕飯までには帰ってくるんだよ」

 

「んっ、把握」

 

 急ぐように玄関から飛び出すノエルの背中を、オン婆は痛みを堪えるように顔を歪めて見送っている。


「やっぱりあたしの思った通りだったねぇ。あの子はこれから何を見て何を学び何を選んで何を捨てるのかねぇ……」




◇――――――――◇


 

 

――村の西側にある平原でノエルは奇声を上げながら魔法をぶっ放していた。


「きゃほーい、どりゃぁぁ、ふんぬっ、ほぁぁぁぁ」


 駆け回り、跳びはね、転げ回る、端から見れば気でも触れたかの様に見えるその様子は、既に小一時間は続いている……。


「――はぁ、はぁ、はぁ……」


 一通り魔法を放ち満足したように頷くと、今度はてのひらから小さな水球を発現させ目の前に浮かべて考察する。

 

「魔法の発動は自分の周囲1mが限界で、距離が伸びるほど発動に有する魔力の消費が激しくなると……」


 考察の結果を確認するように声に出す。ノエルの癖だった。


 今度はその水球を、自身を中心に円運動させながら広げていく。

 するとおよそ3mの距離で水球がノエルの制御を離れ落下していく。 

 

「なるほどね、制御できる範囲が3mか……。遠距離攻撃はまっすぐに飛ばすのが基本なのかな? ホーミングとか出来たら格好良かったのになぁ……。あぁ、でも回転を掛けて変化球とか出来そうだな」


 こうして声に出すことで考えをまとめ上げていく。

 学生時代からの癖はどうやら転生しても直らなかったようだ。

 

 てのひらから水球を出し、野球の投手のようなフォームで回転を掛けて投げるように飛ばしていく。

 カーブ・シュート・フォーク・スライダーなど思いつく限り試していくと、今度はインベンドリから丸太を取り出しピットで埋めて垂直に立たせ的にする。

 

 丸太の周りをグルグルと回りながら、右手の平をかざし水球を放つ。

 それを何度も繰り返し命中率を上げていく。

 同じように今度は右に回り左手で水球を放っていき、それらを何度も繰り返す。

 変化球を織り交ぜたり、ジャンプしたり転がって受け身をとってみたりと様々な体勢で試しながら繰り返す。

 

「すごいな……、イメージ通りの事が出来る。ただ、威力低いな、おぃ!」

 

 肩を落とすように眺めた丸太は、濡れてこそいたが傷一つ付いていなかった。

 

「大体分かったな。この世界の魔法は魔力を糧に水を生み出し、それを制御することなんだな。

 メイシュトロームとか叫んで水の竜巻を出したり、ウォータードラゴンとか例のアレ的なことは出来ないのか……。

 ちょっと残念」

 

 手の中に有る水球を回転させながらノエルは考える、どうすればこの水球であの丸太に傷をつかられるのかを。

 

「さて、待たせて悪かったな」

 

 そう言いはなったノエルの周りを7匹もの狼型の魔獸が取り囲んでいた。


――それじゃぁ実践と行こうか!



――威嚇するように低い声で唸る魔獸たちの中で、一際大きな個体が遠吠えを上げる。

 

 ノエルは自身の周りにある水球の密度を上げ、ひたすら圧縮していく。

 魔獸達はノエルに飛びかかり牙をむく、右に交わし左に躱し決して足を止めることなく走り続ける。

 移動しながらも水球は、後を追いかけるようにノエルの周りを漂っていた。


「インベントリ――」


 手にしたナイフを横に凪ぎ突き出しすくい上げ振り下ろす。

 ただ牽制のために振るわれたナイフが、野生の魔獸に届くはずもなく、その事如くが空を切る。

 

 ボスらしき個体は佇んで、興味深げにノエルを見つめていた。

 今日の狩りは楽なものだと高を括って群に指示を出してみれば、未だか弱いはずのヒューマンの子供は、牙を剥く自身の配下の中で縦横無尽に走り回っている。

 業を煮やしたようにそのボスらしき大きな魔獸はうなり声を上げた後、一際大きな声で遠吠えした。


「グルルル、アオォォォ!」


 すると群は即座に走り回るノエルから、心得たとばかりに距離をとりノエルを中心にグルグルと回り始める。


「インベントリ」そう呟くとノエルはナイフをしまう。

 最早観念したのかとその丸腰になったノエルに向かいボスは群に指示を出す。


「ガウッ」

 

――瞬間、6匹の魔獸が同時に飛びかかった。

 ある物は左腕に、ある物は右足に、又ある物は喉元に、まるで予め役割分担が決められていたかの様に牙を剥く。

 ”終わった”そう思いボスが背を向けた瞬間――。

 

――ゴキャ、バキィ、ギャンッ


 背後から鈍い音と共に、その頭上を飛び越えて目の前に部下が落ちてくる。


――ドチャッ


 振り向くと顔や背中、又は横っ腹が抉られたようにヘコみ血塗れになって横たわる部下達の姿があった。


「グルルルゥ……」


 牙を剥き低い声で唸りノエルを見やると、丸腰だった筈の両のてのひらには真っ青な水球が、甲高い音を立てて浮かんでいた。


――キュイィィン

 

「どうした、いぬっころ。3回廻ってワンて鳴いたら赦してやってもいいぞ?」


 言うやいなやノエルは身体強化を目一杯使って地を蹴った。

 ドンッと大地が抉れる程の力で踏み切られたその速度は、瞬く間にボスとの距離を縮めていく。

 まさに野生の感でボスは横に飛ぶと、先ほど立っていた辺りの地面が弾け飛ぶ。


「ドンッ」


「チッ、避けられたか」

 

 ”死ぬ”ボスは瞬時にそう判断し全速力で逃げ出す。


 背後に気配がする……、圧倒的な死の気配が……。

 ボスは兎に角ガムシャラに走る。

 しかし魔獸としての圧倒的な速力を持ってしても、その濃密な死の気配は絡み付くように背後に迫ってくる。

 やがて、恐怖に支配されたボスが意を決して振り向くと、そこには甲高い音を発て真っ青な色をした”死”があった。

 

「ふぅ」と息を吐き死んだ魔獸を見下ろす。


「やっぱり、水魔法は圧倒的に火力が足りないな。圧縮した水球をカウンターで、しかも至近距離で当てないと殺傷力が期待できないとか、どうなんだ? これ……」

 

 しとめた魔獣を前に「う~ん」と唸ると呟いた。

 

 

 

 

「これって食べられんのかな?」

 

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